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『いきてるきがする。』《第4部 春》


《第四部 春》

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第29章(赤いギター)

  

 店舗が3つに増えるに従い似たような商品も増えたので、それならばそれぞれが気に入った商品を選んでディスプレーしようじゃないか、という事になりました。 私は愛猫、とのまのパーカーとマグカップ、それにTシャツを選びました。

 あぁ、やっと胸が空いた、私がそう言って笑うと、2人は気味悪るそうに言いました。 

  何かあったんですか? 

いや、なにもない。普通だ、そのまま、そのままが妙に気持ちいいんだよね。 

 感傷的になっていたこの1か月ほど。私はそれを解消したかったのでしょう。

 人に気を遣われるのは気分がいいモノではありません。同情される事もそう。他人だってまたそうなのです。私はある人々から見れば間違いなく、可哀想な人なんです。

 本職のドライバーの仕事がどんどん少なくなっていく中、突然息子が癲癇の発作で倒れ、空想のお店にかまけているのもいいけれど、これからどんどんお金のかかる息子を、どうやって育てていこうかと、そういう事もきっと慢性的な心配事として私の心に暗く沈着していたのでしょうね。『今』にこだわるあまり、私は毎日、未来とは何の関係もない事をやっているのかもしれない。残酷な未来を見てみぬフリをしているのかもしれない。でもそんな事を言ってしまえば、すべての感覚を研ぎ澄まして感知する、毎日毎分毎秒の悩みや考えもまた、何の意味もない事になってしまいます。そして見てみぬフリをするのが、唯一の正解という事にもなりかねません。そうして日々は只、駄々悶々と積み上げられて……。それはなんとも味気ないモノです。なけなしでも、死ぬ瞬間までもせめて目だけでも楽しめるようにと、そんな理由で お札を綺麗に印刷するのでしょうかね? ありがたい。

 先日、自宅にあってずっとほったらかしだった赤いギターを捨てました。ギターには複雑なパーツが多いので、捨てるならバラバラにしないと、市の分別のルールに従わないのです。 

 奴は、なんていうか、強情と言うか、自分がこう言ったら曲げない。 

 私はジャズのフレーズに興味があり、でもやりたい音楽はロック。だからやりたいのは、極めたいのはロックギターとジャズギターのちょうど真ん中あたり。いや違う!もっと高みを目指していたかったのですが……。 

 かの赤いギターは、ジャズなんてオッサンのする事だ!と聞かないんです。 

 確かにジャズは、オッサンが『F』の字の穴が開いた、木目調の丸みを帯びた形のギターを、ニヤニヤとドラムやベースと目配せしながら余裕綽々で弾いている印象が強いです。音も大人しく、まるでやる気がない人間が、やる事がない時に聴く音楽だ、と中学生ぐらいまではそう思ってました。 

 ウェスモンゴメリーが凄い!とか、ジョーパスのコードワークは珠玉だ! なんて言われたって所詮は退屈なジャズじゃないか。 

 私はもともと速弾きが嫌いだったので、もっぱらブルースギターばかり弾いていたのですが、クオーターチョーキングの半分のそのまた半分ぐらいのところに、魂の答えが潜んでいるような気がして、ただひたすら向き合おうとしていた時に、エリッククラプトンクリームというバンド時代にブルースギターの速弾きをやっているのを知って慌てました。 

 そして、高校生ぐらいの時、 

 ジャンポールブレリーと、ヴァ―ノンリードと、デヴィッドフュージンスキーという3人のギターリストに立て続けに出会い、ジャズがロックを喰ってる!!と死ぬかと思うほど慌てました。 フュージョンと呼ばれたジャンルもかつてありましたがあんなモノはどうでもいい。あんなブルースもロックも味噌も糞も残酷に細かく刻んでは丹念にこね合わせて ハンバーグみたいに誰でも食べられるようにして で?何を作るの? 

と見ていると、全部楕円に丸めて、真ん中にくぼみをつけて……。 

 結局ハンバーグかよ!! もっと五重塔とか、ゴジラとかを作るんじゃねーのかよ!! 

 どこか違ったんですね。間違っていたと言ってもいい。そしてギターを弾いていてもいつもどこか何かわだかまっていたんですね。そんな時に自分がやろうとしていた事がすでに全然新しくないとわかったのだから、そりゃあもう慌てますよ。どうしよう、どうしよう、今更何一つ全く追いつかない。相手は音楽大学を出ている超インテリです。 

 気が付けば私は一生懸命に真似していました。そうしたら、それはそれで楽しいなって思って。あぁあ、諦めたな……、って気付いてしまったんですよ。高校の頃、仲間のミュージシャン達に、「俺は新しいジャンルを作りたいんだ!」と言って、は? と言う顔をされました。そのためには、誰の真似も許されない、自分の手本は自分だけ。そんな病的に頑なな思い込みは、私の目を閉ざし、世の中をただ敵としてしか見ていなかったようです。人を慕う事には楽しさも伴うのだと、ツンツンに尖っていた私が初めて実感したのはおそらく、実力を認めて諦めた瞬間だったのかもしれない。 良いような、悪いような……。

 そして私と赤いギターはどんどん険悪になっていきました。細かい事を言えば、ネックの握りとか、ブリッジの仕組みとか、音のうねりとか、どうしても、正解はロックだ! 速弾きだ!と、赤い奴は全く譲らない。 

 神奈川厚木市の楽器店のギター売り場で、そこそこな値段で売ってたんです。外国メーカーで、試奏すると、のびやかなサスティーンが挑発的で、すべての音域がパワフルそのもの、ブリッジとナットで弦がビス止めされていて、どんなに激しくアーミングしてもピッチはビクともしない。そして何よりも、ハムバッカーというピックアップが一つリアにマウントされていて、いかにも融通が利かなそうな身形。 

 暫くはずっと、ライヴごとにそのギターを弾いてました。ぼってりと太いわりに薄いネックは、コードよりもフレーズ引きに向いていて、私はバンドのオーダーにも従わず、ずっとリフばかり弾いてました。メンバーからはうるさい!と注意されましたが、私と赤い奴はお構いなし、コイツの望むのはこういうギターだと、とても分かり易かったんです。本当に楽しかった。 

 最後にネックをのこぎりで切って不透明ゴミ袋に入れて口を結んだ私はまるでバラバラ殺人犯の気分になりました。自分が妙に冷静でいる事にもまた、もはや驚きはありませんでした。 

 店長、このギターはまだ置いときます? 

昔の子が、店にずっと置いてあるクラッシックギターを手に、私に訊いてきました。 

 そうだね、どうしよう、売れたら、売る? 

え?こんなボロボロにギターを? 幾らで売るんです? 

 300万円。 

 あぁ、そこまでやると、ひょっとして勘違いした人に売れるかもしれませんね。 

 ハハハ、 

 ハハハ、 

 赤い奴はもう回収されたか?

 みると今の子が、生暖かい陽光の中で網を持って、36歳の金魚2匹を掬おうと慎重に狙っています。 


第30章(自転車を直しなさい)

 花粉に全く反応しない私の眼鼻がとても有難い。 そのおかげで春はとても気持ちよく感じられます。それはきっと私が春生まれのせいもあるでしょう。私がこの世に迎えれらた時の、初めて浴びた太陽の暖かさや、風の匂いの親しみが、私の基礎をなしているのでしょう。そんな、生まれたという、さあ今から好きに過ごしてもいい余暇が始まったよ、という知らせを、私は今でも楽しく、はっきりと思い出す事が出来るのです。 

 新型コロナが世界に蔓延して以来、マスクをする事や手洗いをする事が世界中に常識として浸透し日常化した事で、インフルエンザの蔓延を劇的に抑え込むことに成功しています。マスクの開発も進んだため、花粉症の人にも随分と楽になった事でしょう。 

 あぁ、なんてすばらしい。やればできる!そうやればできる! 

 要は意識なんです。意識の高まりが何よりも大切なんです。今ではもう滅多に見かけなくなった歩きタバコだってそうじゃないですか。 

 私がまだタバコを吸っていた20年前なら、歩き煙草は注意される対象ですらありませんでした。その頃から、副流煙の悪影響も、火種がちょうど子供の顔の高さになる危険性も指摘されていました。ただ、そんな事を理由に注意したところで、 は? と変な顔をされるのが関の山だったに違いありません。 

 それどころか逆に、変なヤツ、クレーマー、近所の鼻つまみ、さびしんぼうの逆ギレと判断され、やばいヤツだ!逃げろ逃げろ! と、そんな態度をとられたに違いありません。 

 新型コロナ以来、世界の清潔の度合いは飛躍的に向上しました。清潔か不潔かが文明と非文明を分ける条件の一つとなったのはいい事だと思います。不潔は許さない、許されない、という物差しを尊重する事は、とても先進的なことだと思います。 

           


  どうしたんですか? 

  私がぼっとしていると昔の子がこう訊きます。 

 いや、何でもないよ、たまにこうして春の日を楽しんでるんだよ。こういう地味な形でね。 

 そうなんですか、と昔の子は言います。 

 いつもそうなんだ。私はいつも、君とこうして話している時でさえ、自分はナニモノなんだろう、誰と何を話しているんだろうって考えているんだよ。君だけじゃない。家で息子や妻と話す時も。 

 あぁ、それ考えだすと、頭が変になりますよね。 昔の子は言います。 

  そう。そうやって、ずいぶんとあっちこっちウロウロ動き回ってきた気がするけど、いざこうしてジッとしてみると何だかずっとジッとしていたような、気持ちだけがウロウロしていただけの様な変な気分になる。 時間は1秒たりとも経過していない。

 昔の子は何も答えませんでした。正体を知ることが、唯一できない事だという事を、当たり前のように信じているか、或いは、まるで信じていないかのどちらかなのかもしれません。 

 君は以前戦時中の話をしていたね。 

 昔の子は、あぁ、はい。あの時確か、今の子と、自分が死んだ時の話をしていたと思います。  と言いました。 

  そんな話をして、辛くならないのかい? 

 そりゃ、その時は辛かったと思います。でもそれはそういう時間が流れたと言うに尽きると思います。戦争の終わり頃、近所の川を流れていく死体を見た事があるんです。あれと同じだって。見なければ、誰も気づかない。僕がいた事すら誰も知らない。そりゃ僕だってそれなりに感謝されて生まれているはずなので、生きる事自体に疑いを持ったりしません。 ただ、いざもう死ぬ、となった時、すべてだと思っていた時間の流れが少しずつ遠退いていく様な感じがしたんです。そうしたら急に楽になってきて、あれ? 自分がいたのは時間の中じゃなかった。え? じゃあ、どこにいたの? って。 

 わかるなぁ、私は戦争経験こそないけれど、子供の頃から体が弱くてね、何度も死にかけてるんだよ。何度経験してもいつも思う事だね。私もそうなんだ。面白過ぎて、ついつい何度も見て、その都度ワクワクしてしまう映画みたいに。とてもよくできた話だよ。それで? 

 僕の場合、お父さんより先に死んでしまったので、父の死それ自体を悲しむことはありませんでした。ただ、逆に僕の葬式に参列していたお父さんが僕に気付いて肩をギュッと抱いてくれた時は少し涙が出そうになりました。こんな事、出来るんだ、出来たんだ、ってね。想像は、現実の一部だったんだってね。その時ぐらいですかね、時間が自分から離れているのをいいモンだなと感じたのは。

  パンの入った大きな袋を持って帰ってきた今の子の頭に、桜の花びらが一つ付いていました。私は感慨深く眺めます。いるだけで、いいんだなぁ……。と。どこであれ、誰であれ、一緒にいるだけで。    


 ホントウにいい加減早く直しなさいよ! 私はやや強めに妻にそう警告しましたが妻は、あぁ、そうね。そうだね。と聞いているようないないような……。 

 あのね、あれは死ぬよ。いつか本当に死ぬよ。 

 先日、とてもお世話になっている先輩ドライバーが事故を起こしたんです。俺の前方不注意だから、と先輩は言います。自分の過失だと、でもね。 

 鉄の塊と生身の人間がぶつかって実際どっちが損をするかなんて、法律の云々以前に、本能的に知っているはず。 

 道路に於いて歩行者は一番弱い存在なんです。自然界で言うと鰯とか、アブラムシようなモノです。彼らが進んで死を望むのか、あるいは完全に諦めたら話になりませんが、彼らは本来、必死に逃げるべきです。捕食される運命を絶対に容認してはいけない。もっともっと絶対弱者であることを自覚すべきです。 

 無警戒過ぎる! 

 私がさらに語気を強めると妻は、あぁはいはい、仰せの通りでございます。すんません、と言いました。 

 ずっと言ってるんですよ。自転車のブレーキワイヤーが伸び伸びで全然ブレーキが効かないから早く直しなさい、って。 

 何でそうなのかな? だいたい自転車はわがまますぎるよ。右も走るし左も走るし、歩道も走るし車道も走るし、一通も逆走するし、免許も要らないし、ウインカーもないし。 

 そおだねぇ、と妻は洗濯物を持ってクローゼットに消えました。 

 それとも私が持って行っていけばいいのかな? 

 私は家事が忙しいのだから、ブログとか書いてる間に持って行ってよ! と、妻は別の言葉で言っているのかもしれません。 

 今日は雨だから、明日か、来週以降、行こう。 


第31章(猫が鳴きました)

 話題としてあまり新しくないので、このまま捨ててしまおうかと迷ったのですが、新しいかどうか判断するのは私ではないので、そのまま、誰のためでもない事をお話しする事にします。 

 天気は毎日ほぼ予報通り。私はそれをさも初めて見るように一喜一憂したりしてその実、日が照ろうが照るまいが、雨が降ろうが降らまいが、風が吹こうが吹くまいが何もせずにじっとしています。ここでこうして考えているのが、私の出来る事の唯一だからです。 

 ずっと前、私がまだ生きていた頃、息子が一人おりました。妻も一人おりました。ジリ貧の生活ではありましたが、私は何とか仕事を続け、それなりに生活していました。 

 それが息子が小学6年生の時、突然癲癇の発作を起こしたのです。私はその事について思い出して、ああだった、こうだった、あぁすればよかった、こうするべきだった、という事はしません。ただ妻の行動や、発言を思い出して、今でも柔らかく反芻する事は、時々します。 

 どれぐらい心配か、それは想像するには難くないと思います。私は息子が蚊に刺されるのも嫌だったんですから。息子がもっと小さかったある夏の夜、蚊に刺されて痒くて眠れないとぐずった時は、私は半分ぐらい本気で、この世から蚊を殲滅する方法はないものかと考えたぐらいです。 

 確かに、心配していたらキリがありません。でもどれぐらい心配するのがいいとか、そんな手加減に中りを付ける事が果たして親のテクニック、ノウハウと言えるのでしょうかね。私は、妻の意見に対して、それ以外の意見を考えて言い合う事で、それがあたかも子育ての幅を広げているかのように思おうとしていたのかもしれませんね。今思えば、すべて胡麻化しであったように思えます。 

 子育ての幅。 

 手を伸ばせば今も、息子も妻もすぐそこにいます。 

 それはまるで私がまだ生きていた頃、和室に並んで寝ていた時と何も変わりません。時々、息子の顔を覗き込んで、寝がえりを促したりして。春先は寝息が苦しそうになるんですね。花粉症気味でしたから。 

 思えば楽しい時間とはそういう時間の事だった気がします。私が何を言いたいのか、よくわからないでしょう? 

 だから言ったんですよ、これはあまり新しい話題ではないので、面白くないですよって。 

 私は目を覚ましたんです。隣には息子と妻がまだ寝ています。トラックドライバーの私は家族のだれよりも早く目を覚ますのです。あぁ違った、ネコだ。ネコが一番早起きだ。 

 ふと見上げてじっと目を見つめるネコが何かを訴え掛けている事はもう疑う余地もないのです。 

 ん? 何? なんか用? 

 するとどうしても話し掛けてしまうのです。 これはおそらく全世界共通でしょう。 それは赤ちゃんに話し掛けるのとは全然違います。 

赤ちゃんはいずれ言葉を覚えて返してくれる期待があるでしょう。でもまさかネコにそんな事を期待する人はいないはずです。 

 じゃあ、なぜ話しかけるのか。 

 その時、ネコがニャーと鳴いたのです。 

 本来、具体的に気持ちが伝わる事がとても危険で、致命的な間違いを犯す事がある。それをネコは知っているかのようです。 

 だから私はもう何も言いませんし、何も要りません。 

ただただ、ん? 何? なんか用? と話しかけるのです。 

 上手く出来ました。 これでよし。

 普段あまり感じられない。物事が完了した感じ。もうこれ以上は何も起きない。何をやっても変わらないという感じ。 

 これも普通なら絶望でしょうね。でもこの時は違う。ネコは、まあきっとイヌでもいいでしょうね。或いは金魚や小鳥でもいいと思う。相手が人以外ならなんでも。言葉はただの鳴き声となり、自分の意志は100%受け手に委ねられる。そして私も元々そう考えていたことになるのです。それでいいです。もうそれで、私の意見など事足りるのです。  

 私はこれからもきっとずっとジッとしています。そしてどこかに目を向けて、何が起こるか想像します。 

 それを『今』と思えるならば、即ちそれが『生きている』という事になるのかもしれない……。 

 とりあえず寝ている息子の頭を撫でてみたら、思っていたよりもずっと大きく、髪の毛も固く、もはや子供のサイズではないです。これだけあれば十分だ。あとは癲癇の脳波だけ消滅してくれればそれでいい。そしていつか、私は息子をこの店に連れていきたいと思っています。どうすれば、一番いい形で息子を、あの二人、昔の子今の子が店番をしているあの店に連れていく事が出来るだろうか。 

 とりあえずこのブログを読ませてみようか。でも少し雑な気がする。それに今は野球にしか興味がない息子が、果たして読んでくれるかどうか。 

 私はやはり何もせずにジッと考えています。 

 そして突然ネコに胸に乗っかられて、やや乱暴に起こされると、私の五感はその時、場所と時間に縛られて『今』が始まるのかなぁ、と思って、薄暗い室内に目をやるとネコの眼は全く光っていません。もうすでに私の想像は間違っています。でもこんな事は日常茶飯事です。 

 さあ、今日は何をしようか。本当にどうでもいい話をしてしまいました。結局、朝ネコがニャーと鳴いた。それだけの話です。

 少なくとも皆様にとっては、何の価値もない、感想もない、答えもない、そんな話をしてしまいましたね。 

 どうでしょう、それでも15分ぐらいかかりましたかね? 私はそれでもいいです。やはり話してよかった。もし後々、どうしても嫌になったら、すぐに元に戻って、やっぱり捨ててしまおうと思います。

 夏に向け、店に並べるモノを、もっとマッチョアップすべきか、それとももっとシェイプアップするべきか。 

 あぁ、そうそう。タグをプリント用紙にプリントしてみましたよ。グッズ直売への第一歩です。 

 説明書をよく読まなかったから、もう少しで反転してプリントするところでした。危ない危ない! 


第32章(あるのだろうか?)

 返事が来たんです。車の保険の満了のお知らせや、免許の更新のお知らせに混ざって、上品な便箋が届いた事を妻は何と思ったんでしょう。誰から? 訊くと妻に私は、知らない、と言いました。 

 今の子の母親からでした。それはいつか私が出した手紙の返事のようです。 

 あぁ、この人か、という私の言い方は多少言い訳がましく響いたかもしれません。いつまでやってんの!もう時間過ぎてるでしょ! そろそろゲーム止めてお風呂に入んなさい! と息子に言った口調が、いつもよりやや厳しかったような気がしました。的外れな焼きもちでも、それはそれでよしとします。        


 お手紙有難うございます。感激して読ませていただきました。あんな冷静さを欠いた無礼な手紙を送り付けた事は、今思い出しても顔から火が出る思いでございます。仰る通り、私はもうあの子の母親ではありません。あの子は私の元を離れていった子です。それも、あの子の自身の意志で。

 きっと私はすべての責任をあなたに被せようとしていたのでしょう。そうしてこの苦悩をすべてあなたに押し付けて決着をつけようとしたのでしょう。 

 その事は皇極法師にも厳しく注意をいただきました。法師は仰います。あなたのそういう自制の利かない勝手な行動が、ますますあなたからあの子をあなたから遠ざけているのです。あなたは本気で、あの子を取り戻したいのか?と。 

 もちろん、本気です。私にとってこの手紙のやりとりが成立している世界だけがあの子の母親でいられる世界なのです。あなたはきっと、こんな私の異常な精神状態を文面から読み取って、あんなに不躾な手紙にもご丁寧に返事を下さったのでしょう。優しい方。 皇極法師にお礼の手紙を書きなさいと言われました。当然そうするつもりでした。そうして今、そのとおりにしているわけです。私は一体、何人の関係のない人にあんな不躾な手紙を送り付けたのでしょう。それは覚えていないほどです。本当にお恥ずかしい。 

 でもあなただけは返事をくれました。だから私はあなたを信じます。私が娘たちとあなたの店を訪れた時、あの子は見違える程逞しく見えました。顔色もよく、もう一人の少年の方ととても溌溂として楽しそうに見えたのです。私はそんな息子の姿を認めたくなかったのです。すべてがお前のせいだという、私があの子に対して私がやってきた事すべてへの、それは当てつけだと感じたのです。私はあなたとあなたのお店に、激しく嫉妬したのです。 

 腕の中でジッとしているあの子を、私は激しく揺すりました。目を開けて、目を開けて! と。 

 でもだんだん体を揺すっている腕が疲れて来るのを感じたのです。その時、私は気付きました。私はもう揺する事にすらつかれ始めている、誰か、きっかけをください。この子の母親を、辞めるきっかけを。

 だって、もう腕が疲れたのだもの……。 

 私のお願いを聞いてもらえますか? 

 私はきっともう、あの子を抱きしめる事は出来ないのでしょうね。皇極法師は諦めるなと仰いますが、私だって娘たちをいつまでも放ったらかしにしてあの子にばかりかまけているわけにはまいりません。娘たちにも、もう兄が死んでしまったことを隠せなくなってきました。あの日、あの店で会ったあれが、あなたたちのお兄さんよ、と言ったところで、娘たちにはわからなかった事でしょう。ひょっとして私は、娘たちからも宥められているのでしょうか。おかしなお母さんが、これ以上おかしくならないために主人と口裏を合わせてくれているだけなのでしょうか。

 ある日娘たちから、お母さん、ちょっと来て、 と言われてついていくと、精神科の外来に連れていかれて、問診を受けさせられて、大量の薬を貰ったり、そのまま入院させられたりするんでしょうか。 

 ちょっと! やめて! ここから出して!  

 そう叫ぶ私を、娘と主人が、ガラス越しに情けなそうな顔をして眺めている。 そんな時が来るのでしょうか。それとも、もう来ているのでしょうか。病室から、私はこの手紙を書いているのでしょうか?

 私はあなたを信頼します。だから、あなたも私を信頼せざるを得ないのです。

 御存じでしょう? あなたにも、決して誰にも説明できない大切な世界を一つ、お持ちですものね? 

 私達は、私達のこの意思の疎通は、お互いの力で断ち切る事はもはや無理なのです。何人たりともそれは不可能なのです。 

 たった一人、皇極法師を除いては。 


          

 リビングに戻ると、食卓には夕餉が並んでいます。中心は回鍋肉です。あとは、私の酒のアテの冷奴と、蒸し鶏のサラダ。回鍋肉は息子の大好物で、妻は週に一度は必ず作ってくれます。 

 やれやれ、私はそう言って椅子に座りました。この世界が、一人のご婦人の手によってあっという間にめちゃくちゃにされるのかと思うと、思わずため息が出てしまいます。 

 ネコを飼い始めてから、あっという間に汚くなったドアや壁紙が愛おしくそこにはあります。座椅子の上から、すっかり大きくなった息子の頭が少し見えています。 

 あるのかね……。 

 え? なにが? 回鍋肉じゃない方がよかった? 

 いや、そうじゃないよ。 


第33章(1会目)

 目を奪うほど大量の桜の花びらがフロントガラスにひらひらと纏わりついてきます。私はそれをワイパーで左右に散らしながら、もう今年の桜は終わりだなぁ、と感じています。寂しくもありますがなに、来年になればまた咲きますよ。そして私はまた今の子も連れて、昔の子と一緒に、昔の子の行きつけのバーの常連客達と一緒に、早稲田通り沿いの河原で花見をするのです。 

 春にいる間、私は旅をしているような気分になります。それは一般にいうように空間を移動するのではなく、無理に例えると自身が果てしなく膨張していく様な旅です。 

 ある日、私は白い服を着た少女と近所の神社で遊んでいる夢を見ました。神社にはなぜか砂場があって、そこで私たちは砂まみれになって遊んでいるのです。私はその少女が時々、邪魔そうにかき上げる茶色い髪の毛が、あまりにも魅力的で、まともに見れないのです。 

 喘息気味で体力がなく、運動神経が悪い私は、すばしっこい女の子についていけません。神社の階段の遥か上の方で、時々振り返って私を待っている少女が、私はだんだん憎らしく思えてきました。 

 そわそわと落ち着かない様子のその少女の姉は、どことなく似ているところもあるのですが、少女よりも体つきがっしりとして顎も眉も太く、なにより明らかに私に対する興味が薄いのがわかります。 

 暫くすると松葉杖をついた少女が病室から出てきました。 

 あなたのために、手術したの。 

 みると少女の可愛らしかった茶色い髪は丸坊主に刈られて、顔は砂まみれで、目にいっぱい涙をためて、もう走れない。もうあんなに速く石段ものぼれない。と言いました。 

 あなたのために、手術をしたの。 

 でもその言葉を聞いた瞬間、私のその少女への恋慕は急速に薄れていきました。そしてむくむくと頭を持ち上げたのは、ざまあみろ!と言う、とことんいやらしい復讐心でした。私は少女が姉の肩を借りながら、病院の長い廊下の向こうに消えるのを黙って見ていました。 

 その後、私はその少女と3度出会う事になります。 

 白い体操服を着て剣道教室に現れた少女は、上野という名前でした。少女は私など知らない顔をしていました。私も知らないふりをしました。少し精神的に大人になっていたのか、それともかつての敗北感を挽回したかったのか、私も少女も互いに冷たい態度をとりました。 

 少女は道着ではなく体操服の上に防具を付けていました。その姿がみっともないと、私は散々馬鹿にしたのです。しかし少女は平気な顔をしていました。そして一人、面!面! と澄んだ声を出して竹刀を振っていました。 

 ある日、私と少女は試合さながらの『掛かり稽古』をすることになりました。私よりも一年もあとに入って、ほとんど素振りしかしていない少女を私は侮り、メチャクチャに叩いて泣かしてやろうと思っていました。しかし、 

 いざ稽古を始めると、少女の竹刀は素早く、私はあっという間に2本取られて負けてしまったのです。茣蓙に正座して、面を外した少女の茶色い髪の毛が、私に一切の言い訳をさせませんでした。私は悔し泣きをしていたので、なかなか面を外せなかった。しかし少女はすんなりと面を外して、綺麗な顔で私を見て、少し侮蔑するように笑いました。 

 私はもう剣道をやめたくて仕方がなくなったのですが、暫くすると少女の方が剣道をやめてしまいました。 

 道着が買えないほど家が貧乏だったから、と言うのがもっぱらの噂でした。本当かどうかはわかりません。私は辛うじて同点に追いついたような空しい満足感を無理やり口の中に突っ込まれたような気がしました。 

 これが1度目。

                   


 息子はまだ寝ています。本当によく寝るなぁ……。 

いいよ、ぐっすり寝ているならそれが一番。癲癇も落ち着いている、いいね。すべて、いいね。今日もいい日になりそうだよ。でも今日はおじいちゃんのお通夜だから、9時には起きなさい。 

 昨日はバッティングセンターに行ったね。いや、久しぶりに見るバットを振り回す姿が、ますます頼もしくなった気がする。 

 しかし、駐車場の無料券が飲み込まれて、結局100円払ったのは、今思い出しても解せないなぁ……。 


第34章(猫とキャッチホン)

 電話のコードをくるくると指に巻きつけながら話していると割り込み電話が入ってきました。 あぁ割り込みだ、ちょっと待ってて。 

 そう言って電話を切り替えると、バンドのメンバーからの、今週末のライヴの最終リハがどうの、選曲がどうのという、まったくどうでもいい電話でした。 

 あぁ、任せる! 全部任せるよ! 

 私は投げやりにそう言い放ち、また電話を切り替えました。すると相手は、もういいの?と言いました。 

 あぁ、いいいい、どうでもいい電話だよ。  

 それよりさ、先週買った宝くじが一番違いの組違いだった話、したっけ? 本当なんだよ。最後の一桁が一番違いだったんだよ! でもそれってただの外れくじだよね。ハハハハ……。 

 電話を切ると虚しさは後から後から募ります。こうやっている間にも、あの子は急いで婚約者と電話をしているに違いない。 

 あ、ごめんなさい、いいのいいの、どうでもいい電話だから。 

 電話を切って初めて、外が土砂降りな事に気付きました。もうどうでもいいんです。外が雨だろうが、月が出ていようが。自分が生きてようが死んでようが。ゴロンと寝転んで酒の続きを飲みながら、0時が過ぎるのを待っている。絶対に0時より早くは寝ない! 夜は起きているものだから。そして昼間の内に蓄積された、ベタベタと質の悪い出来事をすべて、要るモノ要らないモノに分けて、夢と現実に振り分けてから寝る。それが正しい夜の過ごし方だから。 

 酔いの耳鳴りに紛れて、ニャーニャーという細い声が聞こえてきました。ずぶぬれの暗幕の内で、日常のどこにも属さない、まるで指先に刺さった小さな棘のようなか細い声でした。私は外に出てその棘のような声の出処を探しました。隣の中国人しか住んでいないボロボロのアパートと隔てるブロック塀にランダムに配置されている模様のパターンの小さな穴の部分に、小さな猫がすっぽりと収まってニャーニャーと鳴いていたんです。小さな顔の半分ほども大きな口を開けて、ニャーニャーと。 

 今二つの大きなモノに終わりが迫っている事に気付かれましたか? 気付きますよね、普通。 

 一つはバンド。お、上手いじゃん! と褒められた中学1年のあの日からずっと私はその洗脳が溶けず、大学を卒業しても就職もせずずっとギターを弾き続けました。 いや、そこそこ評判もよかったです。天才だ! ってね。よく言われましたよ。 

 でも私は天才ではありません。ただのひねくれた、自分の身の置き所を見失ってよろよろと彷徨っているだけのバカな若者でした。私は猫を引っ張り出そうと手を突っ込んだんですが、ネコは小さな顔を怒らせて、シャー!と言ってなかなか出て来ません。私は汚い野良猫にかみつかれて変な病気になったら大変だ、と心のどこかで思いながら、それでもしつこく子猫と格闘し、ようやくその子猫を引っ張り出す事が出来ました。 

 部屋に持ち込んでみると、子猫は土砂降りの中で見たよりもはるかに汚く、顔は鼻水と目ヤニでベタベタになっていました。目はほとんど開いていませんでした。普段から折り合いが悪い中国人に聞かれたらそれこそ変な因縁を吹っ掛けられかねない真夜中に、ネコは、ニャーニャーと、体からは信じられないほどの大音量で鳴きます。 

 中国人は複数の男と一人の女が一緒に住んでいましたが、ちょうどよくセックスが始まりました。よし、これはしばらく続く、今だったら大声で鳴いても大丈夫。私はティッシュを濡らして猫の顔を拭いてやりました。優しい俺。こんなに優しい俺が、なんでこんなにも惨めなんだろう、ギターなんかに縋ってさ、ありもしない夢を入れるための、空っぽの大きな葛籠を担いでさ、この先どう生きればいいというんだろう。答えなんか、本当にあるのか? 

 ネコは身の程知らずに必死の抵抗を見せます。違う!違うんだよ!お前を、助けるためにやってんの! 

 暫くそんな格闘を続け、子猫の顔は少しずつ綺麗になっていきました。しかし、子猫はすでに風邪をひいているらしく、くしゃみが止まりません。するとそのたびに、質の悪そうな黄緑の鼻水が飛び散るのです。 

 うわ! 汚ぇ! 

 私は、コイツをうまく使えば、あの子が結婚するまでにまだあと何回かは会えるかもしれないと考えたのです。 

 隣のアパートからは女の声が聞こえています。あの子とは似ても似つかない、動物みたいな声。 

 子猫捕まえたんだよ。可愛いよ、見に来ない? 

そう言ってやろう、今から電話するか。でも今頃は、もう残業を終えた婚約者があの子の部屋にやって来て、すでに始めているかもしれない。 

 私は受話器を上げてあの子の番号を打ちました。 

 あの子は結局、出ませんでした。30回もコールしたのに。 

 時計を見るともう1時近かった。私は私の酒のツマミの魚肉ソーセージに食らいつく子猫をつまみ上げ、土砂降りの外に放り投げました。 

 お前は、もう要らないってさ。会いたくないって。だって電話に出ないんじゃ、しょうがいないだろ? 残念だな。世の中に嫌われるって、そういう事なんだよ。お前は何も悪くないのにな。嫌な世の中だな……。早く終わっちまえばいいのに。 

 私は猫に話し掛けます。あの時、どうだった? 私は怖かった? 憎かった? 悲しかった? 結局、死んじゃった?  

 ネコはグルグルと喉を鳴らすだけで何も答えません。 私はギターにも話し掛けます。

 あのバンド、その後どうなった? 誰か一人でもプロになった?

 ギターはしれーっとして光る。お前が気にすんじゃねーよ。

  はいはい、そりゃそうだ……。


第35章(ゆうちゃん)

 気まぐれに店に来てみると珍しく二人はいません。窓も飽きっぱなし。命といえば今年37歳になる金魚の2つだけ。

椅子に腰を掛けてじっとしていると風が入ってきました。

 さっき家で同じ様に椅子に腰を掛けて、同じように窓を開けたら、やはり同じ風が入ってきて、そして同じ事を考えました。 これが春の匂いなんだろうか……。 

 まあ実際は近所の生活臭とアスファルトと埼玉特有の土埃の匂いが混ざった匂いなんでしょうけどね。 

 もし寿司屋と同じ匂いが突然オフィスでしたら、単なる異臭騒ぎでしょうね。

 気持ちの良し悪しもそのとおりで、そのモノよりも状況によって左右されるのだという事です。 

 だから春の晴れた日の風の匂いはまるで『裸の王様』です。あぁ、いい匂い。さあ、今日はどこに行って何をするか。 

 私もまた『裸の王様』です。誰もいない店の中をグルグルと歩き回り、一生続く演説のネタを考えているのです。聞くモノたちをどう感動させてやろうか。そんな事を考えているうちに店はすっかり古びてしまって、もう誰も寄り付かなくなりました。まさかこんなところに店があるなんて、きっと誰も知らないのでしょう。これまで多くの問題を抱えたまま突っ走てきた。もちろん後悔なんてしてません。満足してますよ。彼是と迷いながら、時には誤魔化しながら自分なりに一生懸命やってきた、そんな自負はあるのです。 

 君が6歳の時、こんなチャンスをあげたんだよ。 

 そう言って意地悪く笑ったのは6歳の時に1年だけ同じ学校にいた『ゆうちゃん』という男です。 

 もう『ゆうちゃん』と呼ぶのは憚られるほど老いて痩せて髭蒸した顔です。でも間違いなく『ゆうちゃん』です。 

 演説はそうして始まりました。細い光がゆうちゃんから私に向いて射しているのです。 

 ほらね、僕はキーパーソン。あなたの人生のキーパーソンだったんですよ。 

 『第一章』で、確か書きましたよね。 

 月から地球までは光の速さでも1秒かかる。それは月と地球の距離が34万キロで、秒速30万キロの光でも1秒とちょっとかかるという事。でもそれは1秒間『今』が継続しているという事で、つまり、それがたとえ宇宙の果てからの139億年でもやはり『今』なんだという事。 

 僕はあっちこっち転校してきたから、友達を選別する目はものすごくシビアになった。僕の家はほら、『諸川』の向こう側だったでしょ?『諸川』って汚いね!初めて見た時、うわ! 汚い川!って思ったよ。今でもあんなに汚いの? これからここに住むのかと思ったらもうそれだけで気が滅入ってたんだよ。 

 お父さんが銀行員とか外交官で転勤が多いとか、そういう理由ならよかったんだけど、僕のお父さんはただの見栄っ張りで夢ばかり追いかけてた。そしていつも商売に失敗するんだね。その都度借金を作って、それで逃げ回ってたんだ。もちろんその時の僕はそんな理由は知らないよ。そして僕はいつもいい服を着せられてた。ボロボロのいい服だよ。 

 だからきっとみんな僕をお坊ちゃまだと思ってたでしょ? 見た目はね、確かにそうだけど……。 

 ゆうちゃんは私だけ、家に上がる事を許してくれなかった。他の子が自由に出入りする『諸川』の向こうの瀟洒な洋館に、私だけは入る事が出来なかったんです。高い2階のベランダの窓が開け放されて、そこからは友達の笑い声とが聞こえます。私は友達づてにゆうちゃんの家のなかの様子を聞きました。 

 すげーいっぱいおもちゃがあって、お菓子も大皿にいっぱいあって、でっかいテレビがいつも付きっぱなしになってて、壁にはシカの頭が突き出てる。お父さんのお酒の瓶が壁みたいに並んでて、別の壁にはデカい絵や写真が何枚も掛かってて、お菓子をこぼそうが、ピザを落とそうがゆうちゃんは全然気にしない。あぁ、いいよいいよ、って。お金持ちってすげーなぁ。 

 しかしゆうちゃんはすぐに学校に来なくなりました。そして気が付くと、優ちゃんの家の二階の窓は、真夜中でも開いたままになって、ほどなく取り壊されました。 

 築80年の洋館のオーナーは京都府の別の町に住んでいて、そんなところに人が住んでいるなんて知らない、貸した覚えもない、と言ったそうです。 

 そういえば、君とは一言も話したことがないよね。 

 当り前さ。僕は君を友達として認めなかったんだから。いつも遠くから疑り深い目でジッとこっちを見ている君には、僕の本性を見透かされている事が、僕にはすぐにわかったからね。 

 そんな事はない。僕も君の家で、おもちゃに囲まれて遊びたかった。 

 おもちゃ? なんだい? それ。 あぁ、アイツらがそういったのかい? じゃあ、それでいいんじゃない。でもね、僕は君には絶対に見せたくなかった。 

 あの部屋の中を。アンテナもなくて、近所の自動販売機から引っ張ってきた電力で、ずっとワーナーブラザースの同じアニメが付きっぱなしになっているテレビや、父が廃材で作った大きな鹿の頭や、捨てられた映画のポスターを木枠にはめただけの巨大な絵や、洋酒の空き瓶が並ぶ棚や、冷凍が溶けて腐って誰も手を付けない冷めたピザや、近所のスーパーからくすねてきたお菓子で山盛りのお皿を。 

 あ、店長。 

 妻の焼いたパンを抱えて入ってきたのは今の子でした。 

 あぁ、お疲れさま。君がお使いとは珍しいね、相方はどうした? 

 え? 相方? あぁ、昔の子の事ですか? 

 え……。 

  二人は今の子『君』昔の子『お前』と、それ以外は名前で呼び合っていたと記憶します。 

 だから言ったでしょ、僕は君の人生のキーパーソン。 

  ゆうちゃんから射している様に見えていた光は、ゆうちゃんが動くたびに長い影になってゆらゆらと揺れるのです。 

 みんないない。君一人だ。信じられないかもしれないけど、あの時、僕が家に上げた友達はもう一人もいない。みんな、死んだんだ。 

 光はどうやら、ゆうちゃんの更に遠い奥から射しているのです。 

 それは、偶然? 

 偶然だって? 偶然なんてこの世にはないんだよ。 

 君がどうしたのじゃない。僕にだってどうも出来るわけないじゃないか。6歳だよ。ただ、僕には勘があった。君は、僕の友達じゃない。 

 勘ってさ、すべてそうなんだよ。君も覚えておいた方がいい。誰のためじゃない。もう結婚して子供もいるんだろ。ならなおさら、絶対覚えておいた方がいい。 

 君はナニモノなんだ? 

 店長、店長。 

 私は昔の子の声で目を覚ましましたが、敢えて目を閉じてジッとしていました。じゃあね、と手を振るゆうちゃんの影が顔の上をゆらゆらと動くのがわかります。そして窓から近所の生活臭とアスファルトと埼玉独特の土埃が混ざった匂いがしてきました。 


          

第36章(父親って?)

 踵がつぶれてるじゃないか、こんな靴じゃみっともなくて行けないよ!

私が言うと妻は、いいじゃない靴を脱ぐ事なんてないから。と言いました。 

 ばかいえ!お葬式だぞ。親父の時もお袋の時も、靴は必ず脱いだじゃないか。 

 ここは埼玉です。京都とは習慣が違いますから。 

 お葬式がそんなに違うわけないだろ。それにドリフのコントでもあるじゃないか。読経中に足がしびれて、焼香の時に祭壇に倒れる、っていうあれ。そうしたら棺桶からチョーさんがむっくり起き上がって、ダメだっこりゃ! って。ドリフは東京のコメディアンだろ?

 だから、ここは埼玉だから! 

 埼玉なんて東京みたいなもんだろ。それにじゃあ志村けんはどうなんだ? 東村山出身だろ。もろに埼玉じゃないか! 

 あら、東村山は東京ですよ。

あ、そうか……、いや、東村山とか秋津はもう埼玉だ。

 いくら何でも強引すぎるでしょ。それに志村さんが考えたコントじゃないかもしれないでしょ? 

 いいや志村だね。あのセンスは絶対に志村だ! 

 放送作家かもしれないじゃない。 

 いいや、志村だ! 

 私はこんなつまらない事で妻と喧嘩したのです。妻も私も気が立っていたんです。 

 入院中だった義父が突然亡くなったのです。調子がいいと聞いていたのに、先月末に肺炎を起こし、たったの1週間で亡くなってしまった。私はそのお通夜に向かう時、自分の黒い靴のかかとが潰れてみっともなくなっている事に気付きを妻に怒っていたのです。 

 自分がこんな事で怒るなんて自分でも意外でした。妻も驚いたでしょう。それには私には長らく誤魔化してきた事が関係していると思われます。

 典型的なB型気質で、家族はしばしばその気紛れな行動に驚かされたと妻は言いますが、私の印象では、義父はとても大きくておおらかな人でした。元消防士である義父は、まじめで責任感の強い人でした。私は自分がそういう印象を持っている事を、もっと素直に伝えるべきだったと今は思います。私はきっと、甘えたかったのだろうなぁ、と思います。 

 私は実父との折り合いが悪く、自分は望まれない子で、この家族は自分の家族ではない、ここは自分の居場所ではない、と強く感じていました。幼い頃は妙な雰囲気にただ拗ねていただけだったかもしれません。しかし年齢が進むにつれてそれはなくなるどころか逆に妙な整合性を持って攻めてくるようになりました。かつては家族だけだった私の敵は、世の中全般を味方につけ襲い掛かってきます。なるほどね、そういう訳で私はこの家族には必要ないんだ、という理路整然とした理由は私の中で徐々に冷えて溶岩の様にゴツゴツとして固まり、成人を迎える頃にはもうすっかり苔蒸して滑らかになり、たまに帰省した時など、父と二人で談笑しながら酒を飲みながら話すまでになりました。 

 なあ、オトン。俺はおった方がええ? おらん方がええ? 

 少し酔った父はこう答えたます。 

 そうやなぁ……そんな事をまともに訊かれたら、こっちもまともに答えなアカンのやろうけど、そうやなぁ、 きょうび子供4人は多かったかも知らんなぁ。正直、金もエライかかるしなぁ、いやいや別に実際におるからそらおったらエエんやけど。でも、もともとおらんかったら、いう事やったら、飽くまで仮説やで!仮説やけど、そうやなぁ、お前は、特におらんでもよかったかもしらんなぁ……。その方が家族として収まりが良かったかも知らんなぁ……。 

 いやいや、勘違いせんといてくれよ。タラレバのはなしやろ? その気で訊いてんやろ? こっちもその気で答えてるんやらな。だって順番的に考えて見ぃ。まずお姉ちゃんやろ、ほんでお兄ちゃんや、ほんでお前やろ、その下に妹がおる。 

 一人目は娘や。娘いうたらそりゃあもう、男親にとっては目に入れても痛ないほど可愛いのは当然や。これはお父ちゃんが決めたんとちゃうぞ。昔からそう言われているから必ずそうなんや。 

 ほんでお兄ちゃんや。な!一姫二太郎や、それが家族の理想的な形なんは、これも父ちゃんが決めたんとちゃうぞ。先祖代々、お歴々が尊い経験から割り出した黄金の真実や。それにうちは商売やってるから長男いうたら跡継ぎや。そりゃあもう下にも置かん様に育てんのんが親としての最低にして最大の義務やと、お父ちゃん真面目にそう思うてる。跡継ぎが大事にされるいうんもお父ちゃんが決めたんとちゃうしな。これも歴史が証明してる黄金の真実や。 

            

 実家に着くと義父はまた布団に寝ていました。まるで見覚えがない顔に驚いていると、ね、似てないでしょ? と言って義母が近づいてきました。  

 綺麗にしてもらったのはいいんだけど、なんか顔が違っちゃったわね。でもちょっと、笑ってるみたいでいいでしょ。 

 しばらく眺めていましたが確かに、綺麗ですが今にも起きて来そうな気はしませんでした。亡くなっている。時間の束縛から解放された遺体は独特で、ただ存在だけが圧倒的にドーンとそこにあるのです。どうすれば、どう接すればいいのかわからない。

 ほどなく葬儀社の方が来て、祭壇の設置場所や、葬儀会場に向かうまでの手順や役割の細かい説明を受けました。納棺の時、春冷えの寒い日が続いていた事もあって、寒いといけないからと掛けていた、実家で一番いい羽毛布団を、え!この布団も一緒に焼いちゃうんですか? と言った時の義姉の素直に驚いた表情に、その瞬間だけほんの少し空気が明るくなりました。 

 棺は私と息子と義理の兄と葬儀社の方の4人で霊柩車へと運びました。重いですから、力のある方が頭の方へ、といわれ、運送屋 という理由で私が頭の方を持つ事になりました。両膝の悪い私はおそらく一番不適任だったと思います。             

 ほんでお前やろ。せっかく一姫二太郎で喜んでたんが、なんやバランス悪なってしもたなぁ、て思たんは確かやな。 

 お前、水素が何で爆発しやすいんか知ってるか? あれはな、バランスが悪いからや。バランスが悪かったらバランスがええ方に向かおうとすんのんが、これもお父ちゃんが決めたんちゃう。これはもう分子レベルの常識なんや。これで宇宙も成り立っとんねん。乾坤不動、唯一無二の摂理や。これもお父ちゃんが決めたんとちゃうぞ。すべてがそうなってんねん、そういうモンやねん。 妹か? あれはお前、末っ子やないか。末っ子は家族のみならず、おじいちゃんおばあちゃんからも、みんなから可愛がられんのも、これも神様が決めたルールやで。お前がどうこう文句言うような事とちゃう!

             *            

 私は義父を乗せた霊柩車を、義母、義姉、妻、息子を乗せて追いました。風が強く吹いて、路傍の捨て看板が外れそうなほど揺れています。そして桜の花びらが目の前を激しく覆うのです。逃げているわけではないのに霊柩車は速く、激しい桜の花吹雪の中に見失う錯覚に襲われるのです。 私は必死に追いかけます。 もし見失ったら、家族ごともう戻れない。じゃあそのまま、お父さんと一緒に……。そんな気すらしたのです。 

 妻が言ったとおり、埼玉は京都とは違い、お通夜のお線香番は要らないようです。去年、私の実母が亡くなった時は、兄と二人で葬儀場に泊まって線香番をしました。兄は「オカンはお前の心配ばっかりしとったなぁ」と言いました。私は「違うて、信頼がなかっただけや」と言いました。多分両方本当でしょう。 

 長い病床生活のせいで母の体はもうボロボロでしたから、死に化粧を綺麗に施されたとはいえ、顔はやはり見覚えがなかったのを思い出します。オカン、やっと楽んなったな、と母の亡骸に話しかける兄を、楽になったのは兄貴の方だろうと思いながら見ていました。母が認知症を患い徘徊を繰り返すようになった時も、寝たきりになった後も、結局私は何も関わることがなかったので、母の死を悼むよりも、兄の労をねぎらう様な気持ちが強かったのです。 

           *             

 ほんでお前がまた病弱でなぁ。風邪いうたらみなひいとったなぁ。ほんですぐ高熱出してひきつけ起こすねん。 

 喘息も酷ぅてな、毎月一回は必ず仕事休んで病院に連れてかなアカンねん。それも片道2時間やで。「もうちょっと近くの病院でなんとなりませんか?」 言うたけど医者が、行け! 言うから行かなしゃーらへん。その途中でお前は毎回車に酔うてゲー吐くし、着いたら着いたで5時間も6時間も待たされて、診察は5分や! たったの5分! 「悪ぅも良ぅもなってません」そんでしまいや。それやったら電話で何とかなりませんか、いう話やで、正直。 

 ほんでまた車2時間運転して帰ってくんねんからこっちもヘトヘトや。1日仕事休んでこれかぁ……、ってな、商売人にはキツイで正直……。 

 ほんでお前がまたようイジメられてな。これも体がひ弱やからや思てな、鍛えたろう思って剣道やらしたら剣道教室でもいじめられてな、野球やらしたら野球チームでいじめられてな、性格もどんどん卑屈になっていって、ちょっとしたことですぐメソメソ泣くし拗ねるし、そのくせ根は頑固なモンやから一回拗ねたらなかなか機嫌直さへん。もうメンドクサイ!放っとこ! ってなるよ普通。お前だけのために親やっとんのとちゃうねん!こっちは。 

           *           

 義父は孫がもう中学生だと聞いて驚いていたといいます。もし病気でなければ、一緒に写真を撮って、入学のお祝いに美味しいモノ食べて、また一緒にゲームも出来たのに。 

 そう想像させる、義父の遺影は息子とゲームをしている時の写真でした。遺影としては珍しい、少し横顔の優しい視線の先にいる息子の姿が見える様な素敵な遺影でした。 

 読経が終わると、参列者で棺に花を乗せます。そうして義父の体をいっぱいの花で包みます。花を置く自分がとても偽善的に見えました。せいぜいこうして別れを惜しむふりをして、迷惑ばかりかけて、ろくにお礼も言わないまま、別れる事になった私は、こんな花で埋め尽くして義父を見えなくしようとしている。 


 おもちゃを買うにしてもね、お姉ちゃんはすぐに決めてサッと買っちゃうんだけど、すぐに飽きちゃうんだね。それに比べて下の子は、ジッーと見て、悩んで悩んで、やっと一つ決める。でもボロボロになるまで遊ぶんだよ。姉妹でも随分違うもんだなぁ、とね、おもしろいなぁ、と思ったよ。 

 いつか義父が自分の2人の娘の性格についてそう話していたのを思い出しました。言われてみれば確かに、妻にはそういうところがあります。スーパーで七味唐辛子を一つ買うにも、ジーっとラベルを見て、おもむろに棚に戻すと、その隣の七味唐辛子を取ってまたジーっと見比べる。 

 何にも変わらないって! 私は思い出し、思わず吹き出しそうになりました。そして慌てて辺りを見回したのです。 

 やはり私だけが他の人とは違います。私だけは義父との関係を、こんな黒い服を着て、かかとの潰れた黒い靴を履いて誤魔化そうとしている。私の置いた花だけが汚れて浮いて見えたのです。すると義父はむっくりと起き上がり、私の置いた花だけを、汚そうにつまんで棺の外に捨てるのです。 

 ストップストップ!! 

 そこや! そこがお前の一番アカンとこや! なんやねん! 何でもかんでも自分が悪い事にしたらそれで解決すんのか? それでホンマに納得してんのか? ほな何でそんな拗ねてんねん? ぜんぜん納得してへんやないか! それで周りはどうなんや? 納得してんのか? してへんわ! それで迷惑してる人も大勢おるんじゃ! ワシが実際そうや!  

 自分で勝手に拗ねるよう仕向けといて拗ねたんは周りのせいやってか?? アホ抜かせ! お前が思う様にばっかり周りは動かへんわ! 酔っぱらってる思って適当にお話を進めんなよ! ちょっと、貸せ! ワシにマイク貸せ! 

 あぁ、あ、え~、こんにちは。 

 このお話をお聞きになってる皆様。初めまして。私はこの男の親父です。ブログでなんて名乗ってるのか知りませんが、コイツは私のアホの次男坊の『智之』いいます。意味はありません。私が適当に付けました。きっといろいろご迷惑かけてることでしょう。せやから本人に成り代わり、先に謝らしてもらいます。 

どうもすんません。 

 でね、さっきコイツが勝手に書いてた私の言葉ありますでしょ。あれは、まあ正直、遠からずですわ。さすがによう見てるなぁ思て見てましたわ。いや、観察眼はね、昔から鋭いんです。虫好きでね。虫の細かい特徴なんか、上手に絵に描いてましたわ。そんな子ですわ。

 正直知りまへんでしたわ。そうか、そんな寂しかったんか、って。言われたらそんな負い目も、思い当たる節も、ない事はない、でもね、皆さん。 

 私は私なりに必死やったという事、良かろうが悪かろうが、私にはこれしか出来ひんかったという事をわかって欲しいんですわ。 

 私の親父は戦争で死にましたわ。私が8歳の時ですわ。それからずーっと死ぬまで、私は独りぼっちですわ。ホンマのオカンは私が赤ちゃんの時に死んでますからね。抱っこされた記憶もありません。おまけに私、長男でね、親父が出征しておらへんから親父代わりに働かなアカン。学校もろくに行かんと、軍需工場で人殺しの道具作ってました。でも子供やから借してもらえる道具も使い古しのボロボロばっかりで、やすりなんかもうツルツルで全然削られれへん。それでも、お前!ちゃんと磨け! 言うて大人から頭バシバシしばかれて、泣きながら家着いたら、2人目のオカンが弟に乳あげとるわけですわ。ただいま、言うても返事もくれません。しゃーない。乳やりながら疲れて寝とるんですわ。 

 ほんで私は一人で飯食うんです。薄暗いあばら家の卓袱台で冷めたそれも固い固い飯をですわ。しかも全然足りひん。もうね、寂しいとかそんなレベルちゃいますよ。死にたいとも思わへん。とにかく笑いたい、腹抱えて笑いたい。ホンマそれだけですわ。  

 いえいえ、同情なんか要りませんよ。そんな時代に生まれたんは誰のせいでもない。でもね、同情はどんどんしてあげてください。しかも無条件で。同情こそが究極のエゴイズムやと思うんです。ほんでそんなエゴイズムこそが、ホンマの愛情やと思うんです。学がないんでね、難しい事は一切わかりまへん。でもね。

『情けは人のためならず』言うでしょ? ホンマにそこに掛かってると思うんです。悪い奴は後を絶ちません。悲惨な出来事もなくなりません。それでも楽しい思いしたいでしょ? 出来るだけ楽したい思うでしょ? 素敵な思いしたいでしょ? ほなそうしましょ、したらいいんです。しましょ、しましょ、でもね。 

一緒にしましょ。 

 もう、いい……。 

 エエ事ない!もうちょっとで終わるから最後まで言わせろ!皆さん、必要ない人間なんて、古今東西、どこにも一人もいてないんですよ。 オウムの大将も、鉄十字のドイツ人も、要らない人間じゃないんです。生まれた時はみんな首ガクガクで足ヨチヨチで、誰かがそのおむつを満身の愛情をもって替えたんです。私もこの子に言わしたら親失格。でもね、そんな親を必要ないなんて言うたらなんも始まらんでしょ。どう思います? 

 いいって! 

 エエ事ない!一つ言えんのは、私にはあの子が絶対に必要やったという事。それは私が望む望まざるに関係なく。あんな出来損ないの、病気ばっかりして、勉強もスポーツも出来へん。ひねくれモンで人の邪魔ばっかりして、いろいろ問題を起こして、中学も高校も、何べんも呼び出しを喰ろて、そのたんびに、すんません、すんません、て下げたもない頭下げて。 

 いいんです! 

 エエ事ない!でも私はね、あの子が私をどう思おうと、どうしても感謝するしかない。したくなくてもするしかない。それは私も幸せでいたいから。私の人生はあの子なしには全てあり得なかった。今は時間の縛りから抜け出て平らかに見てます。自分の人生を平らかに。そしたらすぐにわかります。遠くの山も、近くの川も、その形になったんは、すべて全部のおかげだとすぐわかります。楽しい事はこっちのおかげ、苦しい事はこっちのせい、なんて線は何処にも引いてません。まあ、なだらかなもんですわ。生きてるうちは、多かれ少なかれ手の足の引っ張り合いでしょう。 その足の引っ張り合いを……、

 もういいですって、お義父さん。 

 ん? 

 もう、いいんです。  

 あれ、バレてたの? 

 ダメですよ、勝手に親父に成りすましちゃ。 

 あ、そう。なに、バレてたの、ハハハハ。 


 その時、静かにぶ厚い扉が閉じました。そして棺は完全に見えなくなりました。これぐらい殺風景な方が本当のお別れらしいと私は思います。 

 だってうちの親父はそんなこと言いませんもん。私の親父の葬式に来ていただいた時、お義父さん、もう少し早く来るべきでした、って項垂れましたよね。だからきっと、お義父さんならうちの親父の事を、もうそんなに悪く言うのはやめなさいな、とそう言うだろうなと思ってました。私は私で、親父は親父、お義父さんはお義父さんって、どこかで分けて考えていたんですね。でも確かに、今こうしてみれば何も変わらない。どこにも境界線なんかない。何もかもがいっしょ……。


 私達は、『時間』という細い綱の上を歩いているうちは、おい!揺らすなよ!絶対、揺らすなよ! ってダチョウ倶楽部みたいに大騒ぎするんです。そしてそれに終始して終わるんです。でもいざ両足が地面に着いてみると、別に何も起きていない事に気付くんですよね。私は今、父と同じ事を考えています。私はずっと一人でした。でもそれは悲劇と言うのではなく、あまりにも暖かく、至極当たり前の事だと言いたい。私は一方的に、父に感謝したいのにできない、甘えたいのに甘えられない、そのジレンマを隠してていたんです。父ちゃん父ちゃん父ちゃん!と、あと100回も1000回も呼んで駆け寄りたかった、でもそれが出来なかった、そんなジレンマを私は今もずっと誤魔化しているのです。 そしてこれからもずっと、生きている限りはずっと誤魔化し続けるのです。しかしこれをこれを簡単に悲劇と言ってしまうと、私の人生はもう悲劇以外のナニモノでもなくなるのです。だから私は決してそうは言いません。私には、誤魔化し続ける崇高なる理由があるのです。

 お義父さんは、もういいんですか? 

 うん、もっと残念かと思ったけど、実際そうでもない。早く死んでも長生きしても、そんなには変わらない。生きていたいのは生きている間だけだって事に気付いたよ。きっと京都のお父さんもそうだよ。だからそんな残念がる事はない。死んだあとも、どんどん考えてあげて、印象を変えていけばいい、そうすればいつか仲直りだって出来る。それが真実だと思うよ。 

 そうですかね。じゃあ私もまだ遅くないですかね? 

 遅いとか早いとかはすべてなくなるからね。本当はもっと広くて緩やかなもんだよ。いいと思う。 


 お骨が、太いですね。 

 葬儀場の人がいいました。義父はがっしりした人だったのでそうでしょう。刷毛を使って、細かな欠片まで集めて骨壺に入れると、少し蓋が締まりづらいほどでした。 

  違うもんだね。 

  ね、違うでしょ? 

  うん……。 

 私の田舎の京都ではお骨をすべて骨壺には入れません。喉仏と、あとは数カ所の決まった部位の骨を入れると、残りは処分してしまいます。 

 これからだね。 

 うん、まだいろいろ、お香典返しとか、三回忌、七回忌とか、まだまだ大変だから。 

 うちは一番近くに住んでいるんだから、お母さんの手伝いをちゃんとして。 

 そりゃ、言われなくったってしますよ。 

 義父のいない宇宙はそれから、あまりにも優しく暖かな慈雨を降らせました。これを優しさと言わずして何というのでしょう。私は普通に戻りました。妻もその様です。 

 今一番正しくお別れが出来たと思い、少し嬉しいぐらいの気持ちです。