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『いきてるきがする。』《第22部・秋》




第107章『黒い花がたくさん咲いている場所へ。』(その1)

 こんなに早く、力尽きるとは……。それはそれは心地よい敗北感というか……。

 なんなんでしょう? これ。

                 *

 大阪・天王寺に聳え立つ『阿倍野ハルカス』にこの度、『ハルカスバンジーVR』というアトラクションが出来たと聞き、早速行ってみました。

 天王寺はいつ以来? ずいぶん昔、まだ息子が小学生ぐらいの時、

京セラドームオリックス・西武戦を見に来た時以来ですね。たぶん。

 あの時もハルカスには行ったんですが一番上までは行かなかった記憶があります。有料だったし……。天王寺動物園に行こうかな、とも思ったけど、それよりも通天閣でビリケンさんに挨拶した方が御利益がありそうな。

 御利益というか、昨日の厄払い……。

 昨日のオリックス戦で西武は逆転負け……。後半の不甲斐ないプレーの連続にただでさえイライラとしているところに、後ろの席の男が私の背凭れに足をかけてグラグラと揺すってくるものだから、「あの、ちょっと、やめてもらえます?」と、それでも飽くまで丁重に言ったつもりでしたが、なんやしらんコイツ。

  「は? なんや?文句あんのか?」とイキリ顔。

 ライオンズのユニフォームを着ている我々家族を関東からのビジターと判断するのはまあ、普通の事でしょう。しかしこの御仁、

 関東の人間は関西弁を聞くと等しくビビる、とでも思いこんでいるのでしょうか。さらにそんなイラつく挑発をしてくるその男の胸には『BUFFALOES』のロゴが。試合も負けてるし普段温厚な私もちょっとイラっとして、

 「言うてもわからんのんかコラ! ほな、どうせいちゅうんじゃ!」

恫喝してやったんです。すると彼は、スーッと席を横移動してちょっと離れた席に座り直したんです。そしてそこでまた、誰も座っていない前の椅子に足をかけてグラグラし始めたんです。ワシは負けてへんで! という空しいアピールに見えてしょうがなかったです。

 まこと大阪というところはいいところで、善良で人懐っこい生粋の大阪人もたくさんいらっしゃるのですが、その孤高の魅力底知れぬパワーゆえ、それに擬態しようとする弱々しい生き物、いわゆる『大阪人モドキ』もたくさんいるので注意が必要です。

 おそらくは『Ⅴシネ』かなんかを見て勝手に抱いた『関西イズム』にすっかり魅了され、自分もいつか関西弁ペラペラになって同窓会の時に、すっかり『カンサイナイズ』されて見違えるほど洒脱立派になった自分を見せつけて、ずっと気になっていたあの子をギャップ萌えさせてみせる!なんて見果てぬ夢を抱えた、他の地方からやってきた己の出自にイマイチ自信の持てない大阪人モドキ。

 でもそれはどこも同じかもしれない。例えば私のような、関東人モドキも……。

                  *

            

 え、ここ、乗るんすか? これ、着けるんすか?と、そんな事があった翌日だけに私は、その揺り返しとして殊更に善良な関東人を演じる関東人モドキでした。係員に言われるがままに台に腹ばいになり、そしてそのゴーグルを着けたのです。すると目の前には大阪を一望する景色が広がり、私はその窓の大きく外側にはみ出した台の上に、腹ばいで寝そべっているのです。

 ここまでは、覚えている……。

 あのさぁ、聞いて。『今の子』『昔の子』も、それ以外の子も。

私の、この記憶は果たして、どこまで、真実か……。

                 *

 係員はその台に私を少しも動けないぐらいキツくぎっちりと縛り付けたのです。アトラクションにしてはちょっと、キツイな、痛いな……。そう思ったのです。

しかし、善良な関東人はそんな事で文句を言ってはいけない。これも所謂、『関西ノリ』の一環であろう、と。ちょっとやり過ぎちゃう? そんなところも確かに、関西のイケイケノリな魅力の一つである。かつて私がまだ関西人だったころの記憶を必死に繋げては思い出しして。でも、ちょっと、キツくないっすかね? とスタッフに言おうとしたその時、

 さ、じゃあ、そろそろ死んでもらいましょうか。

というスタッフのまさかの一言に、私は事態が尋常ではない事に、いまさらながら気が付いたのです。ゴーグルのまま辛うじて振り返ると、隣の台には私と同じに台に縛り付けられた妻と息子の姿があったのです。

 え?何?これ。こういうアトラクション? と息子は何の疑いもない様子で笑っています。妻はやや緊張した面持ちではあるものの、やはり同じように台に縛られたまま特に抵抗はせず、火急の事態にはまるで気づいてない様子なのです。

 オッサン。昨日ワシ、お前にビビって席をずれたと思ってた? アホやの。オッサン……。

 そこにいたスタッフは昨日、京セラドームで私の椅子を後ろから足を掛けてゆっさゆっさと揺すっていたあの男だったのです。

 あのな、オッサン、教えといたるわ。昨日のお前のあの要らん一言で、オッサンとそのしょうもない家族の運命は決まっとったんじゃ。

 私はベルトを外そうと必死に藻掻きましたがまるで緩みもしません。額を台に押し付けて、無理矢理体を起こそうとしたのですがビクともしません。そのうち、私のゴーグルが鼻の先までずれてしまったのです。

 おいおい、オッサン、なにしてくれてんねん! ゴーグル、ズレてしもたやないか。大村崑のつもりか? 小さな巨人です! 言うかボケ!

 そして私の目の前には、絶望的な景色が広がりました。それは私がVRゴーグル越しに見た景色と寸分も違わない世界が、目の前に広がっていたのです。

 そうや、そうやで、それ、VRゴーグルちゃうねん。

             《続く……。》