『いきてるきがする。』《第四部 春》


《第四部 春》

もくじ



第29章

  

 店舗が3つに増えるに従い似たような商品も増えたので、それならばそれぞれが気に入った商品を幾つかずつ選んでディスプレーしようじゃないか、と言いだしたのは昔の子です。 

 棚にはたきを掛けようする私に、ちゃんと毎日掃除してますから、埃なんて溜まってませんよ、と言ったのは今の子です。 

 私が、あぁ、やっと胸が空いた、と言って笑うと、二人は気味悪るそうに私を見ます。 

  何ですか? 何かあったんですか? 

いや、なにもない。普通だ、そのまま、そのままが妙に気持ちいいんだよね。 

 感傷的になっていたこの一か月ほど。私はそれを解消したかったのでしょう。そしておそらく、その心づもりは、いつかの段階でこの二人には話していたのでしょう。 

 人に気を遣われるのは気分がいいモノではありません。同情される事も。でも自分もそうであるように他人もまたそうなのです。私はある人々から見れば間違いなく、可哀想な人なんです。

 本職のドライバーの仕事がどんどん少なくなっていく中、お店にかまけているのもいいけれど、お金のかかる年頃になってきた息子を、どうやって育てていこうかと、そういう事もきっと慢性的な心配事になりすましていたのでしょうね。私は毎日、未来とは関係がない事をやっているのかもしれない。でもそんな事を言ってしまえば、毎日の悩みや考えはほとんどなんの役にも立たなくなってしまいます。日々はただ積み立てられて、生活はそれだけが頼りでしょうか。まるで貯金の様に。なんとも味気ない話です。 お札をきれいに印刷するのはそういうストレスを少しでも解消するためなんでしょうか?

 先日、自宅にあってずっと相性が悪くて使っていなかった赤いギターを一本、バラバラにして捨てました。ギターには複雑なパーツが多いので、捨てるならバラバラにしないと、市の分別のルールに従わないのです。 

 奴は、なんていうか、強情と言うか、自分がこう言ったら曲げない。 

 私はジャズのフレーズに興味があり、でもやりたい音楽はロック。だからやりたいのは、極めたいのはロックギターとジャズギターのちょうど真ん中あたり。いや違う!もっと高みを目指していたかったのですが……。 

 かの赤いギターは、ジャズなんてオッサンのする事だ!と聞かないんです。 

 確かにジャズは、オッサンがでっぷりとして『F』の字の穴が開いた、木目調の丸みを帯びた形のギターを、ニヤニヤとドラムやベースと目配せしながら余裕綽々で弾いている印象が強いです。音も大人しく、まるでやる事がない人間が、やる事がない時に聴く音楽だ、と中学生ぐらいまでは私もそう思ってました。 

 ウェスモンゴメリーが凄い!とか、ジョーパスのコードワークは珠玉だ! なんて言われても、所詮はジャズじゃないか。 

 私はもともと速弾きが、出来ないのではなく嫌いだったので、もっぱらブルースギターばかり弾いていたのですが、エリッククラプトンクリームというバンド時代にブルースギターの速弾きをやっているのを知って慌てました。 

 そして、高校生ぐらいの時、 

ジャンポールブレリーと、リヴィングカラーとスクリーミングヘッドレストーソズに出会い、 

 ジャズが、ロックになってる!! とおそらく今まで生きてきて一番慌てました。 

フュージョンと呼ばれたジャンルはありましたが、あんなモノはどうでもいい。自分のやりたい音楽はあんなモノじゃない。 

 ブルースもロックも細かく刻んでハンバーグの挽肉みたいに丹念にこね合わせて、で?何を作るの? 

と見ていると、全部楕円に丸めて、真ん中にくぼみをつけて……。 

 結局ハンバーグかよ!! もっと、五重塔とか、ゴジラとかを作るんじゃねーのかよ!! 

 どこか違ったんですね。そしてギターを弾いていてもどこかわだかまっていたんですね。ところが、 

 自分がやろうとしていた事がすでに全然新しくなかったなんて、そりゃあもう慌てますよ。どうしよう、どうしよう、全く追いつかない。相手は音楽大学を出ているようなインテリです。 

 要するに、私はすぐに諦める性分だったようですね。 

 それがわかるのは、すぐに大好きになって、気が付けば一生懸命に真似していたからです。そうしたら、それはそれで楽しいなって思って。あぁあ、諦めたな……、って内心は気付いてましたよ。でもそれは人を慕う事には楽しさも伴うのだと、ツンツンに尖っていた私が初めて実感した瞬間だったのかもしれない。 良いような、悪いような……。

 そして私と赤いギターはどんどん険悪になっていきました。細かい事を言えば、ネックの握りとか、ブリッジの仕組みとか、音のうねりとか、どうしても、正解はロックだ! 速弾きだ!と、赤い奴は全く譲らない。 

 神奈川厚木市の楽器店のギター売り場で、そこそこな値段で売ってたんです。外国メーカーで、試奏すると、のびやかなサスティーンが挑発的で、すべての音域がパワフルそのもの、ブリッジとナットで弦がビス止めされていて、どんなに激しくアーミングしてもピッチはビクともしない。そして何よりも、ハムバッカーというピックアップが一つリアにマウントされていて、いかにも融通が利かなそうな身形。 

 暫くはずっと、ライヴごとにそのギターを弾いてました。ぼってりと太いわりに薄いネックは、コードよりもフレーズ引きに向いていて、私はバンドのオーダーにも従わず、ずっとリフばかり弾いてました。メンバーからはうるさい!と注意されましたが、私と赤い奴はお構いなし、コイツの望むのはこういうギターだと、とても分かり易かったんです。本当に楽しかった。 

 最後にネックをのこぎりで切って不透明ゴミ袋に入れて口を結んだ私はまるで殺人犯です。自分が妙に冷静でいる事には、もはや驚きませんでした。 

 店長、このギターはまだ置いときます? 

昔の子が、店にずっと置いてあるクラッシックギターを手に、私に訊いてきました。 

 そうだね、どうしよう、売れたら、売る? 

え?こんなボロボロにギターを? 幾らで売るんです? 

 300万円。 

 あぁ、そこまでやると、ひょっとして売れるかもしれませんね。 

 ハハハ、 

 ハハハ、 

 赤い奴はもう回収されたか?

 みると今の子が、網を持って、36歳の金魚2匹を掬おうと慎重に狙っています。