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『いきてるきがする。』《第23部・冬》




第110章『黒い花がたくさん咲いている場所へ。』(その3)

 楽しかったぁ!と息子は溌剌として言いました。父ちゃん、ビビり過ぎだって、恥ずかしいよ。とも言いました。阿倍野ハルカスの屋上から墜落して、まだそれほど時間は経っていないようです。続いて妻も入ってきました。そして『昔の子』『今の子』『それ以外の子』をみるなり、いつも主人がお世話になっています、とお決まりの挨拶をしました。これは普段から彼女の反射的に発する言葉となっており、いつか会社まで迎えに来てもらった時、たまたまそこにいた取引先のドライバーにも同じ挨拶しました。

  要するに、誰でもいいんです。ただ自分が知らない人と私が一緒にいるととりあえずそう言う事に決めているようです。私も、「取引先のドライバーには特にお世話になってないよ」なんて事、言いません。妻の目にお世話になってる人に見えるならそれでいい。果たして、妻と息子にはこの3つのキャラクターがなにに見えているのか、私にはわかりません。わかりませんがわかる必要もないでしょう。私だって、人間関係なんてその場の状況に応じた思い込みのようなモンですし、状況が変わればもう跡形もなく忘れて、本当にいるのかいないのかも判然としない、たとえ町で出会っても気付く事もない。そんな程度のモノなんですからね。

                   *

 北陸方面の仕事を終え、上越道から関越道に入ると、あぁ、関東に帰ってきたなぁ、と思います。今回は雪もなく、立ち往生にも巻き込まれず帰ってこられたのは幸いでした。めったにない北陸方面の仕事を私が担当することになり、今はその帰りです。頭の中にはまだボンヤリと、阿倍野ハルカスでの出来事が有耶無耶として燻ぶっているような感覚があります。まあいずれただの想像でしょう。でも想像なしには何も判断できない事はもはや常識だと思います。私の未来も過去も、まるで図書館の本の様に時系列に整然と並んでいます。しかし別にその順番でなくても何も困らないし、誰も傷つくこともない。

 矛盾? さて、もし矛盾があるとしたそれは、始めの順番との矛盾の事でしょう。一番に重要なのは、この順番がバラバラになれば同時に、私の時間も空間もバラバラになる、そしてそれが新しい時系列になる、という至極当たり前の事。この話の初めの章で言いましたが、私がここに恥ずかしげもなく堂々と披歴しているそれは、私の日記でもなく創作でもなく、私の宇宙です。誰とも何ともぶつからずに厳然と存在している鉄壁な私の宇宙なのです。バカにしないでください。私にだって、ちゃんと宇宙ぐらいあります。自分の宇宙と自分を分離して考える事は、それ自体が前提としてすでに間違っているというのは、おそらく世界中のどの宗教の誰一人として余さずに納得していただけるこの世の第一条件だと私は信じています。敢えて信じる必要すらないような事だと思っています。そして私は当然のように鼻歌交じりにラジオを聞いて、途中サービスエリアで休憩がてらご当地ソフトクリームカフェラテを買って食べて飲んで、まあ気楽な仕事です。ただ……。

 私にはこの外に喫緊の課題があります。それは、先の章で『今の子』『昔の子』が言った、

『場所ごと時間ごと想像する。そしてそれに目印を作る。』

と いうモノです。あの子ら、凄い事を言いますよね。これは皆さんのよくご存じなところだと、西洋の『天国』、東洋の『極楽』、がそれにあたります。しかしこれらはもうその後の人たちに散々弄ばれこき使われ、触られ削られ、色を塗られ落書きされ、転がされ落とされ、もう原形さえ留めていないように思われるのです。だから新しく、私はその、誰もが知っているのにわからないそれを、彼らとともに名前を付け、保存のための目印をつけなければならないのです。

 もし、私の例えが悪かったせいで誤解されている人がいらしたら、その人のために。

 くれぐれも、宇宙は神様ではありません。だから何の御利益もありません。ただ、気が付いたモノだけのモノです。気が付かないモノに宇宙の方から勝手ににじり寄って来たりはしません。また、

 宇宙? 空? 139億光年の空間?

 いえいえ、そんな狭い解釈では困ります。第一、それじゃあ自分がどこにも入ってないじゃないですか。私はカフェラテを握る右手とハンドルを握る左手に、言いました。

 いいぞ、その調子。その調子ですすめ。空間も時間も、すっかり安心しきってるように見えるぞ。奴らはよく言えば素直、悪く言えば無防備だ。一度も誰とも喧嘩したことがないんだよ。あと2時間もすれば日が暮れる。そうしたらヘッドライトを点けるんだ。バレないように、慎重に……。

               ≪続く……。≫

保護猫『とのま』の一言成長日記2026。1月~2月



1/22(木)

 今朝もとのちゃんはまだ就寝中……。寒いからかな?そろそろミドルエイジだからね。無理しないで、寝たいときは寝といで。今日はまた特別寒くなるみたいだからね。天気はいいみたいだよ。水換えといたよ。起きてきたら、早朝ご飯食べなよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/21(水)

 今朝のとのちゃんはまだ就寝中……。ゆっくりしな。今朝は妙に寒いから。水は換えといたよ。昨日の夜も、父さんの毛布の上で気持ちよさそうに寝てくれてありがとうね。今日は寒いけど天気はいいみたいだよ。なるべく早く帰るよー。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/20(火)

 昨日は妻が心配するほどずっと寝てて、エサも食べてなかった様子。私が帰って来ても、風呂に入っても、お迎えもせずにじっとちゃぶ台の下にいる。どうしたの?と声をかけてもどこか警戒したような顔でこっちを見るだけで、エサが出ても食べない。体調が悪いにかなぁ、と心配していたんですが、いつものお気に入りの毛布を膝に敷いて、おいで、と、言い続けていると、やがて乗って来て、いつものように寝てくれました。要するに、ちょっと、拗ねてた、みたいです。今朝は、ちゃんと起こしてくれて、早朝ご飯も食べました。よかった。とのちゃんにもいろいろあるよね。気を付けるよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/19(月)

 今朝はまだ起きてきません。昨日は午後、ずっと私の膝の上で寝てたので、久々にべったり一日の、一日でした。しかし、私がパソコン作業をやってても、最終的にはパソコンの上に香箱座りで抗議、という強行作戦で突破されてしまいました。朝、こんなに起きてこないのは珍しいね。ゆっくりしてるだけならいいけど……、今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/18(日)

 今朝もちゃんと、と言うか1時間遅れの5時過ぎに、起こしに来てくれました。自分の早朝ご飯はちゃんと食べてその後。昨日は我が家忘年会だったので、とのちゃんは夜お留守番、帰ってきたらちょっと、怒ってたので、新年会ちゅーる、あげちゃいました。あけましておめでとう。今年のとのちゃんの抱負は?可愛く生きる事?いいと思います。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/17(土)

 今朝も順調に起こしに来てくれました。4時ピッタリ。あの数日間は何だったんだろう?今はエアコンの風が落ちる場所にいつもの香箱座りしてます。もうすぐ早朝ご飯の時間だよー。今日はひょっとして、我が家の忘年会で夜、留守番頼むかも。ごめんなー。今日も暖かいみたいだよ。でも暖房つけてくから。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/16(金)

 今朝も順調に起こしに来てくれました。すっかり以前の通り、ちゃんとアラームとほぼ同時に。とのちゃんの体調が回復したのか、私の体調が回復したのか。最近は、快活。取り戻した様子。今年は兄さんの節目の年。いろいろあって、あっという間に終わりそうだけど、とのちゃんはその絶妙なバランス係として重要な役目を担ってますよ。今年も、そして今日も、家族みんなでよろしくね。

1/15(木)

 今朝、三日ぶりに能登ちゃんが起こしに来てくれました。しかも、今までめったにやらなかった、もみもみまで披露してくれました。『鼻フック作戦』と『あごひげ抜き作戦』に続く、『もみもみ作戦』もなかなか効いたよ。今日は午前中は曇り予想。寒くなりそうだよ。とのチャンも防寒しっかりね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/14(水)

なぜだろう……。とのちゃんが起こしてくれなくなりました。今4時半過ぎですが、まだ部屋から出てきません。実際、平日にとのちゃんと会えるのは早朝化、帰ってから寝るまでの数時間。貴重な朝の時間が、なくなった。のか?まあ、寒いから、寝てればいいんだけどね。体調の関係かなと思うと、ちょっと、心配。とにかく、今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/13(火)

なぜか今朝も、とのちゃんは起こしに来てくれませんでした。30分、寝坊。昨日は一人で留守番だったけど、ずっと寝たまま起きてこなかったし。寒かった?ふて寝?体調には気を付けてみるようにしてるけど、ただ眠いだけならいいけど、ご飯一杯食べて、眠い時は寝て、ゆっくりしてくれればいいからね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/12(月)

 今朝はとのちゃんの寝坊。珍しいね。私が起きて、10分ぐらいして、ニャ、ニャ……(すいません、寝坊しました……)、と起きてきました。寒いからね。いいんだよ寝てても。今日は祝日で休みだし。でも今日は父さんも母さんも兄さんも、野球部の新年会で夕方まで留守なんだよ。とのちゃんは今年初の一人お留守番になりそうだよ。頼んだよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/11(日)

 今朝も4時過ぎにアラームなしで起こしに来てくれました。昨日、新しい猫草、あげたのに、もうほぼ完食してました。昨日の夜、ちょっと、戻したね。あれは、古い猫草のせい?こんなペースで食べるなら、さっそく新しい猫草を植えないとね。うちは猫草買ってこないから、オーガニックだから、ちょっと時間がかかるんだよ。風が強そうだよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/10(土)

 今朝はアラームが鳴らない土曜日だから、ちゃんと4時半に起こしに来てくれました。今日から三連休なんだよね。父さんは。兄さんは野球だけど。まあ、ゆっくりします。とのちゃんもゆっくりしてね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/9(金)

 今朝は私がトイレに3時50分ぐらいに起きたのに合わせて、ニャニャ?(え、もう起きるの?)と言いながら起きてくれました。もう起きて4時に私のアラームが鳴るのを待っていた様子。寒い朝です。とのちゃんも、早朝ご飯食べたらすぐに2度寝に行きな。明日からまた3連休だよ。今月もいよいよ中盤だね。今日もこれからもこれまでどおり、これまで以上に、家族みんなで健康健全安心安全でよろしくね~。

1/8(木)

 今朝はアラームピッタリに『胸乗っかり攻撃』で起こしてくれました。また起こしてくれるようになって安心。しかし、朝は寒いね、リビングにいて、寒くないの?猫草今週末の連休辺りには食べられそうです。もうちょっと待っててね。今日は兄さんの病院で仕事は休み、薬を減らすかどうか相談してきます。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/7(水)

 今朝は起こしに来てくれませんでした。アラームが鳴っても知らんぷり。そして私が起きてから、ちょっと眠そうな顔で、ニャ……、(寝坊しました……)と言いながら起きてきました。そんな日もあっていいよ。ちょっと安心した。とのちゃんだって、とのちゃんの都合があっていいんだよ。さあ、水曜日、明日は父さんは兄さんの病院に行くから休み。その方が体も気持ちも楽でよかった。今日も晴れるけど寒いみたいだよ、とのちゃんも暖かく過ごして。そして今日も、家族みんなでよろしくね。

1/6(火)

 今朝も4時15分前に、枕元に待機。アラームと同時に起こしてくれました。完全にアラームの意味を理解している様子。人間猫、とのちゃん。30年生きたら、シッポが分かれて、人間並みの知性を身に着けるらしいよ。でもとのちゃんは、ボブテイルだから、わかりにくいね。それに、30年となると、父さんの方が危ないかも……。今日も天気はいいけど寒そうだよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/5(月)

 今朝は私がトイレに起きたから3時半ぐらいから、枕元で私の手にボディープレスしながら待機してくれたね。暖かかったよ。今は早朝ご飯待ち中。今日から父さんはお仕事開始。天気がいいのが幸いです。今年もいよいよ本格始動ですな。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/4(日)

 今朝もアラームが鳴らない日曜日に4時きっかりに起こしに来てくれました。そうだね。もう三賀日も終わったんだから、普通の日曜日だよね。今日はまた、公園に歩きに行ってくるよ。そうしたらお正月も終わりだね。今年も一緒に楽しく過ごそうね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/3(土)

 昨日は、遊んでて網戸に爪が引っ掛かって取れなくなって、ちょっとパニックになったね。そのあと、ちょっと威嚇されて噛まれた。別にケガするほどじゃないけど、怖かった?慌てたんだね。そのあと、にゃ~(ごめんね~、)と言いながら寝ている布団に乗って着たり、何度も枕元に着たりして、余計可愛かったよ。大丈夫、慌てただけなのはわかってるよ。網戸は時々引っ掛かって取れなくなるから、気を付けようね。今朝はめちゃめちゃ寒いね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/2(金)

 今朝はなぜか3時半。とのちゃんは、なるべく早く起きたいのかな?お正月2日目。今日と明日、箱根駅伝があるから、父さんはとりあえずテレビの前に釘付けです。それが終われば、長かったようで短かったお正月休みも終わりだね。そしてまた、通常運転だね。今日は雪予報が出てるよ。寒いよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

1/1(木)

 あけましておめでとうございますとのちゃん!!2026年の元旦だよ。とのちゃんはもう起きてるね。今朝はまだ4時半なのに、兄さんも、母さんも起きてて、ちょっと変だね。元日ってそういうもんだよ。今日は兄さんが初日の出を拝みに出かけるんだってさ。寒いぞ。自転車で行くって言うから車に気を付けて、まだ暗いからね。今年も一年、家族ともどもよろしくね。

『いきてるきがする。』《第22部・秋》

  1. 第107章『黒い花がたくさん咲いている場所へ。』(その1)
  2. 第108章『黒い花がたくさん咲いている場所へ。』(その2)
  3. 第109章『まずい選択。』

第109章『まずい選択。』

  あなたと離婚する夢を見たよ。

正確には、離婚してしばらくたってからの夢。

 で、どういうわけかその日、私はあなたの部屋に泊まらせてもらう事になっているらしく、部屋に招かれているのですよ。そこは結婚する前にあなたが住んでいたような、1DKぐらいの小さなアパートのように見えました。あなたは、

「大きい布団がないから彼のところで借りてくる。」

と言って出ていきました。

 どうやらあなたにはもう新しいパートナーがいるようです。

 その見知らぬ部屋には、私も見覚えのある、あなたのインド舞踊の衣装などが以前と変わらぬ白い衣装ケースに、これも以前と同じように少しはみ出すように掛かっていて、あぁ、こういうところは変わってないなぁ、なんて、なんだか少しホッとするような思いで眺めていたんですが……、

  しばらくすると、色の浅黒い、ややいかつい男が布団をもって現れて、これ、頼まれたんだけど、どうすんの? と私に訊いたんです。

 あぁ、すみません。とりあえず、そのへんに置いといてもらえますか?と私は言いました。

 あ、そう。と男がやや乱暴に布団を置いた時、これも、あなたの習慣なんだけど……。

 畳んだ布団の上に、あなたはよく自分の服を置いてたじゃない。その服が、バサっと床に落ちたんだよ。それは私も見覚えがある細身のジーンズと、あなたのお気に入りのイギーポップのTシャツでした。男は、

「なんだこれ? あ、アイツの服か……。」と言ってあなたの服を掴んで帰っていきました。

 アイツ、なんだね、今は……、と思いつつ、

 いったい、私はいつ離婚したんだろう……。

どんな理由で離婚したんだろう……。

思い返そうとしたんだけど……。

 ところがなんと、私は何も覚えていないんだよ

信じられる?そればかりか、

 じゃあ息子は? 今どこに住んでる? 幾つになった?

それも思い出せない。

 これ、私の人生にとってかなり大事な出来事なはずだよね。それなのにまるで何一つ思い出せないなんて!

 じゃあ、とのまは? 猫のとのま。とのまは絶対あなたが引き取ってるだろうから、ここで一緒に暮らしているのかもしれない。ひとめ会いたい。明日、私が帰るまでに……。

  でも、帰る、って。 私は一体、どこへ帰るんだろう……。

とのちゃーん!とーのちゃん!と、私は以前呼んでいたのと同じ調子で呼んでみました。

すると襖の間からニャニャ、と、とのまが現れたのですよ。それは昔と変わらない、トラックドライバー時代、毎朝4時に私を起こしてくれた時とまったく同じとのまが。

 とのちゃん!!私は思わず手を伸ばしたよ。

 元気だった?そりゃよかった! また会えたね!よかったね!

 そりゃあ嬉しかったよ~。私は、とのまの頭や体をわしゃわしゃと強く撫でまわしたんです。とのまは少し面を食らったような顔をしましたが、なすがままに撫でられてくれました。

しかしほどなく、

 あ、いや、違うわ……。これ、夢じゃないわ……。 と。

  時計は午前3時のちょっと前ぐらいでしたかね。横を見ると、息子もあなたも、普通にすーすー眠ってて……。

 ドッと疲れました……。

 でね、

 もしもそのタイミングでこの夢が覚めなければ、私はきっとまだその夢の中にいる。

そして少しずつ、自分がなぜ離婚したのか、息子は今どこで何をしてるのか。

翌日、私はここを出て、何処に帰るのか。

何を生業にして暮らしているのか。

自分は今、何歳なのか。

そんな事を徐々に思い出していく事になったでしょうね。

そうして、その世界はどんどんリアルになって、やがて現実へと変わっていたかもしれない。

 そして私はずっと、その世界の中で生き続ける。

 それは、間違いなく私にとって、まずい選択 になったと思うんだよね。

 そして今から始まる今日が、或いはその まずい選択 の一つかもしれないんですよ。

他のどこかで、あぁ、あっち選ばなくてよかった、夢でよかった。覚めてくれてよかった、なんて、

 胸を撫で下ろしている自分がいるのかもしれないんですよ。

 面白いようで、怖い話でした。

《続く……。》

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第108章『黒い花がたくさん咲いている場所へ。』(その2)

 

 それでそれで?と、まるでおとぎ話でも聞くように『昔の子』『今の子』と、それ以外の子も身を乗り出しました。

 いや、まじめに話してるんだよ。まじめに相談してるんだ。

  私は苦笑して、話は続きに戻ります。

                  *

  眼下に広がる大阪の街はまるで剣山のようでした。その鋭くとがって見えるいちいちは、ビル、ビル、ビル……。ただ、阿倍野ハルカスがあまりにも群を抜いて高いので、他のビル達はただの灰色の針のように見えるのです。そして道は、そこに落ちて串刺しになった人々の血を流すための残酷な溝のようでした。遠くには大阪湾が見えます。血はきっとそこへ流れ着くのでしょう。

 しかし実際のそこには人々の平穏な日常があり、生活があり家庭があり秩序があって、そう思えば今度はそのいちいちがサバンナに佇立する白アリの巣のようにも見えてきました。ゾウがぶつかっても壊れないという頑強なアリ塚。これを打ち壊すのはきっと悪魔的な力が必要なんでしょう。そして私は自分がその力を蓄えている、とんでもなく余計な力を蓄えていると感じました。

  もういい……。いいから。キャンセル。このアトラクション、キャンセル……。

 遊びもそれに伴う想像も、キャンセルしたらすべて終わりのはずです。「はじめからちょっと、時制がずれてますよ。」『今の子』が理屈に合った事を言ってくれました。

 そう、そうなんだよ。時制がメチャクチャなんだよ。十年前って言ったり、前日って言ったり。でもそれに気付く事ってある? 私はない。全然ない。一回もない。目の前の君が10年前の君だったとして、私はそれに気付くかな? 自信がないね……。

 これは『昔の子』『今の子』に対しては少し酷な答えだったかもしれません。彼らは持って生まれた時間を突然断ち切られ放り出された後、ずっとこうした時間と時間の間を渡り歩いて過ごしているようなものなんです。時系列な記憶のつながりが懐かしさや愛おしさを構成しているのなら、彼らにはそれがない。彼らはいつでも、思い出したその時が現実で、初めてのように振舞わなければいけない。それを無意識に強いられる事はとても辛い事だと思われるのです。でも勢い余った私はさらに続けてしまいます。

 時間が繰り返したり戻ったり重なったり混ざったりするのは、誰にでも簡単に想像できる当たり前の事なんだけど、まだ科学的に証明できていないから、知ってるのにわからない。そんな状態なんだね。きっとすべての宗教科学も、そのジレンマから生まれたんじゃないかと思うんだよ。知っているのにわからない、というね。だから『永遠』とか『無限』とか、そういう把握しきれない概念を生み出してそのプラットホームに据えようと試みた。それは、生老病死を時系列にしかとらえられなかった我々にとっては画期的な希望と言えるかもしれないし絶望的な悪夢かもしれない。

 君も、君も、そして君らも、おそらくは私も、想像できない事が起きないのはよく知ってるよね。裏を返せば、想像できることはすべて起きるんだよ。我々はそれを、予感、なんて呼ぶ。でもそれは予感なんかじゃない。すべてはすでに知ってる事なんだからただの並び順だ。時系列がきらびやかに見せているだけで、想像なんて想像するほど創造的じゃない。

                  *

 息子の乗った台がまず傾いた。息子の体は加速しながら、するするとレールの上を滑ってそして、阿倍野ハルカスの屋上から外に向かって勢いよく飛び出した。そして何度も、枯葉のようにクルクルと回転し、向きを変え、そのたびに日を受けキラリと光り、やがて点の様になり見えなくなった。私の悲鳴を、アトラクションを待つ人たちが声をそろえて笑う。

 おっちゃん、ビビり過ぎやって!

 続いて妻の乗った台がゆっくりと傾ぎ始める。妻は無表情なまま、息子が落ちた辺りを見つめている。

 今、見ただろ? こんなのはアトラクションじゃない。ただの殺人だ!

しかし妻は、「そんな事、あるわけないでしょ。騒ぎすぎだよ、カッコ悪い……。」そう言い残し、落ちる刹那、ちらりと私を見て息子と同じように落ちていった。

 オッサンは家族の最期をゆっくりと見届けてから、どん尻で、どうぞ。

 係員の男は言った。そして、どう、似合うてる?と言って、T-岡田のユニフォームをバサッと羽織って見せた。

 お前、T-岡田が好きなんか? 

 おお、めっちゃ好きやね!豪快過ぎるでしょ、あのスイング!

 T-岡田は、お前の事、嫌いやってさ。

 なんでオッサンにそんなことがわかんねん!

 誰でもわかるわ! 誰がお前みたいなもん、好くか!

  男は私の台を勢いよく蹴り上げた。すると台は急激に傾き、私は滑り落ちた。

 おお、ゼロ、グラビティー……。時間が弛緩するのがよく分かる。風も悪くない。正直、気持ちよかったですよ。ただやっぱり少し縛り付けがきつ過ぎる気がした。よく考えたら、どうせ落ちるのになんでこんなにしっかりと縛り付ける必要がある?

 保安上の問題?リアルなように見えて、その辺がまだまだ、アトラクションの域を出ないんだなぁ……。残念。

                   *

 みんな、死んだね。そう、もう、みんな死んだ。

だからもういいんだよ……。今日ここにいるのは、偶然でも必然でもない。ただの想像なんだよ。そう言うと、 とうとうみんなは黙ってしまいました……。

『昔の子』『今の子』そして『それ以外の子』。それぞれの想像が呼応しているうちはここが現実、ここが今。でもそれが途切れた瞬間に、私たちはまたバラバラになって、見知らぬ者としてどこか別々の場所と時間にある。その時、見えているモノ、聞こえている音、たとえそれらに何の整合性もなかったとしても、それが、現実。今……。

 どうやったら、抜け出せますか? 誰かが言った。

 どうやったらって、どうやったらいいんだろうね。こんなにたくさん意識があるのに、言葉の壁とか、時間の壁が邪魔して想像が呼応し合えないんだとしたら、そんな事をどう克服すればいいんだろうね。

 やっぱり、生きてちゃ、無理っぽいですね。 まだ誰かが言った。

ん~、無理って言っちゃえば、きっともうそうなっちゃうよね。

 もしわれわれが想像しか出来ないのなら、いっそ場所ごと時間ごと全部、想像すればいいんじゃないの?そして、そこに、いつか集まろうって約束すれば、いいんじゃないの?

『今の子』が言いました。うん、それがいいかもね。出来るならね。

 でも最低でもその場所の目印がいるだろう?

『昔の子』が言いました。 うん、確かにいるよね、それは。

 そこへフラッと、息子と妻が入ってきました。まるで風呂屋の暖簾をくぐるように涼しげな顔で、何話してんの? と言います。

あぁ、そうだ、顔を見たら思い出した。ちょっと話したい事があったんだ。

            《続く……。》

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第107章『黒い花がたくさん咲いている場所へ。』(その1)

 こんなに早く、力尽きるとは……。それはそれは心地よい敗北感というか……。

 なんなんでしょう? これ。

                 *

 大阪・天王寺に聳え立つ『阿倍野ハルカス』にこの度、『ハルカスバンジーVR』というアトラクションが出来たと聞き、早速行ってみました。

 天王寺はいつ以来? ずいぶん昔、まだ息子が小学生ぐらいの時、

京セラドームオリックス・西武戦を見に来て以来ですね。たぶん。

かれこれ、10年近く前です。

 あの時もハルカスには行ったんですが一番上までは行かなかった記憶があります。有料だったし……。天王寺動物園に行こうかな、とも思ったんですけど、それよりも通天閣でビリケンさんに挨拶した方が御利益がありそうな。

 御利益というか、厄払い……。

 昨日のオリックス戦で西武は逆転負け……。後半の不甲斐ないプレーの連続で、私はあの時、確かにイライラとしていたのです。それなのにあろうことか、後ろの席の男が私の椅子の背凭れに足をかけてグラグラと揺すってくるのです。

「あの、ちょっと、やめてもらえます?」と私は丁重にお願いしたつもりでしたが、なんやしらんコイツ。

  「は?なんや?おまえ、文句あんのか?」とイキリ顔。

 ライオンズのユニフォームを着ている我々家族を関東からのビジターと思うのはまあ、普通の判断でしょう。しかしこの御仁、

 関東の人間は関西弁を聞くと等しくビビる、とでも思いこんでいるのでしょうか。わかりませんが、ただ彼にとってはアンラッキーな事は、私は元・関西人。生まれた時から高校を卒業するまでみっちり関西で過ごした私が関西弁になどビビるはずもありません。そればかりかこの御仁、地付きの関西人には簡単にわかる、例えるならアニメのキャラクターがしゃべるような監修済みの関西弁で捲し立ててくるものだからちょっと堪りません。試合も負けてるし普段は温厚な私もこの時ばかりはちょっと上限以上にイラっとしてしまって、

 「言うてもわからんのんかコラ! ほな、どうせいちゅうんじゃい!」

恫喝してしまったんです。すると彼は、スーッと席を横移動してちょっと離れた席に座り直したんです。そしてそこでまた、誰も座っていない前の椅子に足をかけてグラグラし始めたんです。ワシは別に負けてへんで! という空しいアピールに見えてしょうがなかったですよ。

 まこと大阪というところは素敵ところで、善良で人懐っこい生粋の大阪人もたくさんいらっしゃるのですが、その孤高の魅力底知れぬパワーゆえ、それに擬態しようとする弱々しい生き物、いわゆる『大阪人モドキ』もたくさんいるので注意が必要です。

 おそらくは『Ⅴシネ』かなんかを見て勝手に抱いた『関西イズム』にすっかり魅了され、自分もいつか関西弁ペラペラになって同窓会の時に、すっかり『カンサイナイズ』されて見違えるほど洒脱ワイルドになった自分を見せつけて、ずっと気になっていたあの子をギャップ萌えさせてみせる!なんて見果てぬ夢を抱えた、他の地方からやってきた己の出自にイマイチ自信の持てない大阪人モドキなのでしょう。

 でもそれはどこも同じかもしれない。例えば私のような、関東人モドキも……。

                  *

            

 え、ここ、乗るんすか? これ、着けるんすか?と、そんな事があった翌日だけに私は、その揺り返しとして殊更に善良な関東人を演じる関東人モドキでした。係員に言われるがままに台に腹ばいになり、そしてVRゴーグルを着けたのです。すると目の前には大阪を一望する景色が広がり、私は窓を大きく外側にはみ出した台の上に、腹ばいで寝そべっているのです。

 ここまでは、覚えている……。

 あのさぁ、聞いて。『今の子』『昔の子』も、それ以外の子も。

私の、この記憶は果たして、どこまで、真実か……。

                 *

 係員はその台に私を少しも動けないぐらいキツくぎっちりと縛り付けたのです。VRアトラクションにしてはちょっと、キツイな、痛いな……。そう思ったのです。

しかし、善良な関東人はそんな事で文句を言ってはいけない。これも所謂、『関西ノリ』の一環であろうと。ちょっとやり過ぎちゃう? そんなところも確かに、関西のイケイケノリな魅力の一つである。私は私がまだ関西人だったころの記憶を必死に繋げては思い出しして、それでもやっぱり、ちょっと、キツくないっすかね? とスタッフに言おうとしたその時、

 さ、ほな、そろそろ死んでもらいまひょか。

というスタッフのまさかの一言に、私は事態が尋常ではない事を、その時気が付いたのです。辛うじて首を振り返ると、隣の台には私と同じ様に台に縛り付けられた妻と息子の姿があったのです。

 え?何?これ。こういうアトラクション? と息子は何の疑いもない様子で笑っています。妻はやや緊張した面持ちではあるものの、やはり同じように台に縛られたまま特に抵抗する様子もありません。火急の事態にはまるで気づいてない様子なのです。

 オッサン。昨日ワシ、お前にビビって席をずれたと思ってた? アホやの。オッサン……。

 そこにいた係員は昨日、京セラドームで私の椅子を後ろから足を掛けてゆっさゆっさと揺すっていたあの男だったのです。

 あのな、オッサン、教えといたるわ。昨日のお前のあの要らん一言で、オッサンとそのしょうもない家族の運命は決まっとったんじゃい!

 私はベルトを外そうと必死に藻掻きましたがまるで緩みもしません。額を台に押し付けて、無理矢理体を起こそうとしたのですがビクともしません。そのうち、私のゴーグルが鼻の先までずれてしまったのです。

 おいおい、オッサン、なにしてくれてんねん! ゴーグル、ズレてしもたやないか。大村崑か? 小さな巨人です! 言うかボケ!

 そして私の目の前には、絶望的な景色が広がりました。それは私がVRゴーグル越しに見た景色と寸分も違わない世界だったのです。

 そうや、そうやで、それ、VRゴーグルちゃうねん。

             《続く……。》

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保護猫『とのま』の一言成長日記2025。11月~12月



12/31(水)

 いよいよ大晦日です。とのちゃんはいつも通り、私のアラームが鳴ったのを確認するとリヴィングから起こしに来てくれました。4時ちょうど。寝る時は確か、お母さんの布団にいたはず。いつ、リヴィングに移動するの?寒くない?今は早朝ご飯待ち中。トイレ掃除しといたよ。今日で今年も終わり、来年も、再来年も、家族が全員健康健全でありますように。そして今日も、家族みんなでよろしくね。

12/30(火)

 おーいとのちゃん、今朝は3時だよ~。なんでそんなに早く起こしに来たの~。もう仕方がないから、起きたよ。まあ、早起きは三文の徳、と言うからね。いいんだけど、とのちゃんは一晩中、リビングの座椅子にいるの?寒くない?お母さんの布団の方が暖かいよ。たぶん。もう晦日だね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/29(月)

 今朝はなぜか3時に枕元に現れて、じっと佇んでました。そして3時半ごろ、ふと目が合ったとき、ニャ?(起きたね?)とひと鳴きして、鼻フック攻撃が始まりました。ちょっと、早いけど、いいか……。今年もあと3日だね。とりあえず今日も、家族みんなでよろしくね。お母さんが、髪ゴムがなくなったって言ってたけど、とのちゃん、知らない?

12/28(日)

 今朝も、5時に起こしに来てくれました。それは、正月休みに突入したから、1時間だけ、長く寝かせといてやろう、と言う、親御ごろ、鳴らぬ、猫心??ありがと、いつも優しいねとのちゃんは。そろそろ、お正月が加速して近づいてくるから、とのちゃんも準備万端で都市神様を迎えようね。とりあえず今日も、家族みんなでよろしくね。

12/27(土)

 今朝も、いつも通りにアラームの鳴らない土曜日4時半に起こしに来てくれました。よかった、あの2日間はなんだったの?とのちゃんにしかわからない理由だね。昨日父さんは仕事納めだったよ。一年間、とのちゃんとの楽しい時間が過ごせたことを幸せに思うよ。来年も、再来年も、もっともっと先まで、楽しく一緒に凄そうね。とりあえず今日、家族ともどもよろしくね。

12/26(金)

 今朝もアラームと同時にリビングから起こしに来てくれました。以前と同じになりました。でも、朝、リビング寒くない? 一人で、座椅子に座ってるの?昨日は、クリスマスチュール上げ忘れたから、今日、一日遅れで上げるよ。そうしたらもう正月だね。今年も無事に暮れますように、そして今日も、家族みんなでよろしくね。

12/25(木)

 今朝は2日ぶりに起こしに来てくれました。3時過ぎから、枕元に待機、4時のアラームと同時に、でこフック攻撃で、よかった。もう起こしに来てくれないのかと思ったよ。今日も曇り予報だよ。寒いから、暖かくして過ごすんだよ。今日はクリスマスだよ。とのちゃんにもクリスマスチュールあげるからね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/24(水)

 昨日、今日と、とのちゃんは起こしに来てくれません。どういう心境の変化なのだろう。本人はちゃんと起きてるんですよ。でも起こしてくれない。で、私が起きると、ニャ?(起きた?)と近づいてきて、すりすりする。なんだろう。私の体調が、かなり悪いという事だろうか。血圧がちょっと気になるけど。またとのちゃんに、気兼ねなく起こし手に来てもらえるように、頑張るともなく、頑張るよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/23(火)

 今朝も、アラームが鳴っても起こしに来てくれませんでした。なぜだろう?そして今朝も、私が3時にトイレに起きると、一人でリビングの座椅子にいて、ニャ?(起きるの?)と鳴いてくれました。気を使ってくれるのもありがたいけど、やっぱり、父さん的には、とのちゃんに起こしに来て欲しいんだよね。調子が狂っちゃうよ。とのちゃんの調子が悪いのでなければいいけど。もう今年も終わるね、とのちゃんにも何かおせち、用意するからね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/22(月)

 最近はとのちゃんは、早朝、お母さんのところではなく、リビングの座椅子で、待機してる様子。今朝も、私が3時にトイレに起きると、とのちゃんは座椅子で、ニャ?(起きた?)と一人で起きてた。寒いからお母さんのところにいた方がいいんじゃない?今日も風が強いよ。でもいよいよ、今年もあと1週間だね。ちょっと早いけど、一年、とのちゃんと一緒にいて楽しかった。来年も、再来年も、その次もずっと、家族みんなでよろしくね。

12/21(日)

今朝も、私がトイレに起きた1時半ごろにはもう一人でリビングの座椅子にいて、起きてました。起きてるの?と訊くと、ニャ、(うん、起きてるの)と答えてくれました。それから4時ぐらいに私の枕もとに移動。しばらくじっとして4時半になると、鼻フックで起こしてくれました。今は4時45分の早朝ご飯中。規則正しい生活を毎日ありがとうね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/20(土)

今朝は4時半に、起こしてくれましたね。やっぱり、これはほぼ間違いなく、アラームの鳴らない週末は4時半、と言う、とのちゃん、ひょっとして、曜日感覚、本当に、あるの??今日は、一人旅に出かける予定をしていましたが、腰の調子が思わしくないので、延期、します。ちょっと、ゆっくりすることにするよ。とのちゃんと一緒に過ごすよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/19(金)

 今朝は4時ピッタリに起こしに来てくれました。枕元で、ニャ、と、ひと鳴きして、鼻フック、ようやく以前のパターンに戻りました。今年ももう10日。早かったね。明日、父ちゃんは一人旅に出る予定だよ。天気が良ければ、ね。今日は良さそうだよ。寒いけど。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/18(木)

 今朝はなぜか3時前に、朝だよ!と起こしに来てくれました。なんで??時間、間違えた。そうじゃないらしく、それからも私が寝返りを打つたび、起きた!?って、飛んできてしばらく鼻をカリカリ、痛い痛い痛い! と言うと不承不承、枕元に待機、で、ようやく4時になると、今度は起きるよね!?とまた鼻フック。そんなにお腹が空いてた??もうすぐ早朝ご飯だよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/17(水)

最近はだいたい3時過ぎぐらいに一回トイレに目を覚まします。とのちゃんはその様子を見ていて、あ、起きた?と判断するらしく、今朝はそのあとずっと私の、胸の上で待機。あのね、とのちゃん、あなた、重いから。寝られない。と言いつつも暖かいので寝てしまいます。今日も寒いけど天気は上々の様子。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/16(火)

今朝も私がちょっとだけ、起きた3時半にはもう起きて私の様子をうかがっていたらしく、すぐに飛んで着て、ニャ、ニャ、(起きた?今、起きたよね?)と、起こしに来てくれました。基本、朝は空腹なようで、もう6歳なのに、若くてよろしい。今日も一日家族みんなでよろしくね。

 

12/15(月)

 今朝は、昨日の朝からやや体調が悪かった私の事を考えてか枕元には来るけどじっと香箱座りをして看病してくれました。優しいね、とのちゃんは、いつでも。今は早朝ご飯待ち中。新しい一週間が始まったよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/14(日)

 今朝も、30分早く起こしに来てくれました。しょうがないから、30分早く起きました。3時半。でもまあ、早起きは3文の得、と言いますからね。何かいいことあるでしょう。昨日の午後は、2時間ぐらい、ずーっと父さんのお腹の上で爆睡してたから、睡眠時間はたっぷりとったね。父さんはちょっと、腰痛……。今日は母さんが静岡に出かけるから、父さんと二人で留守番だね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/13(土)

 今朝、と言うか、昨日の夜、11時半ぐらいに、一回起こしに来たのは、なぜ??それも結構激しく。なんか、要求があった?で、今起きてみたら、トイレが掃除してなかったね。この事?ごめんね。確認せずに寝ちゃったよ。もう片付けたからね。今日も寒いみたいだよ。ベランダはなしだね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/12(金)

 今朝はなぜかアラームが鳴っても起こしに来てくれませんでした。その代わりというか、夜寝る時はずっとそばにいて、朝の起こすと気みたいな、ニャニャ、と泣きながら上に乗ってきたり、とのちゃん、今から寝るからさ……と言いながら寝ました。なぜ??何か、いつもと違う体調を嗅ぎ取った? 怖いね、ドクターとのちゃんの診断、けっこう当たってること多いから。父さんの体調はまあまあ、戻ったよ。大丈夫。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/11(木)

今朝も、とのちゃんは4時のアラームピッタリに起こしに来てくれました。最近は兄さんが2時近くまでリビングで勉強してるから、とのちゃんがリビングに出ていくのはそのあととして、3時ぐらいには起きてリビングで待機してるの?寒くない?今はファンヒーターついてるけど、誰もいないリヴィングは寒いでしょ?風邪ひかないように。そして今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/10(水)

今朝も、3時45分に一回起こしに来てくれて、あ、なんか、だるそうにしてる……と判断したのかすぐに撤退。そして4時にまた起こしに来てくれたけど、鼻フックもなく、そばにいるという、私の体調が悪いと判断した時の起こし方だったね。大丈夫だよ。ありがとうね。でも、念のために、休もうかな。今日も天気がよさそうだよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/9(火)

今朝、2時半ごろ起きたら、とのちゃんはもう、リヴィングの座椅子のところにいました。小声で、ニャ、と、もう起きるの?と言う意味でしょ?もうわかるようになってきた。まだ起きないよ、4時になったら起こしてね。と念じて布団に戻ると、ちゃんと4時10分前に起こしに来てくれたね。助かるよ、今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/8(月)

 今朝は、ちゃんと起こしに来てくれましたよ。きっと何かの基準があるんだね。とのちゃんなりの。昨日の夜は添い寝もしてくれました。体調、悪いのかな。とのちゃんの感覚の方が正しいと思うから、ちょっとだけ、気を付けてみるよ。また新しい一週間が始まったね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/7(日)

 なぜか今朝も起こしに来てくれませんでした。リヴィングで、私が自発的に起きてくるのを待っていた様子。私の携帯を見る音を察知すると、入って来て、ニャニャ?(おきた?)と一言。いつまでも子供みたいにい越してもらうんじゃなくて自発的に起きる練習をしなさい。という事か。わかりました。今日はおばあちゃんのところに灯油を買いに出かけるから、兄さんとお留守番だね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/6(土)

 今朝は珍しく、起こしてくれませんでした。その代わり、2時ぐらいからずっと私の布団の上で待機してくれました。ほの暖かいとのちゃんの熱でつい寝坊してしまったにも拘らず、じっとして起こしてくれません。きっと、休みの日だからゆっくりさせてくれたんだと思います。いろいろ、気を使ってくれてありがとうね。今日は久々に誰も出かける用事はないよ。兄さんもいるよ。みんなで留守番だよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/5(金)

 今朝は、妙な夢の途中で起こしてくれて、ありがとう。とのちゃんの夢でもあったんだよ。でもよかった。帰って来られて。やっと金曜日だね。天気も上々。今週末からは兄さんの試合はないから、ずっと一緒に留守番だよ。もうすぐお正月だね。その前にクリスマスだね。楽しい12月にしようね。とりあえず、今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/4(木)

 今朝もアラーム通り。なんだかそんな、寒くない朝です。とのちゃんも珍しく、エアコンの温風が当たる場所じゃないところで、早朝ご飯スタンバイ中。でも外は寒いんだろうなぁ。あと3週間でクリスマスか……。それまでにいろいろやらなきゃね。とのちゃんもいろいろ手伝ってね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/3(水)

 今朝は私の方がちょっと、数秒、早起きでした。別に競争するわけじゃないけどね。最近、4時よりちょっと早く起こしに来てくれることが多かったからさ。とのちゃんだって眠い日はあるでしょう。そういう日は、昼間、たっぷり寝ておいてね。ネコなんだから。今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/2(火)

 今朝も、10分程早く起こしに来てくれました。最近、ちょっとフライングが多いのは、早朝、小腹がすくから?それから私の布団の上で待機。4時になったらスカ刺す鼻フック攻撃でした。わかった、わかった、すぐ起きますよ。今は、早朝ご飯を待ち中。思えば、私を起こしても、早朝ご飯はフィーディングマシーンから決まった時間に出てくるから関係ないんだよね。じゃあやっぱり、父さんを遅刻しないように、わざわざ起こしてくれてんのかな?ありがとうね、ありがたい。そして今日も一日家族みんなでよろしくね。

12/1(月)

 今朝は、一回3時20分に起こしに切れくれましたが、やや早い!と言う判定から、布団をかぶって抗議すると、私の布団の上で30分待機。アラームと同時にまた起こしに来てくれました。お腹が空いてたのかな。一昨日・昨日とお留守番、ありがとうね。兄さんは、きのうのしあいでは、1勝1敗。まあ連敗は脱出したので今年を締めくくる試合としてはよかったでしょう。今日から12月、まだまだ寒くなるけど、とのちゃんもしっかり冬気に換毛して、暖かく過ごそうね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/30(日)

 今朝は4時ピッタリに起こしに来てくれました。久々のブラッシング要請にこたえてブラッシング。小さく喉をゴロゴロ言わしてました。とのちゃんのゴロゴロは小さくて聞こえないんだよね。朝の静かな時間とか、体に耳をぴったり付けないと。でもゴロゴロはゴロゴロだよね。気持ちいいかい?今日も兄さんの試合を見に、とのちゃんには夕方まで留守番を頼むことになりそうだよ。ごめんな、なるべく早く帰るよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/29(土)

 今朝は4時20分に起こしに来てくれました。お母さんのアラームで起きた様子。久々のお母さんがいるので、ちょっと安心して寝てしまったのかな。今日は兄さんの練習試合。またお留守番させてしまうけど、今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/28(金)

 今朝もとのちゃんはアラーム同時に起こしてくれました。でもやっぱり、母さんがいないというのが違和感、らしく、ずっと、探して泣いてます……。今日、帰ってくるからね。私は朝から家事、ゴミ出し、風呂掃除、息子のごはん、朝5時前に風呂を洗うのもなかなか、異空間でいいもんです。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/27(木)

 お母さんが旅行でいないので、とのちゃんはどこで寝るのかなぁ、と思ってたら、いろいろ迷った挙句、父さんの布団の上で寝てたね、だから今日は起きるのは同時。お母さんがいないから、ちょっと調子が狂っちゃうね。寂しいね。昨日返った時もかなり寂しかった様子だったもんね。お母さんは明日の夜帰ってくるよ。お母さんがいないと大変だね。もうちょっと、今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/26(水)

 今朝も8分前、3時53分に起こしに来てくれました。起こしに来てくれたというか、私が目が覚めて、時計を確かめた時が3時53分で、その音を聞いて、起こしに来てくれた様子。毎朝、お腹ぺっこぺこのようだ。今日から3日間、お母さんが旅行に行くからいないよ。どこで寝る?母さんの布団は敷いておくけど、一人だと寒いかもよ。父さんの布団に来る?今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/25(火)

 今朝も、アラームの5分前に起こしに来てくれました。今日は、平日だから、本当の意味でも、助かるよ。この臭が終われば、もう師走、12月だね。とのちゃんの12月の楽しみってナニ?何か、作ろうね。今日も天気はまあまあな予報、でも寒いから、とのちゃんはしっかり食べて、しっかり寝て、今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/24(月)

今日は月曜日だけど休日、勤労感謝の日の振替休日です。今日も兄さんの試合の観戦に出かけるよ。とのちゃん、今日は留守番だね。兄さんのデッドボールの影響もなくなり、今日は気を付けて欲しいものです。チームも連敗中……。この長いトンネルを抜け出すのは、今日だ!とのちゃんも応援してね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/23(日)

 今朝も、アラームなしで4時きっかりに起こしてくれました。やっぱりね、休みの日だからと言って寝坊するのが、必ずしも得策とは言えませんからね。いつも通りの時間に起きて、さして予定もないという、長い解放感。これをくれてるのは、毎日、とのちゃんです。昨日はお留守番、ご苦労様。兄さんの様子は、大丈夫だよ。怖いね、頭にデッドボールって。だから今日は兄さんも家族全員、お休み。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/22(土)

 今朝はとのちゃんもちょっと寝坊、私もだいぶ寝坊。と言っても1時間ぐらい。それはきっと、土曜日だから。とのちゃんには曜日感覚があるようです。今日も午後、兄さんの野球の試合を見に行くから、午後、留守番お願いね。暖かい一日みたいだよ。ちょっと、ベランダ、開けてく?今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/21(金)

 今朝もアラームと同時に起こしに来てくれました。ひょっとしてとのちゃんは、冬のブラッシング、あんまり好きじゃない??夏の間の方が、ブラッシングして、って近づいてきて、足元にコロって、寝てたのに、冬近くなるとやらなくなったね。もう、換毛、完了?まだまだ、寒くなるからね。とのちゃんも暖かくして。そして今日も、家族みんなでよろしくね。 

11/20(木)

 今朝も、アラームと同時、の、実は30分前ぐらいに一回、いきなり胸に乗っかって来て、目を覚まさせられました。あれは、ナニ? そんなにお腹空いた??今は、早朝ご飯待ち中。最近、朝はファンヒーターを付けているので、そのそばに来れば暖かいのに、今まで通りリヴィングの絨毯の上で待機してます。一度決めたルールはなかなか覆せない。令和生まれなのに、昭和気質な、和猫。とのちゃん。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/19(水)

 今朝はアラームの方が先、すぐに起こしに来てくれたけど。やっぱり、昨日の番は寒かった?今日も寒いみたいだよ。猫草、そろそろ植え替えないとだね。冬場はなかなか伸びないから、今週末に植え替えるよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/18(火)

 今朝もアラームと同時。今朝、2時半ごろトイレに起きた時はお母さんの布団の上で寝てたね。あの時間はまだ寝てるんだね。じゃあ、やっぱり、わざわざ父さんに合わせて起きてくれてるんだね。今朝は足元にぴったりくっついてきた。そういう気分だった?ずっと好きだったんだぜ」。相変わらずかわいいな~、と斉藤和義ばりに思いましたとさ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/17(月)

 今朝は、3時半に一回起こしに来てくれました。ん~、まだちょっと早いよ。というと、またリヴィングに待機。そして今度は4時5分前に来てくれました。触ると耳が冷たくて、寒い中、待っててくれたのか、と思うと、起きずにはいられませんでした。ファンヒーターを出したので、さっそくつけてみました。とのちゃんはファンヒーターの前で佇んでます。今日は、早朝ベランダはなしだね。さあ、新しい一週間が始まりましたよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/16(日)

 今朝も、4時28分に起こしてくれました。週末は4時半ルール、きっちり守ってくれてます。今、ベランダに出て朝の空気を満喫中。今朝はなぜか足元にじっと佇んでました。鳴くでもなく、すりすりするでもなく、ただじっと。この事の意思疎通は可能だな、と思いました。こんなにいろいろ、態度で示してくれているんだから。じっくり観察してさらに深読みできるようになります。日曜日です。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/15(土)

 今朝もアラームが鳴らない中、4時22分に起こしてくれました。大体、休みの日は4時半に起きる、という、誰にも話したことがない、私の中だけの不文律を、とのちゃんはその観察データから割り出して、起こしてくれたに違いない。プロフェッサー・キャット!今日は兄さんの野球の試合を見に行くので、午前中だけ、お留守番お願いね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/14(金)

 今朝もアラーム5分前に起こしに来てくれました。しかし、ホント、体内時計正確だね。で、ヨチヨチ、と頭を触ると、耳が冷たいんです。そうか、朝、寒くなったもんね。それでもちゃんとルーチン通りに起こしに来てくれるなんて、ありがたいよ。ありがとうね。その調子で、息子も起こしてもらいたいんだけど、アイツは寝相が悪いから迂闊に近づくのは危険です。もう体もデカいしね。やっと週末だよ、一週間ご苦労様でした。そして今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/13(木)

 今朝も3時55分に起こしに来てくれました。寒い朝なので、布団に入れてやろうと思って掛け布団をかぶせようとすると、さっと逃げていきました。一回起きると私が起きるまで寝ないつもりなんでしょうね。職務意識が高い!今は早朝ご飯待ち中。今日はスッキリ晴れないらしい。とのちゃんも寒いから、風邪などひかぬように。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/12(水)

 今朝も、一回3時半にプチ、起こしに来てくれて、そのあとはアラームと同時。とのちゃんは、夜は妻と一緒に10時ぐらいいねてるらしい。という事は、3時ぐらいに起きてるとしたら、5時間睡眠か……。ネコにしてはショートスリーパーかもね。でも昼間寝てるから大丈夫か。今日も起こしてくれてありがとうね。では今日も、一日家族みんなでよろしくね。

11/11(火)

 今朝も4時十分前に起こしに来てくれました。最近は、起こすよーという意味か、まず壁や畳をガリガリやって、気を引いてから、それでも起きないと、起こしてくれます。鼻フックで、とのちゃんは毎朝、何時に起きてるんだろう?今朝、2時ぐらいにトイレに起きた時は、妻の布団の上で寝てました。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/10(月)

 今朝も4時2分前、に起こしに来てくれました。あまり寒くないです。とのちゃんは早朝ご飯待ち。さっき、朝パンを買いに行ったら、近所の猫とばったり遭遇したよ。こないだ来てくれた子かな?昨日も何度も庭やガレージを観察したけど、来てくれなかったね。時間帯があるのかも。また新し1週間が始まったよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/9(日)

 今朝も4時ピッタリに起こしに来てくれました。今日は兄さんの練習試合が午前・午後2試合ある予定なんですが、天気が……、雨が、シトシト降ってます。どうなるか。もしあれば、とのちゃんは今日もお留守番。よろしくね。悪いね。お留守番チュール、あげるからね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/8(土)

 今朝も4時に起こしに来てくれましたが、私がモタモタしてるのを見て、あ、まだ起きない、と察したようで、いったしばらくして、もうさすがに起きるでしょ土曜日とはいえ。と言った感じに起こしに来てくれました。4時半でした。でも本当は、新しい水が飲みたかったらしく、替えて、と訴えてきました。そういう細かい要求も、さすがに6年も一緒にいるとわかるようになるもんだね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/7(金)

 今朝は3時半に一回起こしに来ました。さすがに30分早いよとのちゃん、というとそのまま退散、何処にいたのか、今度はちゃんと4時、アラームを確認してまた起こしに来てくれました。ここ3日、禁酒してるので目覚めは依然と比べていい気がします。とのちゃんが毎朝、口の匂いを嗅ぎに来てたのも、しなくなりました。とのちゃんは酒の匂いチェック、してたのかな、ありがとうね、苦労掛けるね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/6(木)

今朝は5分前に、体を飛び越えて起こしに来てくれました。いろいろ考えてる様子。わざと、踏んづけてくる作戦。7kgあるからね、けっこう、効く。今は早朝ご飯待ち。昨日の夜も、すごくエサを欲しがってたけど、猫にも食欲の秋、ってあるのかね? でも7kgだからね、太ってはないように感じるけど、決して細くはない。だから、もうちょっと、我慢して。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/5(水)

今朝も、4時20分ぐらい前に来て、枕元でスタンバイ。アラームと同時に起こしてくれました。昨日から、酒、しばらくやめる事にした。体調、やや悪し。季節の変わり目もあって、用心しないと。とのちゃんは元気。でもこの子は体調の悪い父さんに気付いてる様子で、いつもの朝とは違う様子。すぐにえさも食べにいかないし、足元にずっとすりすりしてくるし、私が朝食を用意している深紅の題には載ってくるし。心配してくれてるんだね。ありがとうね。優しいね、今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/4(火)

とのちゃんはまた、アラームの10分ぐらい前に起きてきて枕元に待機。アラームと同時に胸乗っかり攻撃で、久々に、がっつり、起こしてくれました。ちょっと、寒いかな。早朝、プレプチごはんを食べて、もうちょっとしたら、早朝本ご飯が出るよ。また一週間が始まったよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/3(月)

 今朝も、アラームの鳴る3分前に起こしに来てくれました。そうか、今日は月曜日だから、アラーム、鳴るんだ。でも祝日でお休み。今日は兄さんの試合を見に、川越に赴きます。とのちゃん、今日は悪いけど、一日一人でお留守番になりそうだよ。ごめんな、帰ってきたらお留守番ちゅーるあげるからね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

11/2(日)

今朝は、3時半に起きました。とのちゃんが起こしに来てくれたので、あ、今日は日曜日だから、アラーム鳴らないんだった。とのちゃんが来てくれたって事は、4時ちょうどかな、と思って起きたら、3時半でした。ちょっと、トラップに掛かってしまった。まあ、いいけどね。とのちゃんも、父さんを起こしといて、メチャ眠そうに欠伸してます。そんなに早朝ご飯が待ち遠しい?いい事だけどね、食欲の秋だし。今日は兄さんの試合を見に出かけます。とのちゃんは午前は一人留守番になりそう。よろしくね、そして今日も、家族みんなでよろしくね。

11/1(土)

 今朝は3時半ぐらいに、私がトイレに行ったのを見て、え?もう起きるの?って感じに近づいては来ましたが、ううん、まだ起きない。というと、ちょっと離れて待機してました。そして4時になるとまたやって来て、もう起きるよね?と、軽く鼻フック。わかったよ、起きるよ。と、起きました。雨が降ってたみたいだけど、いつもよりも暖かい朝だね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

保護猫『とのま』の一言成長日記2025。9月~10月



10/31(金)

今朝は、2時ごろ起きてトイレに行ったとき、とのちゃんはすでに母さんの布団の上で起きてました。でもさすがに早すぎると判断したようで、その時は起こしに来ませんでした。そしてアラームが鳴ると、ちゃんと起こしに来てくれました。やっぱり、時間の概念が、ある。というか、父さんよりはっきり、ある。今日も助かったよ。ありがとうね。そして今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/30(木)

今朝も、アラームと同時にやって来てくれました。どうやらもうリヴィングにいたようで、テーブルから飛び降りる音も聞こえました。テーブルの上で待機してるのか。でももう、朝晩は寒いから、もっと暖かいところで待機してくれた方が安心だな。今日も一日、家族みんなでよろしくね。

10/29(水)

今朝も、私がトイレに起きたのと同時に起こしに来てくれました。でも、アラームが鳴るまでは、飽くまで枕元待機。すっかりそのルールが遂行されている事には驚きです。ネコは賢くて規則正しい生き物です。今日も天気は良さそうだよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/28(火)

 今朝も、アラームと同時に起こしに来てくれました。今日は天気、そんなに悪くなさそうだよ。この時間、まだスッキリ夜明けではなくなったけど、ベランダ、出る?あ、エサが少ない。補充します。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/27(月)

今朝もアラームと同時に起こしに来てくれました。ここ3日ほど、ブラッシングしてないけど、大丈夫?して欲しい時は足元に来てじっと、香箱座りするもんだと思ってるから、最近寒いから、早く布団に入りたい?座布団の上に座りたい?今朝はウンチはしてなかったね。もうすぐ早朝ご飯の時間だよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/26(日)

 寒い朝です。室内着も、ようやく長ズボンジャージになりました。とのちゃんも定刻に起こしに来てはくれましたが、すぐにいなくなって、どうやらお母さんの布団の近くに批難していた模様。今は、早朝ご飯も終わり、水を飲んで一息。今日の兄さんの試合は、なさそうだね。寒いうえに、雨が降ってます。でも練習はありそうなので、寒いし、雨だし、ケガ、風邪十分気を付けて練習するように。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/25(土)

 今朝も時間ピッタリ。寒くなったのに偉いね。アラームならないのに凄いね。ベランダに出たがってるけど、たぶん10秒で戻ってくるよ。メチャ、寒いから。今日はどこにも出かける予定はないから、一緒に留守番だね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/24(金)

今朝は私の様子見。アラームが鳴ってもしばらく来ませんでした。その後、早朝のプレご飯を食べた後も、座布団に香箱座りしたままで、すり寄って来たりしてません。寒いのかな?母さんの布団の方が暖かいよ。寒いのに、ちゃんと起こしに来てくれてありがとうね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/23(木)

 今朝はちょっと早め、3時半ぐらいに起こしに来てくれました。最近は寒いので、私がまだ起きないとわかると、どこかに行ってしまいます。きっとそこで私の様子を観察してるものと思われます。で、私がちょっと、携帯を見たりすると、ニャ、ニャ、(起きた?起きたね?)と言いながら近づいてきて鼻フック。昔の写真が出てきたけど、とのちゃん、昔、一歳の頃は、細かったね。やっぱり、ちょっと太り気味??

10/22(水)

 今朝もアラーム10分前に枕元出社。じっと、してアラームを待っててくれました。今朝は寒いけど、お腹が空いている様子。じっと香箱座りせず、ウロウロ、してます。もうちょっとで早朝ご飯だよ。今日も雨だけど、一日家族みんなでよろしくね。

10/21(火)

 今朝も、アラームと同時。でも今日は、アラーム、聞いてから来た?寝てた?眠かった?4時だもんね。眠くて普通だよ。今はちょっと離れて香箱座りしてます。今日は、ブラッシングはいいの?もうすぐ換毛期だけど、大丈夫?トイレ掃除しといたよ。もうすぐ早朝ご飯だよ。兄さんのテストも今日で最後。がんばれ!というか、テストなんて結果さえ良ければそれでいい!兄さんにいい風が吹きますように!今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/20(月)

今朝も足音が聞こえて、え?もうそんな時間?と思ったのと同時にアラームが鳴りました。今朝はちょっと、寒いです。とのちゃんも、ややローテンション。もうすぐ早朝ご飯が出るよ。新しい一週間の始まりです。兄さんはテスト期間。勉強は?捗った?今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/19(日)

 今朝も4時ちょっと前に、まずは爪とぎ音で目を覚まさせる作戦に出ました。畳で詰めを研ぐと、こら!といつも言ってくれるから、それで起こす作戦でしたが、それは功を奏さず。あとはいつも通り、枕元に香箱座り存在感で押す作戦。これは見事父さんを起こすことに成功しました。そして、ブラシの毛づくろいの後、一階の窓から外観察中。もうすぐ早朝御飯が出るよー!!テスト期間中の兄さんは部屋で勉強、かと思いきや、昨日の午前はほぼ睡眠、午後はほぼ携帯で動画鑑賞だったそうです。アカンがな!!今日もそんな感じの一日になりそうなよかんがしますが、家族みんなでよろしくね!

10/18(土)

 今朝は、パッと目を開けたら、とのちゃんと目が合いました。4時ちょうどでした。目が合うと、今、目が合ったよね!? と駆け寄って来て、枕元に香箱座り。もう敢えて起こしてくれません。だって、もう起きてるの、知ってるもん。今、目が合ったもん。という態度。バレたか……と、起きるしかありませんでした。もう朝は寒いので、ベランダはあまり出たがりません。もうすぐ早朝ご飯だよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/17(金)

今朝、義母から2時に電話があって、腰が痛くてしょうがないから来て欲しい、という事で、妻が実家に出かけました。幸い、すぐに治まったようです。気持ち的な原因かなと、そんなに心配かけさすなんて近所に住んでるのに申し訳ないなぁ、と思いました。そして、急にお母さんが出かけちゃったせいでとのまもずっとソワソワして、ニャ、ニャ、と小鳴きしながら、寝ている私と息子の間をぐるぐる歩き回ってました。大丈夫だよ。お母さんも、おばあちゃんも大丈夫だよ。妻が帰ってくると、安心したように一緒に寝に行きました。お休み、今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/16(木)

今朝は、一回、3時ごろ、そして二回目は4時ジャストに起こしてくれました。なんか天気が昨日の予報よりも悪めに修正されてしまいました。雨がちょこちょこ、降るかも。そうなるとベランダにも出られないし、退屈だね。なるべく早く帰ってくるよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/15(水)

今朝は私の方がちょっと早く目を覚ましました。寒くて……。とのちゃんが近づいてくるのが見えたんですが、わざと寝たふりをして起こしてもらおうとしたんですが、今朝はなぜかスルー。肩透かしを食らいました。さすがに寒いのでベランダに出たがりません。雨も降ってます。とのちゃんも暖かく過ごすように。兄さんも明日からテスト。風邪ひかないように。母さんもちゃんと食べて、スタミナ浸けるように、そして今日も、家族みんなでよろしくね。

10/14(火)

 今朝も定刻20分前ぐらいに起こしに来てくれました。起こしに来てくれたけど、兄さんの寝相攻撃でいったん退散。そして定刻にまた来てくれて、鼻フック。今はリビングで寛いでます。今日はベランダにも、一階にも行きたがらないね。寒いから?今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/13(月)

 月曜日ですが、スポーツの日でお休み。とのちゃんはいつも通り、いつもの時間に起こしに来てくれました。もう寒いのでね。朝。とのちゃんのほんのり暖かいのがとても気持ちがいいです。まだまだ、寒くなるよ。兄さんはテスト期間で昨日今日とフル休。野球部には珍しい事です。珍しく一階の自分の部屋で勉強中。父さんは今日もグウタラ……。そんな感じで、今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/12(日)

 今朝は、気を利かせてか1時間遅く起こしに来てくれました。触るとちょっと冷たくて、何処にいたの?と思いましたが、今は、朝はもうこんな気温なんだなぁ、と、季節を告げる猫でもありました。今は一階を散策中。あ、戻ってきた。今日はどうする?ベランダ。出る?寒いよ。今日から2日間、兄さんもフルオフ。だから、家族四人で今日も一日よろしくね。

10/11(土)

今朝も、土曜日でアラームが鳴らないのに、アラームの時間ピッタリに起こしに来てくれました。ホントに何時に起きてるの?って思ってしまいます。私よりも早く起きて私のアラームの時間を待っているとしたら、君は猫の姿をした人間だ!まあ家族だからね、そういう事で問題ないです。今日は雨予報なので兄さんの練習試合は微妙……。兄さんは、中止!中止!と言ってます。やりたくないのか……。中止なら室内練習だよ。まあどっちにしても、有意義に。そして今日も、家族みんなでよろしくね。

10/10(金)

 今朝も涼しいです。涼しいというか、もうちょっと寒い。さすがにとのちゃんもベランダに出たがりません。今朝は、アラームが鳴った時、一階にいた様子で、慌てて二階に上がってきました。一階で何やってたの?今日も天気はまあまあ、台風が近づいて3連休の天気は微妙になってきました。土曜日は兄さんの試合なのに。とりあえず、今日も一日家族くみんなでよろしくね。

10/9(木)

今朝も、ちゃんとアラームと同時に起こしに来てくれました。母さんが、猫の毛を詰めて作るアクリル製のキーホルダー、みたいなのをもらったらしく、最近は、とのちゃんの、茶色池と、白い毛を分けて採取してます。とのちゃんの柄に合わせてキーホルダーを作るという、壮大な夢を持ってるみたい。もうちょっと、付き合ってあげてね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/8(水)

 今朝はお母さんのところで待機。私が4時20分前にトイレに行ったのを確認、そっと私のところに移動して、それでもまだ、待機。いよいよアラームが鳴ると、ちょっとだけ、ニャ、と鳴いて、起こすのを、ちょっとだけ試みる。というパターンでした。涼しくなってその分、起きづらくなったのは事実。でもとのちゃんもそれに従っていろいろ工夫してくれているんだよね。ありがとうね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/7(火)

今朝も時間通り、アラームを待つように起こしに来てくれました。最近は、早朝の友達観察が楽しくなったようですが、あんまり時間のない朝、そうそう付き合ってあげるわけにもいきません。せっかくの、楽しみなのにね。ごめんな。今話はわりにベランダに出て涼んでます。もう朝は本当に涼しい。秋だね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/6(月)

 今朝もアラーム通りに起こしに来てくれました。昨日はお留守番、午前中だけだけどありがとうね。午後はお母さんとお留守番。でもお留守番は、お留守番。大変だったね。新しい1週間が、また始まったね。だんだん涼しくなってきて、とのちゃんもまた、換毛期を迎えるんだけど、お母さんが、とのちゃんの抜け毛でアクセサリーを作ろうと目論んでるよ。出来るだけ、協力してあげて。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/5(日)

 今朝も、一回2時半ぐらいに起こしてくれて、次には4時半ぐらい。最近、2時半ぐらいに一回起こしてくれるのは、とのちゃんなりの、何かの配慮?それとも、ただ退屈?今日はまた兄さんの試合を見に行くのでお留守番を頼むことになりそうだよ。ごめんな、毎週お留守番で。兄さんの活躍を期待!今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/4(土)

 今朝も、アラームが鳴らない土曜日なのに、ほぼ正確な時間に起こしに来てくれました。昨日は、友達の気配がしたのか、夕方、しばらく一階の庭に面した窓で、じっと外を観察してました。やっぱり、時々思うんだよねぇ、もう一匹、いたら、とのちゃんは退屈しないのかなぁ、って。でも相性が悪かったら最悪だもんね。それは、神のみぞ知る。今日も一日、家族みんなでよろしくね。

10/3(金)

今朝はアラームと同時。アルコール検査も無事通過して、思えば普通の一日でした。とのちゃんも、心おきなく要求できる様子で、今朝は足元ですりすりし放題です。ブラッシングして、早朝ご飯待ちです。一応、ベランダの窓開けといたからね。出たくなったら、出といで。秋っぽい朝になって気持ちがいいよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/2(木)

昨日は、ちょっと、飲み過ぎたのか。とのちゃんもいつもよりやや警戒中。あんまり近づいてきません。仕事前の検査にアルコールが出るかも……遅刻しよ。秋らしくなってきて、幾らか過ごしやすくなってきたけど、酒飲んでちゃ体調はすぐれません。とのちゃんは今、階段のところで香箱座り中。ベランダにも出ません。変な朝です。今日も一日家族みんなでよろしくね。

10/1(水)

久々に雨が降ってます。今朝は一回3時半に起こしに来てくれて、さすがにもうちょっと早いね、と二度寝してからは私の足元に待機。アラームと同時に起こして、くれませんでした。あぁ、そうですか、お役に立てませんで、すみませんね……、と、拗ねているように見えたけど、とのちゃんはそんな拗ねた性格ではありません。きっと何か、私の様子を鑑みてそうしてくれたに違いない。ありがとうね、今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/30(火)

 今朝はなぜか、2時半に一回起こしに来たね。なんで?時間間違えた?そんな事ないか、とのちゃんの体内時計は正確だからね。兄さんが修学旅行から帰ってきたよ。かえって早々、ユーチューブ観て夜更かししてるけど、修学旅行に行く前と同じ生活……。飛行機が遅れてちょっと心配したけど、無事に帰ってきました。あっという間だね。楽しかったようだから良かった。これでまた家族全員揃ったよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/29(月)

 今朝は私がトイレに起きたタイミングで起こしに来てくれました。つまり、もう起きてるんだね。私のアラームが鳴るのを、待ってたんだね。おはよう!今日、兄さんが修学旅行から帰ってくるよ。楽しかったかな。ジンギスカンは美味しかったかな。ウニは最高だったようだよ。早くいろいろ、お土産話聞きたいね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/28(日)

 今朝も、兄さんがいないからちょっと調子が狂うね。とのちゃんはいつも兄さんの布団があるあたりの、畳の上で寝てるけど、寝られてる? 起こしてくれるのはいつも同じ時間。涼しくなったから寝やすくなった分、起きにくくなったね。とのちゃんは平気。今日は母さんもお出掛け、父さんと2人留守番だよ。あ、父さんも午前中ちょっと出かける。プチお留守番、ヨロシクね。兄さんは北海道から、今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/27(土)

 今朝はアラームが鳴らない中、何度も起こしに来てくれ、おまけに私の寝返り雪崩に巻き込まれそうになりながら、其れでも果敢に起こしに来てくれて、どうもありがとう。今日の天気はどうかな、暑くないと思うけどね。今は涼しいよ、ベランダ、出といで。兄さんは楽しく過ごしてるかな?今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/26(金)

 今朝は一回、ずいぶん早く起こしに来てくれたね。2時、ぐらいかな。寝れないの?今は一回から、窓開けて~、って呼んでます。今日はちょっと、朝時間がないんだよね。兄さんが修学旅行に出かけるよ。楽しいといいね。無事に帰っておいで。うちらはお留守番。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/25(木)

 今朝もアラーム5分前に枕元で待機。ちょっと、鼻フックしましたが、あ、これは、まだ、起きる気ないな……。と判断されたらしく、しばらくは香箱座りで顔から5センチのところにいました。細くかかる鼻息で、起こす。という新しい方法を編み出したのかもしれません。日々進化する猫、とのま。人間も負けちゃいられない。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/24(水)

 今朝も、アラームのちょっと前に来て、目の前で、鼻息がかかるぐらい、目の前で、香箱座りして、起こす、準備をしてくれました。まずは私の体調を見て、それから起こし方を、4種類ぐらいからチョイスしている、そんな感じを受けます。この時間、もうすっかり暗いですが、早朝ベランダに出かけていきました。もう、寒いんじゃない?今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/23(火)

今朝もアラームと同時に起こしに来てくれました。今日は兄さんが遠征試合だから、とのちゃんはまた、ほぼ一日、お留守番だね。つまらないけど、お願いしますね。留守番チュール、あげるからね。天気は良さそうだよ。お昼寝でもして待ってて。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/22(月)

今朝はちょっとはやめ、というか、だいぶ早めに、活動を開始してた。とのま。2時半ぐらいかな。なんで、そんな速い時間に起きて、小鳴きして、爪カリカリやってたの?なんか、伝えたいことがあった?今はベランダで、ようやく涼しくなった朝の空気を満喫してます。昨日、兄さんの試合で、蚊に刺されまくったよ。ようやく、蚊が活動しやすい気温になったか。蚊はすっかり、秋の虫、になってしまったか。今日は涼しそうだよ。明日も、兄さんは練習試合。大変だな。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/21(日)

今朝は、何時から足元にいたの?気付いたら足元で香箱座りしてました。今日は日曜日でアラームが鳴らないから、だから起こしてくれなかったの?そうか、等々、曜日感覚までクリアーしたか。天才ネコはどこまで行くのか?今日は母さんはうちにいるけど、父さんはまた一日、兄さんの練習試合の観戦に行ってくるよ。母さんとお留守番お願い。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/20(土)

今朝も、ちゃんと定刻の4時、ちょっと前、に起こしてくれました。最近はなんとなく、あ、今日は土曜日かな?と、気付き始めているような。それならばまず、そばで佇んでみて、オートフィーディングマシーンから朝ごはんが出る時間が過ぎたら、いくら土曜日でもちょっと、遅くない?と、言う感じで、本格的に起こしてくれている、ような気がします。どんどん賢くなっていく、とのちゃん、今日はぐずついた天気だけど、家族みんなでよろしくね。

9/19(金)

 今朝も、とのちゃんはアラームと同時に、小鳴きしながら近づいてきました。でも、わきの下辺りに、香箱座りして、やっぱり、始めは、静観。わかってます、とのちゃんがいる、という静かなるプレッシャーに負け、起きました。今日は外に出たがらないんだね。さては、雨が降ってる??ちょっとは涼しくなるといいね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/18(木)

 とても蒸し暑い朝です。とのちゃんは、今日は起こしに来てくれませんでした。なぜだろう、で、私が起きると同時にリヴィングからニャ、ニャ、と小鳴きしながら近づいてきました。いい加減、自分で起きなさい。という事??今朝はどうしたの?厳しいね。今日は午後から雨だって、嫌だね。雷もなるみたいだよ。とのちゃんは、雷、あんまり怖くないんだよね。暑いのも、今週ぐらいまではかな。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/17(水)

 今朝は一番早い日なので、4時に自分から起きました。とのちゃんは、あ、今日は、もう、おきるの? って感じでそばに来てくれました。もう起きてたんだね。今は一階でパトロール中。まだまだ、暑いね。兄さんの修学旅行も近づいてきました。楽しいといいね。無事に帰っておいで。それまでにまだ、練習試合があるけどね。怪我しないように。そして今日も一日、家族みんなでよろしくね。

9/16(火)

 今朝も、とのちゃんは時間通り。でも最近はそばに来るだけ。そして、アラームが鳴ると、ちょっと鳴いてから、ちょっと、鼻フック。いろいろ考えてくれているんだね。昨日は留守番ご苦労様。兄さんは試合には負けたけど、守備も打撃も、まあまあ、って、本人は言ってた。最近、格上相手に、互角の試合ができるようになってきた。今回も県大会進出組と、いい試合でした。強くなってきた!夏はもう少し続きそうだよ。とのちゃんも、休憩・給水、怠りなく。そして今日も、家族みんなでよろしくね。

9/15(月)

 今朝も、とのちゃんは、寝相の悪い兄さんの上を通過して枕元まで来てくれました。4時、3分前、ぐらいかな。しかし、毎度、とのちゃんの体内時計は正確だね。昨日は午前中、お留守番ありがとうございました。でも今日も、午後、お留守番を頼むことになりそうだよ。悪いけど、ヨロシクね。昨日、兄さんは代打で1打席のみ。今日はどうかな。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/14(日)

 今朝も、枕元にじっとして私の様子をうかがってましたね。私が自発的に起きるまで、じっと見守り隊。最近そうだね。でも、私がいったん目を開けて携帯を見ると、あ、起きたね?今、完全に、起きたね?と判断するらしく、そこからは鼻フック攻撃開始。昨日から、世界陸上が始まったよ。今日は兄さんの練習試合。だからまたとのちゃんには留守番を頼むことになりそうだよ。よろしくね。そして今日も、家族みんなでよろしくね。

9/13(土)

 今朝もとのちゃんは定刻通り、起こしてくれました。最近は、いきなり鼻フックとかじゃなくてしばらく様子見時間を設けてくれたようで、手にちょっと触れた状態で香箱座りしてます。それがまた、朝から可愛いです。今は一階でパトロール中。この後、ベランダ出るかな?明けとこうか?でもこのちょっと涼しく鳴った季節、蚊が活発になり始めてるらしいから、ちょっと、やめとこう。今日から3連休だよ。とのちゃんにはあんまり関係ないか。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/12(金)

  今日も雨予報が出てる関東地方。昨日の雨はすごかったです。とのちゃんは、どうしてたんだろう。雷は意外と平気なんだよね。雷よりも、突然訪れるガスの点検員さんとかの方が怖いんだよね。人それぞれ、猫それぞれ。やっと金曜日になりました。兄さんの試合は、本当に、本当に、熱戦の末……、破れました。しかし、あの強豪相手によく戦ったよ。強いよ、このチーム!っておもわれたんじゃないかな。 練習試合はまだまだ続くよ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/11(木)

スッキリしない天気ですが、今日は兄さんの2回戦目、強い相手だけど、絶対に諦めずに、勝て!!家族一丸となって応援しよう!父さんも本当は試合を見に行きたいんだけど、仕事じゃしょうがないね。とのちゃんも自宅から勝利の招き猫、やってね!今日も暑いは暑いみたい、給水・休憩、怠りなく。そして今日も家族みんなでよろしくね。

9/10(水)

今朝も、いったんは、2時半ぐらいに、ちょっと起こしに来てくれたけどさすがにそれはスルー、そのあと、3時半ぐらいから、じっと枕元待機。ちゃんと4時に起こしに来てくれました。最近、とのちゃん、眠れない?そんな事ないよね、猫だもんね。でも、夏バテはあるかもね。ゆっくり休んで。兄さんの第2回戦が迫ってきました。父さん的には、土曜日まで園医になって欲しいけど、なかなか、難しそう。なかなか強い相手だけど、勝てよ!!今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/9(火)

今朝は私がちょっと早めにトイレに起きたのを機に、私の枕もとで待機。今、起きたでしょ?起きたでしょ?、起きる??もう、起きる?という感じで。今日も天気がいいからベランダで涼めばいいのに、今は一階を散歩中。今日も暑くなりそうだけど、明日からちょっと天気が崩れるって、じゃあ早朝ベランダもないかもね。だんだん秋になってくね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/8(月)

今朝も、目覚ましと同時に、ニャ、ニャ、と小鳴きして、私の様子をうかがうも、起こしには来ず、リヴィングで待機してました。昨日はお留守番ご苦労様でした。おかげで兄さんは守備に打撃に大活躍でした。試合もコールド勝ち。久々の公式戦勝利にチーム力が一段と増した感じがしました。坊主効果がさっそく現れた感じです。さあ、新しい一週間ですよ。とのちゃんも、だんだん涼しくなってきて、今もベランダで涼んでるけど、知ってる?今日の月、皆既月食なんだよ。いつもとちょっと違うでしょ。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/7(日)

 快晴の朝です。けさもとのちゃんは、3度ほど起こしに来てくれました。なぜか、一回目は2時半、さすがに、早い、というのも、昨日バリウム検査で下剤を飲んだ私が、夜中にトイレに起きたから、とのちゃんも、起きるの?じゃあ、起きよう!って感じじゃないのかな。今はリヴィングで寛いでます。今日は兄さんの秋大会の試合で出かけるから、悪いけどとのちゃんは留守番。留守番チュール、あげるからね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/6(土)

今朝も、アラームが鳴らない週末土曜日なのに、とのちゃんは定刻通りに起こしに来てくれました。とのちゃんは、ホントに、規則正しい生活をしてます。今日は父さんは健康診断に行ってくるよ。健康診断前日なのに、油っぽいものも食べたしお酒も飲んだけど、大丈夫かな?まあ、いつも通りで検査受けないとウソの結果が出るからね。なるべく早く帰るよー、それと、今日も兄さんの学際で、とのちゃん、お留守番かも、そして、明日も、兄さんの試合で、お留守番。ごめんな、ごめんねチュールあげるからさ、今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/5(金)

今朝も4時きっかり、アラームきっかりに起こしに来てくれました。寝相の悪い兄さんが、私の方までゴロゴロ来てたので、ちょっと遠慮がちに。そう、うちは、高校生だけど、親子三人、川の字で寝てます。最近は珍しくないと聞き、驚いてます。今朝のとのちゃんは雨でベランダに出してもらえないので、ちょっと退屈そう。でも今日は大雨みたいだから、昼間も出してもらえないよ、たぶん。しょうがないね。いっぱい食べて、一杯飲んで、夏バテしないように。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/4(木)

 今朝は枕元に待機、私が自発的に起きるまで、あまり得意ではない、ゴロゴロ音を立てながら、見守ってくれました。昨日はまた、兄さんが部活から帰ってくる前に寝てしまいました。兄さんの寝顔しか見れないのはとても寂しいので、明日はちゃんと起きて迎えてやろうと思ってます。雨が、今日、明日と降る予報の関東地方。ちょっとは涼しくなるかな。とのちゃんもベランダれられなくて退屈だね。今日も一日家族みんなでよろしくね。

 

9/3(水)

今朝もとのちゃんはほぼ時計のアラーム通りに起こしに来てくれました。そしていつもの朝のブラッシング。もう当たり前のように舞ってる姿が朝からほっこりします。トイレ掃除も完了。いいう〇ちいっぱいしてたね。順調順調。兄さんも、昨日は帰ってくるまで起きてたよ。家族の会話が一日一階はないといけないからね。とのちゃんとはよくお喋るするけどね。今日あたりから天気は下り坂の予報。でも暑いのはそのままって。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/2(火)

 今朝もとのちゃんは4時にアラームと同時に起こしに来てくれました。でもやっぱり、手荒な事はしません。じっと枕元に座って、ニャ、ニャ、と小鳴きしながら見てるだけ。大丈夫だよ、ちょっと疲れてはいるけど平気。今日も暑そうだね。とのちゃんも、よく食べて、良く寝て、しっかり体力をつけるんだよ。運動はね、室内飼いだから、なかなか、思う存分とはいかないと思うけど、ごめんな、ホント、そこだけが可哀想でね……。今日も一日家族みんなでよろしくね。

9/1(月)

 今日から9月ですが、まだまだ蒸し暑いです。とのちゃんは早朝食事中。今朝も4時過ぎに起こしに来てくれましたが、最近は強引に起こしてきたりしません。枕元に、じっと香箱座りしてこっちの様子をうかがってる感じ。私の体調がイマイチすぐれないのを、野生の勘で感知したのかも。今週末、健康診断があります。だから、今週は金曜日まで、禁酒。こういうの、どうだろうね、とのちゃん。いつも通り飲んだ方がちゃんとした結果が出るのにね。悪あがき、と言います。昨日の兄さんの試合は、4-1で負け。最近負けが込んでるのは、1点差を守り切れない、追いつききれない、というのが理由。チームとして強くならないといけないね。今週も・今月もまた始まったよ。とりあえず、今日も一日家族みんなでよろしくね。

『いきてるきがする。』《第21部・夏》




        第106章『緑君、書くよ、いい?(その4)』 

 日向はまだまだ暑いが木陰はもう然程でもなく、バーベキューの煙も臭過ぎず家々の笑い声とともに夏の陰影を燻らし、蝉の声もまたうるさ過ぎず木下闇の中にしっとりとして溜まっていく。風は吹き、また凪ぎして、前髪を少し煽られた妻もまだ泣き始める様子はない。息子の坊主頭もなめし皮のように汗が光ってとても綺麗。これは、絶好のチャンス、かもしれない……。

 「ここまでよく頑張ってきたと思う。うん、本当に立派だと思うよ。」

 よし、上手く言えた。父親のスピーチとしては合格点だろう。この非の打ちどころのない現実に私はしばし満面の笑みを浮かべる。そして、もうこれで十分。私の息子に対して言いたい事はすべて終わった。そしてここからは、私は父親も脱ぎ捨てて更なるこの、途方もなく大切で魔法的に変転する素敵なウソに、下卑た現実が混じらないようにと、それはそれはもう慎重に慎重に、出来得る限りの『今』を閃き、それを寄せ集めて……。

                 *

 小学生の頃、近所の空地に野晒しになっていた古いプレハブの所有者が分からず、どうするのか議論の末、町内会の費用で取り壊すのは理屈に合わないし、かといってこのまま放っておくのも下品だし物騒だと急遽、所有者が特定されるまでそこで開催されることになった『版画教室』なる場当たり的な企画に、おそらくは一枚噛んでいたのであろう親父に唆され入会させられた時、まだ作品を一つも作る前から『天才少年』と褒め称えられ持ち上げられ、なんか怪しいと思いながらもせっせと作品を作ったがその実、その裏では大人たちから、「あんなのは盗作だ、凡人の見栄だ。」と揶揄され馬鹿にされていたと知って失望して泣いた時の自分の顔や、

 のちに母親に『お父さんの留守中に子ども一人殺した』と回想させる事になる、父親が海外旅行中の夜中に喘息の発作を起こし、近所の町医者で打ってもらった注射に対する過剰反応から意識不明になり、宮津市の救急病院のベッドの上で辛うじて目を覚ました時の『あれ? 僕、死んだんじゃあないの?』と何の不思議もなく平然と自分に問いかけた明け泥む朝の危なっかしい光や、

 自宅の裏山に引き籠り用の基地を建設中に足を滑らせて滑落した時に一度だけ見てそれ以来一度も見ていない、羽に数字が書いてある奇妙な蝶々の姿や、

 バンドの練習の帰り、平塚市・南金目の緩いカーブで転倒し、アスファルトの上を滑走する左上を火花を散らしながらゆっくりと離れていくバイクの映像や、

 とにかく、ありとあらゆる『今』とそこに接触する様々な場所や人、散らばっているであろう記憶も及ばないほど遠く微細な出来事や、またそのそれぞれに伴う会話や眼差しや表情の全てに適合するように、そしていつかその誰とどこで出会っても一切の矛盾もないようにと、私は話し掛けている。

                  *

『昔の子』「なんで急にそんな変な事を訊くんです?」と言った。

「誰にとっても『毎日』という区切りは、あるようでないようなモノでしょ。それは自分のモノじゃないし、誰のものでもないかもしれない。だからよっぽどのことがない限り不思議がってもいけないし不満を持ってもいけないと思ったんだよ。」

 『昔の子』は、ふ~んと不得要領な様子。私はさらに、

「ただ、生きてるって事自体は疑いようのない事実だから、これは確実に自分のモノだけど、でもそれだけに、これもやっぱり不思議がってもいけないし、不満を持ってもいけないと思うんだよ。」

 息子は私の次の言葉を待ってじっとこっちを見つめている。私は続ける。

「だってさ、不思議と思うのは心の底では疑ってるって事だし、不満を持つのは心の底では否定してるって事でしょ? でもこれらはそんな事が通用するようなレベルじゃないって事を言いたいんだ。実際、美しいとか、好きとか、形も色もないけど、もっともっと絶対的で圧倒的、じゃない?」

『昔の子』『今の子』は同時に頷く。息子も。

「でもその同じ事が、私には美しいけど君には醜かったり、迷惑であったり、腹が立ったり、悲しかったり、怖かったりすることってあるよね?そしてそれはその逆もあるという事だね? つまり、じゃあ実際には何が起きてるかって事。数学的すぎる?そんな事ないと思うんだけど……。

 3人はまた同時に頷く。私はさらに続ける。

同じ一つの出来事を、或いは甘受して、或いは拒絶する。そんな事ってあると思う? そう、ないんだよ。絶対ないの。だから、どうしても痛い思いをしたくなければ自分をゼロとして、まったく無視して他人と接するとか、そんな事がもし出来ればいいけど、出来る? 出来そう?」

3人は今度は同時に首を振る。 まだ私は続ける。

「そうなんだよ。私も君を見ててそう思ったんだ。すべては仲間がいるから初めて出来る事なんだなぁ、ってね。『他人パワー』というヤツだよ。その相手は別に知り合いである必要はないんだよ。嫌いでもいい、なんなら一生一度も会わなくてもいい。でも誰もいないのとは違う。誰もいないとたぶん私たちは一生、何一つも気付かない。理解も出来ない。そうしてやみくもに自分のためだけに努力しようとしてみたり、逆に自分を度外視して自暴自棄な事をやったり、変な方にばかり向いてっちゃうんだよ。」

 初めて見る少年が一人加わる。私は彼に少し微笑む。

「そう。だから、今ここにいないから、いない。じゃあ済まされないんだよ。そんな無責任であるはずがないから。どんなに辛い時でも、必ずどこかに誰かがいてその誰かと共有している。辛いと思う事自体がそれを証明している。それ以外考えられない。それ以外はもうあり得ないんだよ。」

 そう言うと私は思わず、自分を許そうとして、すぐにやめた。それは迂闊にゼロになろうとしたのをやめたという事。よく見ると彼にはちゃんと緑君の面影があった。私は安心してさらに言った。

それは生きていても死んでいても同じ事なんだよ。どんな辛い時間でも、そんな時間すら貰えなかった子もいる。じゃあ貰った人間はどうする? どうするべき? 要らないならじゃあ、あげたら? その子ならきっと大事に使ってくれるよ。『うわぁ、大変だなぁ!』 なんてね、笑顔で言いながらね。でもあげられないなら、代わりに僕らがその子のやりそうな事をやるんだよ。そうやって『今』を共有する。それしかないんだよ!」

               *

 タイムアウトを告げる蝉しぐれが突然耳に飛び込んできました。

 じゃあスミマセン、そろそろ、まとめを……。

 見ると足元の影は長くなり、げんなりした表情の息子と、泣く機会を完全に失くして憮然とし立ってている妻がいた。

「たくさんの楽しい思い出をありがとうね。うまく共有できたと思います。お前がいてくれたおかげで父ちゃんもさらに成長できた気すらしてます。あとはお前がこれからも、ケガも病気もなく、100年を超える天寿を健康健全な状態で正々堂々と全うしてくれれば、もう父ちゃんの宇宙は100点満点だよ!」

 小さな笑いが起きました。別に狙ったわけじゃないんですけどね……。

狙ったわけじゃないのに笑われると、なんだか本気で照れますよね……。     

               《おわり》

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       第105章『緑君、書くよ、いい?(その3)』

 私には死者に問いかけるような能力もなければ趣味もない。

 怖い話はまあ好きっちゃあ好きだけど、それは単純に夏の風物詩として、つまり『ウソ話』として好きなだけで、実際自分の周りを霊魂がウロウロしてて、突然机の上のモノを動かしたり、椅子や花瓶を倒したりしたら普通にゲンナリしてしまうでしょう。それは恐怖というよりも、現実にウソが紛れ込むというか、ただの偶然を都合よく解釈してるというか。とにかく、人間の感性が絡むとせっかくの事実が全部ウソっぽくなって困る。なんだ、全部ウソなんじゃん。下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり……、なんて勝手に虚しくなっちゃったりして。

 当たり前だよ!考えそのものを手前勝手にウソベースに持って行っといて、そりゃ虚しいに決まってるだろ。それに、

 そんな話を実際に身の回りをウロウロしているであろう霊魂達と一緒にするのは、すごく悪趣味だと、私には思えるよ。

 馬と一緒に馬刺しの話をするようなもんだよ。まるで馬が馬である事が欠点みたいじゃないか。もし霊魂霊魂である事を欠点だなんて言ってしまったら、私らはもう、終わってないか?

                 *       

「マイクがないものでね……。地声で。出来るだけ大きな声でお願いします。」

  え?まだ35秒? ちょっともう、勘弁してくれないかなぁ……。

                 *

「これまで私は毎日毎日、何かを意図的に誤魔化し、諦め続けててきたような気がするんだけど、君はどう? そういう事、ある? ない?」

 私のこのとりとめもない質問を、初めは笑ってごまかそうとした『昔の子』でしたが、そうですね……、と考えだした。

 俺は……、そういうのは、ないですね……。毎日、ですか? 毎日って言ったって、店長の毎日と俺の毎日とは全然違う。『今の子』とも全然違う。昨日とか今日とか明日とかじゃなくて、毎日って結局『今』の事じゃないですか。それだったら俺の毎日っていえば常に、真っ白に乾いた地面と手から滑り落ちた茶碗。それだけなんですよね。ほんと、それしかない。

 私は頷いた。あぁ、それは君が死んだ時の事を言ってるんだね。それは私にとっての、玄関のわきに開いた穴のそばで、片手に靴をぶら下げてぼんやりと立っている自分の姿のようなものだね。(第一部・参照)

 『今』が一瞬と永遠の両方の特徴を持っている以上、誰かになにかを問いかけるのもそれに答えるのも、実はとても難しいんです。それにはお互いの『今』『今』を合わせる必要がありますから。でも合わせようにも、誰にそんなに都合よく自分の『今』を他の誰かの『今』に合わせるなんて出来ます? そもそも『今』を意図的にある一点に特定する事自体が不可能に思えるんです。だから我々は、偶然に隣り合わせた『今』『今』をお互いにちょっとずつウソをついてはそれをにして無理矢理にくっつけて共通の『今』を捏造するんです。それが今あなたが、そして私が見ている『今』なんです。そして我々はもう、その作業に完全に慣れてしまっているのです。

 今、目の前に立つ、健康的に真っ黒に日焼けした、泥塗れの野球のユニフォームを着た逞しい青年息子であり、隣に立つ、感極まって今にも泣きそうな顔をしている中年の女性であると認識した時、はじめて私の『今』であり、ここが市営球場の隣の公園の芝生の上であり、森の木陰の激しいセミの鳴き声の中、野球部を引退する高校三年生の息子へ言葉をかける父親である、事になるのです。

 さ。早く……。

 私はできるだけ静かに、ゆったりと安心して、そしてウソのない言葉で息子の野球人生が大きな区切りを迎えた事を労いたいし祝いたいのですが、しかしそうしようと思えば思うほど、私の頭の中にはこれまで私が無責任に撒き散らしてきた様々なウソ誤魔化し言葉濁流となって浮かんでは消え、浮かんでは消えていくのです。

  結局、私にはこれだけか……。綺羅星のように美しい息子と、それにつと寄り添う月のような妻と、そのすべてを取り巻く深淵なる天球のような森の木陰と、流星の様に飛び交う蝉の鳴き声に包まれて尚、私は私のこの小汚い流れを前に気持ちはいよいよ萎み、度胸は竦み、いつの間に私はこんな汚らしい流れに身を晒してしまっていたのだろう。とどんよりとして落ちていくばかりなのです。しかし思えばそんなのは当たり前で今に始まった事じゃない。だってこれまでお前は自分が呪われた分、同じだけ周囲を呪い、嫌われた分、きっちり周りを嫌ってきたじゃないか。それは復讐ではなくただのバランスだと、私は本気でそう思っていたのです。もちろん、罪の意識など微塵もあるはずがありません。

 もうどのみち助からない命ってあるじゃない。私はつまりあれだよ。生まれた時からどうせ、私の足はいつか私を転ばせるために歩き、腕はいつか振り払われるために握り、目は光を奪われるために見開き、そして命は、一切誰にも惜しまれることなく事切れるためにほんの僅かに閃いているに過ぎないんだとそう思い、たとえ喜びをもらってもそれをいつか必ず来るだろう不幸や憤懣に備えとして贅肉の様に体中にブクブクと貯め込んで生きてきた。そんな気がするのです。しかしそれもまた、私にとってはただのバランス、だったのです。

 そんな命は。在り方として最低です。つまり私の命は、『最低の命』なのです。

 はぁ……、と一つ大きなため息をついて、私はいつものようにその場を適当にあしらって誤魔化しの言葉を口にしようとした時、

 『そんな要らんのやったら僕にちょうだいよ』という綺麗な声が私の耳にはっきりと聞こえたのです。

  こんな使い道ないような時間でも、いい?

『うん全然、それで、いい。』

 私はいつかこの濁流が引いたら、今自分がいるこの場所を覗いてみようと思っています。きっとそこにはもう何もないし、誰もいないし、何も書いてない。そしてその時、私は子供でも大人でも、父親でも息子でも、男でも女でもなく、日本人でもそれ以外の国の人間でもなく、ただ目の前の光景を傍観するナニモノかになっているはずです。それは神様と同じ。ただただすべてを傍観する、そんなモノ。

40秒経過……。困ったなぁ。 

  無理だよなぁ……、絶対無理だよなぁ……。そんな事を急にやれったって、気が遠くなるような話だよ。しかも、アドリブで?1分や、2分で? だから……、

           言うよ、緑君。いい?

                 *

  最初に気ぃ付いたんは5年生ぐらいの頃やって聞いたけど……。

 兄は慎重にハンドルを切りながら言いました。野球の練習の後、「なんか、ちょっとフラフラする」そう言ったかと思うと、彼はその場に倒れ込んだそうです。

 脳腫瘍でな。まあ、手術で一命は取り留めたんやけど、ちょっと体に麻痺が残ってしまってな。

 それでも彼は野球をやめなかったそうです。不自由になった体でこれまで通り、同じユニフォーム、同じグローブで、砂塵を巻き上げ白球を追いかけ、これまで同様に、いやむしろそれ以上に全力で野球をやったそうです。無理だという人もいたでしょうね。嗤うヤツもいたかもしれない。同情の声だって、彼の耳には入っていたかもしれないと、私は勝手な想像しています。でも彼に諦めたような色は微塵も見られなかったそうです。彼は自分の『今』の、その先の先にあるモノまでしっかりと見据えていたそれほどまでに彼の『今』は私のような濁流とは違い、どこまでも明澄に澄み切っていたと、私はまた勝手に想像しています。。ただその流れはどんどんと激しさを増していった。それでも彼は、その激しい流れの中に凛として立ち、気持ちよさそうに体を晒して笑っているようなのです。

 僕は何も変わらない。僕には今、僕の目の前にあるすべてがある!

 これも全部ウソなの? 緑君、彼、私、妻、息子、そして野球部の仲間たち。みんなが少しずつ出し合って精密に組み上げたこれはむしろ『今』の結晶なんじゃない?

 いや、残念だけどそんな事はありません。予感はないよ。すべては偶然。そう、それは揺らがないんだよ。私たちに何かを理解できるはずがない。理解できないからウソが必要にだった。そうでしょ? 言葉も、哲学も、宗教も。

 ウソしか理解しない我々の魂が、ほとほと呪わしいよ……。

                    *

  でも中2の時、転移が見つかってな、その時はもう、どうしようもなかったって……。

 享年 14歳。彼は短い一生を終えました。そのわずか14年の間に、彼の『今』は私の『今』に偶然にほんの少しだけ触れた。それだけの事だと思います。私はただ同級生の息子、そして息子の同級生というだけの彼に出会い、その生に感銘を受け、勝手な想像して夢を見て、彼の事を追いかけ手前勝手に何かをやろうとしているに過ぎない。拙い文章でそれがどこまで適うのか。私にわかるはずもない。ただ一つ言えることは、彼は今もその同じ『今』の何処かにいる。私の『今』と違い、彼の『今』は明澄で何処までも澄み切っているのだから、私はいつか彼を探し出す事は可能だと本気で思っているし、いつかめぐり合う事だって可能だと思っている。そしてこの期に及んでは私は私と同じただの傍観者に過ぎないこのモノに特に言いたい事などない。ただ一言、私はどうしてもコイツにしなければ気が済まないない質問があった。

                 お前さ……、

 彼の、夢を、希望を、頑張りを、可能性を、将来を。 どう説明するんだよ

 

              《続く……。》

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       第104章『緑君、書くよ。いい?(その2)』

  両親の墓参を済ませて実家に向かう車の中で兄が私に言いました。

「そういえば、緑君ってお前の同級生やっけ?」

「緑君? あぁ、野球部の、うん知ってるよ。ほんで? 緑君がどうしたん?」

 そう聞きながら私は、まぶしい夏空が少しずつ曇っていくような感じでいました。

 小学校の中学年ぐらいから私は自分がいよいよ、家族からも世の中からも歓迎されない、私が一人生きるにはどうしても様々な苦労や迷惑を、自分が受けるのではなく周りに撒き散らすような、とても問題が多い厄介な人間である事を周囲の会話や行動から覚るようになっていました。

 例えば、家族でワッと笑いが起きた時、私は大概その輪の外にいて、「え?何?何の話?」と訊くのですが、家族の返答は決まって「お前には関係ない。」か、「お前に話すと長なる。」というモノでした。逆に私が何か楽しかった事を話そうとしても、家族はまるで関心のない素振りで目を逸らすか、何か私の説明に言い間違いや不詳な部分があればまずそれを指摘し、「お前、何言うてるかいっこもわからへんからまとまってから話せ!」と突き放されるのが常でした。きっと家族が楽しい事は私には関係なく、私が楽しい事は家族には関係ないのだろう。この家族で一人だけガラスケースの中にいるような、そして日に3度、ピンセットで差し出されるコオロギを食べている無感情な爬虫類ような感覚を、私はいよいよ、自力では払拭しきれなくなっていました。

 兄は、「緑君の、お子さんがな……。」そう言うと少し間をあけ、四つ角を用心深く曲がりました。そして、

「こないだ、亡くなったんや。」と言いました。

 私は少し驚きましたが、正直、特に仲のいい友人であったわけでもない緑君の身の上に起きた不幸に、それほど大きな関心を持ったわけではありませんでした。

「え~。そら、なんとも、お気の毒に……。」私はただそう返事をしました。

 緑君は野球部で、笑顔が爽やかな、誰からも好かれる好青年でした。野球も上手く、ウソかホントウかファンクラブがあったという噂も聞いたことがあります。そんな、私とは全く逆な、世界の日向をまっすぐ歩いているような彼を、私は殊更妬んだりはしませんでしたがただ、

 同じ年に同じ町で生まれても、容姿端麗で性格明朗であれば、こんな田舎でもこんなにも軽やかに生きていられるものかと素直に関心していたのは確かでした。それほど彼は自分とはかけ離れた素敵な存在でした。そしてそこから折り返すと私はますます、自分にいくつ不遇な点があったとしてもそれは自分のみに与えられた特別なモノであり、周りの環境とはまるで無関係である、という理不尽で絶望的な事実を、やはりコオロギの様にただ受け止め、食うしかなかったのです。

 

 いえいえ違いますよ。今、私の息子が野球をやってるのはそんな彼に対するルサンチマンの裏返しではないですよ。私は初め、息子には水泳をやらせようと思っていたんです。カッコいいじゃないですか、水泳体形って。しかし息子は、自分は水泳ではなくこのスポーツがやると野球を見つけてきたのです。だからこれは純粋に息子の意思であり、あるとすればただの偶然の接点という事です。

 そして今となっては、野球は息子の支えであり、息子は私の支えであり、この2つをなくしては、私の住む世界は何一つ存在出来ないようになっているのです。子供が楽しそうに軽やかに、笑って、走って、喋って、唄って、食べて、眠る。こんな事が親にとっては一番望ましい事であり、とにかく健康でいてくれる事が一番の親孝行であるという事は、今の私にはしっかりとはっきりとわかります。

 そういう意味ではやはり、幼少期からひどい喘息持ちで入退院を繰り返していた私は大した親不孝者でした。私の両親はそんな親不孝者から、少しでも目を逸らす方法を必死に考えたと思われます。それにはどうやら2つの方法があったようでした。

 一つには視覚的方法。そしてもう一つには精神的方法。

 そしてそのそれぞれにはもう2つずつ、具体的な所作があるようでした。それは、

 徹底的に関わるか、一切関与しないか。

 一見、矛盾するようなこの2つ方法と所作ですが、出来ればこれを同時の行うのが、やはりより一層層理想的なのです。

  そこでまず、両親は私に『楽しいよ』とウソをつき、週2回の剣道教室に通うことを勧めたのです。そうすることで、これまでどおり全く手を触れずに、まずは視覚的には週2回、数時間の間、週末に練習試合や出稽古や合宿がある場合は月に数日この家族の見栄えを悪くする親不孝者から解放される時間と空間を得る事できたのです。更には剣道により、肉体も精神も強くなったとしたら、やがて喘息も克服出来るのではないかという期待が出来るならこれもまたこれまでどおり、全く手を触れる事無く精神的にも少しは解放される事になるのです。

 結果、私の精神と体は両親の期待通り強くなり、小学高学年の頃には喘息の症状は全く出なくなりました。まったく上手い方法を思いついたものだと本当に感心してしまいます。これというのも、これまで頑なにガラスケースの中で直接手を触れずに育ててきたという事実による裏付けが大きな効力を発揮しているのです。体は強くなりましたがその間、剣道教室で苛烈なイジメにあった私の焼けるような悲しみ、苦しみ、恐怖、痛みはもちろん、彼らにはまったく見えません。声も聞こえません。それはまるで食肉加工場で当たり前のように鶏が羽毛が毟り取られ捨てられるように、何の当たり障りもなくスムーズにゴミとして集められ、運び去られて捨てられてしまうからです。そしてやがて空になったガラスケースを眺めて、あぁ、綺麗。ずっとこんな綺麗な時間と空間がキープできたらいいのになぁ……、という思いに耽る事は、こういった入念で丁寧なお膳立てを無くしては、単なる鬼畜な親として世の中全般に見做されてしまう事になってしまうのです。

 まったく、上手い方法を思いついたものです。

 そして私はと言うと、なんとその事にまで慣れてしまおうとし始めたのです。それはとうとう、自分で自分に見切りをつけた瞬間でした。それではもう、救われません。人間にとって一番つらい事は、自分の悲しみ苦しみ痛みには何の価値もないとされる事なんじゃないかと、この幼年にしてすでに気付き始めていたような追憶がありますが、それに関しては判然としません。しかししばらくすると、そんな自分を嘲け笑う声は、なんと自分の内奥からも聞こえるようになり始めまたのです。

 これは、マズイなぁ……、と、さすがにそう思いましたね。

 俺の中で何かが、謀反を起こしてる……。とても危険だなぁ……。

 そう思いながらも私には何もなす術もなく、どこか一歩引いた場所から朽ちて行く自分をただただ眺めている、そんな日が続いていたのです。

 子供の心はね、皆さん。広いようで狭いんです。何でも受け入れるけど何処にも傷が付かないいわけじゃない。

 子供の心はね、皆さん。狭いようで広いんです。何も知らないけど何も理解できないわけじゃない。

 私は夜な夜な、自分の忌々しい心臓の音を聞きながら眠りに就きました。

そしてその間にも、世の中では様々な凶悪犯罪が立て続けに起こります。

  犯人なんか、全部殺してしまえばいいのに……。

 テレビで取り上げられる凶悪犯に、私はそこそこ真っ当な憎悪を抱くようになっていました。ただそれは紛れもなく『近親憎悪』というヤツでした。

自分に対する嫌悪がそのまま他人の方を向いた時、私は自分がとんでもなく残虐非道な人間になる事に気付き慄然としました。それがものすごく怖くて、私はいつしか誰に対しても、本当の気持ちを言わなくなっていました。そしてそのすべての捌け口を音楽に向けた。音楽はまるで掃き溜めの様に寛容に、私の排出する汚物をすべて受け入れてくれました。私は必死に過激な歌詞やメロディーを作っては、それをなるべく自分から遠いところに置いて、自分の狂気をそっちにおびき寄せておいてはその間にこそこそとその場を退散する事で生き場所を得てきました。だから私の作る曲はどれも、白々しい変態性と嘘くさい狂気に満ちていたんだと、今ならば簡単にわかるんです。

「なくなった緑君の息子さん、〇也(私の息子です)と同い年と違うかな?」

その言葉を聞いた私は危うく、子供のころ意地悪だった兄が突然蘇ったかと思うところでした。

              《続く……。》

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    第103章『緑君、書くよ。いい?(その1)』

 去年の予選が終わってから一年。とうとうこの時が来ました。

 かつては路上ライヴハウスで大勢の人の前でギターをかき鳴らしては過激な歌を大声で喚き散らしていた事がまるで嘘のように、私はいつの間にこんなに人前が苦手になったんだろう、なんて、正直自分でも驚いています。

 おそらくこれは父母未生の彼方よりずっとずっと続く世界共通のある大きなストーリーで。なに、誰かの使い古しでも予定調和でも一向、構いません。私はもとより、それに則ってオヤジをこなしてきただけなのですから。

 ただ、その内容・詳細についてはやはり、『今』『今』でしかありえないという大宇宙の大原則に則り、私はこの感動的なシチュエーションに出来るだけ似合うエピソードを、現実とはまた別に考えなければなりません。

「えっと……、今日は本当に残念だったね。うん、負けてなかったよ。負けたんだけどね、実際は。でもうん、よく頑張った。頑張ったんだけど、まあ相手がほんのちょっと強かった、いや運が良かった、だけだね、きっと。」

 我ながら冴えないスピーチです。悔し涙にくれる息子と仲間たちに対して、『残念だったね』はないだろう。まるで他人の独り言だ。案の定、皆ポカンとしています。

「たばかりながら少しく申し上げますに、畢竟ずるに勝負とは結果と運の鬩ぎあいの事でありまして、運が結果を凌駕すれば即ち勝ち、結果が運を凌駕してしまえば即ち負け、なのでありまして、もとより、実力云々、努力云々などはいずれもこれ、後付けの答え合わせの札合わせ、要するに帳尻合わせに他ならず、勝って良かったね、負けて悪かったね、などという言葉にもおおよそなんの意味もなく駄々残酷なだけで、慰め施しとは程遠いモノであります。それでもどうしても慰め施しが欲しいというならばそりゃあもう、骨折箇所を冷やす水のごとくジャブジャブと使えば或いはその場だけ事足りるという事もあるにはありましょうが、根本的には何も変わっておらず、そんな場合は一も二もなく病院に行った方がいいのでありまして……、

 斯く偉そうな講釈を垂れております私でありますが、私などはまさにその権化、典型でありまして、生まれて、暮らして、ここでこうしている事のすべてには悉く意味はなく、私の優しさ、冷たさ、いやらしさ、悲しさ、嬉しさ、寂しさなどはバナナの皮のごとく、いざ食らうとならば即座に引っぺがして捨ててしまわなければならず、まあ、じゃあなんであなたはここにいるの? と改めてそうなりますが、これが摩訶不思議! なに、これだって悪口なんかじゃあありません。そうしてあらゆる偶然や奇跡とはまるで門外漢でありなががらそれでいて、それぞれ一人一人の中の偶然や奇跡の中でしか居られない、それが正に、『私』でありまして。

 それは例えるならばとある黄昏時、

『あれ? あそこに立ってるの誰だ? 絶対知り合いだよな、こんな時間にあんな所に立っているんだから。誰だよ、何の用だよ、あ、なんだ街路樹か……。』の時の、街路樹になる前の誰かこそが私でありまして、」

 意外と短かった2年……、いや、1年と半年。大きな節目を迎えた息子たちはこれまで、いろんな覚悟や考えの元、好む好まざるを得ず、無明な己と、その周りを惑星、もしくは蠅の如く、ぐるぐるブンブンと飛び回る数多出来事一つ一つに対し真摯に、だが有意義に、確固たる確信をもって対峙してきた、無明の地下に屹立する水晶の如きに、心に一偏の曇りもなきエリート集団なわけで……。

 困ったな……、場の空気を腐らせるのはもちろん本意じゃない。出来れば綺麗に終わらせたい。そして出来得ればちょっとぐらい拍手も欲しい。もし私が本当に心の底から暖かい人間であれば、がんばったね! よくやった!とでも言えば十分足りるほどの簡単な事なのだろうが、性根も正体も覚束ない私がいくら頭を凝らしても、その境地にたどり着く兆しもまた覚束なく、ひょっとしてもはや、万策尽き果てた状態……。始まってまだ30秒。

 蝉しぐれが頗るうるさい。こりゃ外国人観光客も驚くわ。温い風がザっと吹くたびに芝生の上の木陰が揺れて、聞こえないほど遠くの声が一瞬聞こえる。その彼・彼女はここにはいない。バーベキューの煙は鼻にこそばゆく、プールの水の塩素に抗う。つまりこれが夏。これが常識。子供の頃から一切疑わずに見てきたすべてが常識。是も非もない。そして今、これまでじっと見ていたその絵に、実際に触ってみるんだよ。怒られるぞ! でも構うもんか! 何としても何とかこの常識の範疇で私も、なんにも衒わず、本当は、本当に心の奥にある気持ちを自分の好きな形にして、慟哭するがごとくに告白してこの場の全てを終わりにしたい!

 だから……、緑君。言うよ。いい?

               《続く……。》

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『いきてるきがする。』《第20部・春》



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  第102章『後縦靭帯骨化症という愛。(最終章)』

 何か付いてます?『昔の子』が私に言いました。いや、何も付いてないよ、と慌てて誤魔化した時の私はきっとだらしない顔をしていた事でしょう。

 昔の子……。何か付いてるどころかもう、私には今にも君の顔が全く見えなくなりそうだよ……。

 トラック島で私は伯父に会いました。彼は確かに私の伯父です。私が生まれるずっと前に亡くなった実父の兄です。それは確かに私の記憶と想像から出た伯父でしたが、私にとってはもう確実な存在としてあるのです。

 初めて会う親。初めて会う兄弟。それをあなたは根拠もなく否定できますか? 出来ないはずです。たとえ会う事は生涯一度もなくともその存在を否定することも、出来ないはずです。実際に私には子供のころから一緒に暮らしていた祖母とは別に、実父が赤ん坊のころに早世した血の繋がった実の祖母がいる事を知ったのは、私が親元を離れ、大学を卒業して東京で一人暮らしを始めてしばらくたった後の事でした。へぇ~と驚きましたが、私はその新しい祖母の存在を全く疑う事なく信じています。同じようにこの私の記憶についても私にはもはやウソとも本当ともなんの確信もありませんし調べようもありませんが信じています。だからまあ、それはそれとして……。

 いろんなところにストレスがかかっているのだけは偏に、私のだらしなさに尽きると思っています。何でもかんでも曖昧に誤魔化して逃げてきたツケが今、回っているのだと思っています。誰も助けてくれないのも無理はありません。誰が一体、私の妄想じみたお話に真剣に耳を傾けるというのでしょう。そう、この私の罪業は不幸な事に、誰の目にも止まらないのです。同じように私の悲鳴も、誰の耳にも届きません。そして私をこの地獄のような、想像ともウソとも、正解とも誤解ともつかない、極めて頼りない現実をから助けたければ、その人は私の息の根を手一刻も早く止める方法をまず考えなければなりません。少なくともそれに準ずる状態に私をしなければなりません。

 

 そういう意味でもやはり、私にとって後縦靭帯骨化症はかけがえのないだと言えるのです。そしてそれでもまだ私はどこかでまだ逃げ道はないのかと探しているような気がしてならないようです。そして、これはうがった考え方でしょうけど、私にはきっとそうやって逃げ続ける才能が、他の誰よりもずっとあるようなのです。逃げ続けたその先には、ひょっとして、これまで誰も辿り着いたことのない大正解があるんじゃあないかという、他かからすると全く噴飯物な淡い期待を、どこかに持っているような気がしてならないのです。

 まったく、神は私をどうしたいのでしょう? いいえ、それは逆で、

 私は神をどうしたいのでしょう?

 トラック島は私が考えていたよりもずっと日常の中にあって、平常で穏やかで、『戦争』という圧倒的に違いないと思っていた出来事でさえ、その生活のほんの一部しか支配してない事を体で感じることができたのです。われわれはこの『日常』という固い膜に守られて、その他のすべてはその膜の中で過去の事として思い出すほかに何も出来ないように思えるのです。

 このまま、ひょっとして日本は、トラック島は、戦災を逃れ、平和的に終戦を迎えるのかもしれない。それを戦後日本政府の偏向教育によって、『日本はアメリカによってコテンパンにやられて、原子爆弾を落とされボロボロになり、そして無条件降伏をした。』というウソの洗脳を受けていただけで、本当は、この島は戦争が終わるまで、まるで平常であったのかもしれない。

 本当に申し訳ないと思ったのですが、私はここでいったん、この想像をやめることにしました。昨日病院で撮った首のMRI映像と同じように、トラック島に関する私の記憶は、一つの頼りない思い出に変わりました。

 ほらね、ここがこんなに狭いから、おそらくしびれも痛みも、ここら辺から来てるんだと思います。

 だ、そうです。それ以上、何も言う事も訊くこともありませんでした。

 『昔の子』は、どうやら初めから私の伯父であったようです。群馬県吾妻郡長野原町応桑にある諏訪神社の道祖神の写真を見た瞬間、 私はそこに見知らぬ伯父の姿をありありと見たのでしょう。それ以外にこの物語が始まる理由が、私には見当たりません。

 ただ彼は戦地、トラック島の大空襲で死んだのではなく、本土で餓死したのだと。そう本人が言っているので、私はそっちを信じることにします。

 私は残り少ないかもしれない自分の時間が、せめてこのお気に入りの記憶とともに、できるだけ長く続く事のみを祈ります。そしてこの、後縦靭帯骨化症という愛は、もがき苦しんでいる私をほんのしばらく、時代も性別も何もない真っ白いシーツのような場所にそっと置いてくれたように、今はそう思えてならないのです。

 



      第101章『後縦靭帯骨化症という愛。(その5)』

  乗合の馬車に乗っていて、道もガタガタであるはあるのだが、どうにも揺れが危なっかしいようでふと外を見ると、左前の車輪を止める金具が緩んでグラグラと今にも外れそうになっているのだ。しかし御者はとんでもない老爺のため、ぼんやりと前は見ているものの横も後ろも全く見ていない様子。

  これは例え話。

 やがて轍を跨ごうと馬車全体がぐらりと揺れた時、とうとう金具は外れて落ちて、コロコロと転がって路傍に消えた。もう限界だ、外れるのは時間の問題だ。

 見ると子供を抱いた人も乗っている。その人は愛おしそうにお子の顔をのぞき込んでいるが外の様子には全く気付く様子もない。馬車は当たり前に目的地に着くと信じ込んでいるようだ。我が子が愛おしいのはわかるが、今は顔を覗き込んでいる場合じゃない!

 その焦りから、私の額には大量の汗が浮いてきて、

「どうしたい?兄さん、気分が悪いのかい? 馬車に酔ったか? 都会モンかい?」なんて向かいの赤ら顔にまで言われる始末。だって危機迫る現実が、目の前には全く現れてこないのだから。実際、旅人である私としては洒脱な返しの一つもしたいのだが今はそんな余裕はない。一刻も早く飛び降りるべきなのだが、そんな現実が現れない以上、私はなんと言えば、この人達を、無事にスムーズに飛び降りさせる事が出来るだろうか……。

  まあ、これぐらいにして……。

 結論から言うと私はその店を喧嘩同然でやめたんですが、それはもう、入社から10年も経った後の事でした。その間も、例の無意味な序列と慣習はまるで家宝のように連綿と受け継がれ、それに私もさほど不満も感じなくなっていたのです。人が口にするものすべてが料理というならば地球はさながら大きな台所だ!私はそんな言葉を反芻してはその大層な無意味さに、ププ、と吹き出しそうになりながら、日々チャーハンを炒め、野菜を炒め、中華麺を茹で、カツを揚げていたのです。しかしいくら私が悪人を装ってみせても、本物の悪業をやり続けるにはやはり限界があるとわかったのです。かつての私の夢・目標はすっかり干からびて形見のようになってはいましたが、まだ懐に奥深くにあったようです。そして、じゃあ最後に訊くが、これとこれ、どっちが自分に正直か、と自問した時、私は私なりに、たとえ何の得もなくても、少しでもこの無意味な序列と慣習に亀裂を入れてやろうと、それこそがここにいる柑橘たちに対する本当の仏心・愛なのだろうと思ったのです。

 社長。僕、今月で退社します。

 こうして10年間も続いた、一番の年嵩で、一番新人で、一番仕事が出来ない、という看板は下ろされました。しかし私はわかっていました。弱い組織ほど、そういう看板が思わぬ大きなものを支えるようになっている事を。粗悪な組織ほど、そういう捨て石のようなモノが絶対必要不可欠であることも、私は十分理解していました。だから、結局私は意地悪でした。例の4種の柑橘類たちの不健康な惰眠にも、そっと毛布を掛けてやることを忘れませんでした。眠れ、眠れ、と欲しがる老人の意のままに、私は消化の悪い脂身を食べさせ続けたのです。

 

 老社長は一瞬、驚いたような顔をしましたがすぐに渋面に戻り、まあ、うちもね、そんな、よけいな人をね、雇う余裕もないわけだから、やる気がないなら、やめてもらって結構ですよ。 と言いました。やっと辞めたか、という空気が一瞬で厨房に充満するのが分かりました。彼らは一致団結して役立たずを追い出してやった。という事に満足げでした。しかしそれは単に寝ざめの心地良さでした。その心地よさと引き換えに、彼らの惰眠はあえなく終わりを告げたのです

さあ素敵な夢は終わったよ。どうする? 

 このうえ二度寝をするというのならもう知らない。勝手にしろ。結局私は一人で馬車を下りることになりましたが最後に一言、車輪、もうすぐ外れるからね。といい残したのです。

 これは決して、私の当てすっぽうの恨み節ではありませんよ。彼らの世界では知りませんが、私の世界では実際その通りになりました。そしてやはり、私の気持ちは彼らを残して一人で馬車を下りたという後ろめたさでいっぱいになりました。私は自分の現実を信じきれなかった不甲斐なさ、無力さを感じながら、よたよたと走り去る馬車を忸怩たる思いで見送ったのです。

               *

 どうしたらいいんでしょう? 私は萩原にそう尋ねました。

大戦中の日本兵は、はたして女をどう扱うものなのか、私にはわかりませんでしたから。

萩原は「私の親戚の令嬢なのだから堂々としていればよろしい。」そう言ってくれました。その言葉は優しく、凛としており、私は少しホッとしました。そして妙な気持になりました。それは恋愛感情のような、ずっと寄り添って頼って歩きたいような慕わしい気持ちでした。少しうっとりとして歩いていると、

「ところで君はいつここへ来たんだ?今どこのお世話になっている?」と萩原は私に訊きました。そりゃあ、当然そう思うでしょう。これは私の頭の中の世界ですから、どんな出鱈目でも本当になるはずでした。でも私の頭はもう、少しの出鱈目を思いつかなくなっていました。他の兵隊たちは少し足早に酒場へと向かって歩いていました。ネコのいい匂いも、車輪が外れそうな馬車も、そして自分が女子であるという事も、すべてをそのままにして、私には一つの答えしかないように思えたのです。

 あの……、もし、今、戦争中でなかったら、私が、あなたの姪でもなかったら、どうします?

 こんな拙い言葉では何も伝わらない。私は萩原に妙な疑いを抱かせてしまったかもしれない。そう思いました。なんなら私は今すぐにパソコンを閉じて元の世界に戻ることもできたでしょう。そうしてこの悪魔のような、『後縦靭帯骨化症という愛』に甘んじることもできたはずです。

「同じ事だ。」 萩原はそう言って笑いました。

 何も変わらない。私を取り巻く環境なんて、私はまるで門外漢だよ。私は生きている。それだけだ。それだけで十分だ。君が戦時下ではないと思うのならそれで結構。私もそうしよう。私の姪ではないというのなら、それでも結構。そうしよう。この少し後、私はきっと奴らと一緒に酒を飲むだろう。私もまったくその気でいる。だがその前に、いきなり飛び出してきたどこかの誰かに射殺されるかもしれない。それは戦時下であろうとなかろうと、君が姪であろうとなかろうと関係ない。つまり何の問題もない。生きるとは実に単純明快な事なんだよ。

 萩原さん、この島はもうすぐ焼け野原になります。アメリカから攻撃を受けるのです。 私は思わず言いました。これは明らかにルール違反です。しかし萩原は、

 同じ事だよ。と、やはりそう言って笑うのでした。

                  *

 六義園に花見の団子を届けるため、荷台に無理矢理番重を括りつけたブサイクな自転車で、よたよたと危なっかしく車道の右を走ったり左を走ったり……。終戦直後とは違うんだから、交通ルールぐらい守れよ!死ぬよ。

 それでも80歳を過ぎているとは思えない巧みなハンドルさばきで六義園に着いた老社長は私に、ほれ、食え。と、注文の箱の中からみたらし団子を一本私に差し出しました。

 これは注文の……。

わかりゃしねぇよ。食え。

 枝垂桜の前のベンチに腰を下ろし、池を眺めながら老社長は言いました。

 お前なんて、どこいに行っても使ってもらえないよ。もっと素直にならなきゃ、可愛がってもらえないよ。人間はな、可愛らしさが一番大事なんだよ。戦後の日本みたいにな。あの頃、もし日本人が強がってたら、アメリカは容赦なく日本を滅ぼしただろうさ。皇室も、政治家も、大人も子供も、一丸となって、可愛らしく連合国に媚びたから、今の日本があることを忘れるな。

そりゃ、悔しかったさ。でもそうすればその日一日がをより楽しく生きてられる。強がることが一番じゃない。人生なんて、その日の飯が旨けりゃそれで十分なんだよ。

                *

 やっぱり、私は、失礼します。 そういって立ち止まると、萩原も立ち止まり、そうか、まあ、十分に気を付けて。そう言ってそのまま立ち去りました。長い影を引くその後ろから、大人用の自転車を三角漕ぎをする少年がまた一人追い越していきました。あの少年は将来、本土に戻って巣鴨で小さな団子屋を始めるかもしれない。そしてその店は、地蔵通りブームの波に乗って食堂へと拡大して、やがて箸にも棒にもつかない、ひねくれた男を雇うかもしれない。そのためには是非ここが、焼け野原にならないように、私はせいぜい別の未来を創造するしかない。それしかないんだろうか。

             <続く。>

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 第100章『後縦靭帯骨化症という愛。(その4)』

 ポカポカの日差しの中でネコの背中を撫でています。

日向のネコの背中は、嗅がなくてもいい匂いだとわかるんです。この『日向の猫の背中はいい匂いい』というのはおそらく世界共通の錯覚だと思われるのです。

 つまり全世界が共有する錯覚は、確かにある、という事になりますよね。でもそれって、錯覚、なんでしょうか? 実際となにが違うのでしょう?

 私は私という人間にさほど興味はありません。顔が良かろうが悪かろうが、頭が良かろうが悪かろうが、スタイルが良かろうが悪かろうが、家柄が良かろうが悪かろうが、育ちが良かろうが悪かろうが、健康が良かろうが悪かろうがどうでもいい。私が興味があるのは、私の周りの出来事のみで、それにはむしろ病的に興味がある、と言えそうです。

 私が言うこの、病的、と言うところには、私の身体の、或いは頭の中の、感覚やイメージ、記憶などを、あたかも蝶の収集家のように、それぞれの種類・色・雌雄・形捕まえた場所・季節ごとに、狂気じみた正確さでびっちりと並べてはそれを眺めることを言います。

 店は春の日差しに溢れています。『昔の子』『今の子』はいつもと変わらず、来客に備えて掃除したり、商品のレイアウトを工夫したりしています。それはいつもと一緒。彼らはそうして、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の様子を見せてくれますから、今は春のそれ。ただそれだけ。今年40歳になる2匹の金魚も頗る元気な様子。私はそんな、猫の匂いのように、いつでもいくらでも疑える目の前の光景を敢えて一切疑いません。そして私はきっとまた、フラフラと自分の立ち位置を変えて、ここに来たり戻ったり、トラックを運転したり、ギターを弾いたり、バイクに乗ったり、風呂に入ったり酒を飲んだり、将来を案じて捨て鉢になったり、なにかに一縷の夢を見出したりしながら、その度事に私の周りに現れるこの世界をまったく疑う事なく現実として、創造するともなく想像しては観察していく事でしょう。

                *

 厨房には私のほかに4人の調理人がいました。私は基より人好きのするタイプではないので、ここでもまた少なからず人間関係に問題を作りました。 だいいち料理に関しては全くの素人の私が、一番の年嵩という面倒くさい立ち位置に加わったのですから当然、空気はこの、小さなパラドックスを楽しみ始めるのは当然の流れなわけです。包丁の持ち方も知らず、カレーすら満足に作れない私に奴らは嬉々として、「俺、カレーが作れない奴生まれて初めて見たよ。」などと嫌味を言いましたが私はそういう連中の方にこそ、これまで嗅いだことがないような強烈な腐敗臭を感じたのです。それはあまりにも哀れで痛ましい、長い時間蔑ろにされた挙句、救われる事なく腐敗した焦りと諦めの放つ臭いで、それはこの連中が若くしてすでに頭打ちで終わる寸前である事を、こればかりは年の功でしょうか、はっきりと感じることが出来たのです。そしてこここそが今私がいる現実の中の一番つまらない部分。こんなつまらない想像をするから、こんなつまらない現実が出現しまうんだと。あぁ、恐ろし、恐ろし……。と心底思ったのです。

 この4人を仮に、八朔、蜜柑、柚子、ネーブル、としましょうか。私は当初、自分が飲食店を経営する際のノウハウを得るためにここに入ったつもりでしたが、実際には役に立つノウハウは何一つありませんでした。あるのは意味のない序列と慣習だけ。そこにこの4種の柑橘は、駄々ぶちまけたように転がっていたのでした。

 まず八朔は、ホテルの厨房でやってたという立派な肩書を持ち、技術もこの店では一番で、その事で老社長からも一番信頼があったようですが、当の本人にはまったく自信がなく、逃げ回ってきた事は間違いありませんでした。

 続いて蜜柑は、和食、洋食、中華、全部やってきたと豪語する割にプレッシャーに弱く、焦ると平気で生煮えのカツを客に出すような失態を犯し、言い訳ばかりが達者で腕のない、衛生に対する意識も低く、しかもプライドだけは誰よりも高い、無知と不摂生の権化のような男でした。

 そして柚子は、一応は料理学校を卒業しているらしく、理論派風、ではありましたが、何をするにも猿真似止まりでまるで閃きがなく、発想力の欠片もない迂闊な奴でした。

 最後がネーブル。この男は料理人云々以前に人間的に重篤な問題を抱えており、不幸な家庭に育ったらしく、愛情への猜疑と渇望が全身にむき出しになっていました。そして狭い檻のような心の内側から世の中を盗み見てはその内側に理想の楽園の絵を描いて世の中との関係を拒絶しながら手繰り寄せるような徒労を繰り返す、中でも一番危険な人間でした。

 そして、この集団を束ねる老社長は、自分が戦時中子供だった事を常に笠に着ては、「お前らは恵まれ過ぎている!だからアマちゃんなんだ!お金が貰えるだけありがたいと思え!」などと言っては早出・遅番を強い、賄いにまでいちいちケチをつけ、「昔は茄子のヘタだって食べたんだ!!」などと喚き散らし、そのくせレジのお金で孫におもちゃを買ったりと非常識極まりないルール違反も平気でやらかすのでした。

 こんな連中と綺麗な輪など基より作れるはずもなかったと今でも思います。私はすぐに関係を断ち切って、仕事だけに専念するつもりでいたのですが、それも無理でした。もし私がもっと器用であれば、或いはこの毒壺の轆轤を回し続ける事も出来たのかもしれません。しかし私はもとよりそんな器用な人間ではありませんし、毒壺を回し続ける事にも何の意味も見出せませんでした。私のそんな態度はすぐに周囲に伝わり、ほどなく誰からも嫌われるようになりました。バランスを崩した毒壺はたちまち倒れ、辺り中に毒をぶちまけたのです。連中はレシピノートを隠したり、ウソのオーダーを伝えたり、私の作った料理をそのまま捨てたりしました。そうすれば私が困るだろう、焦るだろう、叱られるだろう、きっとそう思ったのでしょうが、実際には私は作り直せばいいだけで、それは単に客が迷惑しているのだという事に、悲しいかなこの強烈な腐敗臭を放つ連中の知能では辿り着けなかったようです。毒が客席まで飛び散っている事に、奴らは終ぞ気付かなかったようです。

 因みに、『出汁の引き方を教えてくれませんか。』と頼んだ時。

八朔は、何でも訊くんじゃねー考えろ! と言いました。

蜜柑は、そんなもん、美味く引きゃいいんだよ! と言いました。

柚子は、わからない……。と言いました。

ネーブルは、それは人それぞれ違うから、と言いました。

 いずれ劣らぬバカな答えです。

正直に、知らない、と言えばいいのに……。

そして腐敗臭は一層きつくなります。私は限界にまた一歩近づきます。

             *

 トラック島の夕日はとても綺麗で、本当に戦時下なのかと疑うほどです。

海風がふいに私の髪を揺らしました。乾いた風は何千キロも彼方の波の音まで運んでくるようでした。祝日のない6月を前にウンザリとしていた私は、まさかこんなに綺麗な夕陽を見るなんて思ってもみなかったのです。

 心が緩んでいくのを感じました。ホッと息をつくとその場に寝転がってしまいそう。うっとりとしている自分は、ひょっとして、若くて可愛い女子なのかもしれない……。

ハッと我に返りました。そしてもう一度、頭の中を整理します。

 これは誰もが一度は考えることかもしれませんね。

 自分が、男性? 或いは、女性?

 

 しかし萩原が私を、徹さんの姪、と言った以上、私は女性でなればなりません。それは、『ネコのいい匂い』のように、いくらでも疑える現実ではありましたが私は一切疑わないのです。そしてそうする事は困難なようで、実際はそうでもない。

 あぁ、そうですか、私、女性ですか。そんなモンで止めておけばいいんです。実際そうですよね? 別の性になった感覚なんてもとよりありませんし、毎日毎日、そこまで性別って意識してませんよね?

 たとえ性的な関心が女性の方に傾いていてもそれでいいじゃないですか。

萩原にそういう性的指向を持った姪がいる事が、そんなに不思議ですか?不自然ですか?

 全然。性自認の多様性はなにも最近になって俄かに発現した事ではありませんものね。

  別の兵隊が、「よかったら一緒にご飯でも食べませんか?」と言いました。え?と言って思わず視線を萩原に向けた私の仕草は、或いは十分に女性的であったかもしれません。でも……。

 落ち着けよ。落ち着け……。私は自分に言い聞かせました。この時代の男女の関係について、自分は何も知らないのです。

            <続く>

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    第99章『後縦靭帯骨化症という愛。(その3)』

  もうどうでもいいや……と呟いた時、

ダメだ!という声に私はハッとする。

 こんな経験ありません?

 ふわふわオムレツを作っていて、まさに今この瞬間!!という大事なタイミングで突然ガスが止まってしまい、べチャッとした半かたまりの溶き卵は、とても残念な状態でフライパンの中でゆっくりと冷えていく……。

 それはその少し前に発生した小さな地震のせいで安全装置が作動してガスが止まったからなのですが、私はこの些細な出来事の源泉を、たかが私がオムレツを作るのを邪魔するぐらいの事に、こんなにも大袈裟な、地球規模の仕組みを使う馬鹿で幼稚なナニモノかの姿に見出したのです。そして私の目の前には本当に、醜悪なバケモノが現れたのです。

 バケモノは、

 やめろやめろ!全部諦めろ!何もかも、今すぐやめろ!諦めろ!と言いました。どうやらコイツは私を、コイツの住処である臭くて汚い所へと誘い込もうとそうとしている様子でした。

 え?諦めろって? このオムレツを?

 とにかく今やってる事をすぐに全部やめろ!すべて諦めろ!お前が解放されるにはそれしかない。ないんだよ!

 しょうもない一言ですが、これはこれまで一生懸命に、平穏無事に暮らしてきたつもりの私にとっては無礼極まりない親のエゴにも似た一言で、それはただ目の前のオムレツが一つ無駄になるだけではなく、これまでも、そしてこれから続くであろう身に降りかかるすべての出来事に対しても須らく、お前はこれまでどおり、無能で無慈悲で無責任であれよと、あたかも私の無知蒙昧を認め、優しく諭し、愛情たっぷりに導くかのように仕向けてくるのです。

 お前は、父か?

 (男の声)「悪いのはすべてお前だ。そうだろ? 卵が自分の好きな形にならなかったからといって勝手にがっかりして勝手に見捨てたのは誰だ? そう、お前だ。 オムレツだと? 違う、それは卵だ。誰かに食われるために生まれる卵などない。ガスが止まっても余熱で十分オムレツを作れるヤツもいれば、お前のように早々に諦めては地震のせいにして自らの失敗を他に転嫁しようとする愚か者もいる。それでも卵は、卵でい続ける。」

 それともお前は、母か?

 (女の声)「食べられるためだけに生を受けたというなら、この夢精卵という命の、何処にお前の理解が通じたというの? わかった。じゃあもし、この世のすべてがそんな風に生まれ、そんな風に消えるのだとすれば、お前は自分に何の価値を見出すの? 可能性? そうらもう引っ掛かった!そう。つまりお前のせいよ。この世のすべての悲劇は、お前のような身勝手な可能性を信じ、それが叶わなかった事を残念に思うヤツが生み出した悪夢に他ならないの。もし地球規模の力を尽くしてお前がオムレツを作るのを邪魔をしたと文句を言うのならば、すべてはそんなお前の浅はかさのせいなの!」

 じゃあいっそ、ぐちゃぐちゃにして炒り玉子にしちゃえばいいんじゃないの??

 (男女の声)「この大馬鹿者め! この期に及んでお前はまだ、安易に別のモノにすり替えて事をやり過ごそうとするのか!炒り卵など、誰が望んだ?誰が食べたいと言った? あまつさえ誰にも望まれず、何の可能性も持たずに生まれてきた可哀そうなこの無精卵を、無慈悲に、無責任に、ぞんざいに扱っては自分の失敗の代償を炒り玉子などという屈辱に満ちたレッテルを張ることでたった一つの卵に転嫁しようとするとは情けない……。まったくお前は、どこまで馬鹿で臆病者で卑怯者なんだ!」

 いや、オムレツだから……、卵は3個、使ってます。

 細かい事はいい!!!

 そうなんですよ。コイツ、目も当てられないほど醜悪な見た目のバケモノくせに、たまにこういう、愛情に似た臭い事を仄めかすんです。まるで満開の桜の園を吹く春風のように無垢に無作為に……。なんならこの世のすべてを散り尽くしたとしても、それは寧ろ望ましく、美しい事で、

 あるモノは無いモノの正体。無いモノはあるモノの正体。

 などと、笑うでもなく泣くでもなくただ一言……。

  色即是空、諸行無常。いいか、boy.

罪などもともと何処にもないのだよ。

あるのはお前のその、薄汚れた小さな『我』だけなんだ。

なんて占め括るのですよ。汚いっすよね!? 私は、

 どうしよ、失敗しちゃったよ。誰か、食べる? 

 と同僚の調理師に訊いたのですが、

  要らねぇよ。捨てちゃえよ。と言います。

 気付きましたか? 見えました?この一言の中にある、世の底辺を這いずり回り、逃げ回って尚、行き場のみつからない、垢じみた肌着のような薄っぺらい矜持一枚を羽織っただけの哀れな落人の姿が……。

 ふん、と鼻で嗤い、半かたまりの卵が残飯のカゴに落ちる、ドサ……、という力ない音を聞きながら私は、誰にも聞こえない声で呟きます。

  大嫌いなんだよな……、お前の、そういうとこ

             *

  ほう、ここに到着しましたか……。そうですか、はい。

 じゃあ。いいです。説明します。そう、ここは巣鴨です。

『おばあちゃんの原宿』として全国でも有名な、

『巣鴨地蔵通り』で調理師として働いていた頃の話です。

 そのころの私にはまだ綺麗な夢があったのです。

 ええ、甘えですよ。世の中が自分を必要としてくれているという、

とんでもない甘えです。

 私はここの他にも、日本橋の和食の名店『和田万』からも正社員の内定をもらっていたのですがそれは断りました。名店だか何だか知らねーけれど、私が自分を自分の夢へ導く上で、一番大切な事とは何かと考えた時、自分にとって都合がいい、という条件を何よりも優先させなければならなかったからです。そのために私は私が編み出した、私独自の方法で、この店を吟味する、実際に合わせてウソかホントウかを検証する必要がありました。私はまずは片手に私の夢を乗せ、もう片方の手にはそれのエサになるモノを乗せた姿勢で、失礼します。とこのいかつい店に入ったのです。夢はエサを食べたがりますが私はしっかりと手のひらを握り、『待て!』の状態を保ちます。そしてこの和田万のくれるエサと、一体どっちが好きなのか、しっかりと見据えるようとしたのです。

 しかし店に入ったその瞬間からもう、答えは打多様なモノでした。それというのも……、

 『和田万』有名料理雑誌に載るほどの名店のくせに、素人の私のわがままに対してあまりにも、イエス、が多すぎたのです。

 私、音楽やってるので長髪ですが……、

うちは帽子被るので、長髪はオッケーです。

 ライヴがあるのでちょいちょい休みますが……、

ドタキャンはダメだけど、一週間前に行ってくれればオッケーです。

 調理の経験、まったくありませんけど……、

うちはみんなそうですよ。親切な指導がモットーです。

 職場から遠いので交通費が高いですが、

もちろん、全額、支給します。

 全てウソだと見破るのは簡単でした。それは入り口に掛けられたいかつい金文字の木看板と、店全体から漂ってくる狂気じみた清潔極まりない匂いと、達筆なメニュー、磨き上げられたテーブル、そのきっちり揃った一つ一つに置かれた、一輪挿しに刺さった季節の花のこわばった表情からも確実でした。私は生涯、あんなに窮屈な顔をした花を見た事がありません。血が垂れたように赤い花にはもう何の生きた表情はなにもありませんでした。もしあんな言葉を鵜呑みにしてここに就職していたとしたら、私はあの花同様、初日から研修という名の苛烈で無意味ないじめにあって頭をおかしくしていたことでしょう。

これは憶測ではありませんよ。本当の事です。

 和食の世界は甘くない、なんて言葉を、どこかで聞いたことがないですか? それはどういう意味かというと……。

見習いの分際で休みなんかあるわけねーだろ。

先輩の言う事は絶対だ。

何でも訊くんじゃねー、見て盗め。

何度も訊くんじゃねー、一発で覚えろ。

 料理とは修羅の業、厨房は精神錬成の道場。

 でもね、そんなバカな事を言い出したのは、私が思うにせいぜい戦後になってからなのですよ。それは敗戦で矜持をすべて失って何も頼るものがなくなった日本人の心の隙を突いてまんまと真ん中に居座った邪気のようなものなのです。

 私のお爺さん、元帝国軍人のお爺さん。命を懸けて国を守ろうとした、本物の日本人のお爺さん。

 お爺さんはいつか僕に、『エエ時代になったんやから、お前は好きなことやったらエエ』って言ってくれたけど、良くなったのは栄養状態と治安だけで、人間は全然よくなってませんよ。寧ろ戦争の前よりも悪くなった。相手を騙すことしか考えなくなった。それって、相手を殺すことしか考えなかった戦時中よりずっと悪いですよ。

 一瞬で死ぬ薬を飲ませるよりも、一生苦しんでのた打ち回る薬を飲ませる方がよっぽど悪質だと思いませんか? 今の日本は国民全員がお互いにこの薬を飲ませ合ってるようなモノです。そして人間の可能性と幸福を、国家の平和と繁栄を、根底から完全に抹殺しようとしているのです。お爺さんが命懸けで守ろうとしたこの国は今、この国の民によって毒殺されようとしているのですよ。

                 *

 私はその背の高い兵隊に話しかけました。

もしかして、萩原、さん、でしょうか?

 伯父の苗字は母方の『萩原』だったと聞いていましたので、私はイチかバチかそう訊いてみたのです。その兵隊は、

 ん、そうだけど、君は?だれかな?と言いました。私は自分とその人の関係を一瞬で偽造しなければなりませんでした。

 はじめまして、私は、徹(とおる)おじさんの甥で、茂(しげる)と申します。

 まるでウソです。私には祖父の弟にあたる徹という大叔父は確かにいますが、大叔父に茂という甥がいるかどうかは知りません。もしこの兵隊が本当に私の伯父であるならば、私はこのにあたるわけですが、父はこの頃また小学生。その息子というのはいかにウソでも不自然で、そうなると大叔父の息子あたりが一番適当かと思ったのですが、それだと今度は私はこの兵隊の従兄弟という事になり、従兄弟ならば存在を知っている可能性も高く、『そんな従兄弟はいないよ。』と言われてしまうかもしれない。私はとにかく、この萩原と私の関係を是が非でもホントウに持っていきたかった。ならば、再従兄弟ならどうだ??しかし萩原は、

 甥? 姪だろ?

と、予想だにしない事を言いました。

 忘れていました。私は自分の性別を設定していなかった。そこを萩原に突かれてしまったようです。さすがに驚きましたが、それでも私は決して動揺するわけにはいきません。是が非でもホントウに持っていくためには、これはいついかなる時も尊重されなけらばならない鉄則なのです。

 『耳が1メートルあって、鼻が2メートルあって、その鼻の先でピーナツを一粒掴むことができる体重が4トンの生き物がいる。』

 こんなに荒唐無稽な条件を受け入れなければ、ゾウを受け入れらないのと同じ事です。

 ましてこの世界は、私が全責任を負うべくして私の頭の中から創出された世界なのですから、私がそれを疑うわけにはいかないのです。

 私は、姪……。 萩原は、

 徹さんに姪がいたんだね。知らなかった。初めて会うね。

と言って笑いました。

 きっと事実とはそういうものです。日本人がデタラメな日本語をしゃべれないのと同じく、身内である私には出鱈目な親戚関係は想像もできないのでしょう。

           <続く。>

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 98章『後縦靭帯骨化症という愛。(その2)』

 いざ年が明けるとやはり、こんな私のところにも来るんですね、年賀状が。

 毎年、数枚。もちろん迷惑ではありませんよ。ありがたい。こんな私に過分なお気遣いをいただき誠にありがとうござます。ただ、去年を持ちまして、私、年賀状という習慣を卒業させていただきました。お返事はもちろん致しますが、元旦に届くよう前もって投函することは今後ございませんので、何卒ご理解いただけますようよろしくお願いいたします。最近は私のように、年賀状を卒業する方々も増えていると聞きます。携帯メールの普及、紙媒体離れ、等々、それぞれに様々な理由がある事と思いますが、わたくしにおきましては偏に、『面倒くさい』であります。いえ、だからと言って不義理を働かぬよう、返事をする準備だけはこれまで同様、もう前年の内から出来ておりまして。それというのもこれまで同様、干支にちなんだ動物をあしらったレコードのジャケットを選び、それをちょっと加工し、迎春を寿ぐシンボルとして使う、というモノです。今年はアリスクーパー『コンストリクター』をアレンジ。正月早々、こんな年賀状が着いた方は、さぞ驚かれることでしょう。

 さて……、

 春というにはまだまだ寒いようですが案の定、正月なんてあっという間に過ぎて今は早3月。一睡の肘を突いただけでもう春も半ばでございます。梅は、桜は、いつ咲きましょう? などと知っていながら知らないような顔でうそぶいてみせるのも、美しき日本国民総演出の予定調和で、誰も答えなど欲しくない、ただ質問してみせるのがまたいいんです。

 なぜいいかって、これは大切な事で、たとえは我々は毎日、こんにちは と挨拶をします。これもそもそもは、こんにちは? という相手の予定を気に掛ける疑問文でありまして、不具合がありませんように、失敗なさらぬように、それだけ気に掛けておりますだって、私たちは心底信頼しあった日本国民同士ではありませんか! それぐらい心配したところで当然でございましょう!という意味なのですから、よくよく重要な文言と言えるのです。

 そういう、言わば慣れ事の中に我々は、恒久に対する敬意と親しみを含ませている。これがまた大変な美徳で、日本人とはそもそもにしてそういうことをする民族なのです。

 さてそう言う間も、私はまた何んにもしていません。この3か月間、私の態度はずっと保留されていたわけです。そして、桜が咲いたな。アジサイが咲いたな。ヒマワリが咲いたな。コスモスが咲いたな。山茶花が咲いたな、と。そこまでは簡単に辿れるのですがしかし、それが何年前の、何処に咲いた、桜か、アジサイか、ヒマワリか、コスモスか、山茶花か、なんて事までは、それに付随する別の記憶を頼らなければ思い出せかけもしません。私は毎年、それらの季節の花々の記憶を押し花のように潰して、重ねて、そのくせ二度と見ようともしないのです。

 残念ですね……。それに残酷です。私はそうして自分の時間を、経験のほとんどを無駄にし続けていると言っても過言ではないのです。

 そのくせ、こうして唐突に思い出してみては、あれはどういう事だったのか。それに従っていたとしたら、今のこれは実際はどうなっていたのか、なんて思いを巡らせては、一見汚いもの、子供の頃の喧嘩にぼろ負けた記憶や、やっと見つけた自分より弱そうな子を心ゆくまでイジメた記憶などにほど同情し、あれはもしかして、愛だったのかもしれない。これはもしかして愛なのかもしれない。なんて都合勝手のいいように解釈してはのぼせているのですからまったく世話がありません。

 そしてまんまと、今回も私の甘い勇気が試されました。そして性懲りもなくまた、私が病む、後縦靭帯骨化症は私への尊大な愛である。と、結論付けてしまったようです。私の昔からの性癖として、自分の勝手な思い込みを実際に従って検証して、少しでも納得出来ない場合はそれが ウソである、と結論付ける、というのがあります。それがたとえ、科学的に疑う余地がないような事であっても関係ありません。私の検査に合格しなかった事象はすべて、 ウソである。という事になるのです。当然、その逆も然り。

 私の子供を身ごもったかもしれないあの女子大生も、お金持ちを装って虚飾の豪邸で私をもてなしてくれたあの色白の少年も。実際には、いたのか、いなかったのか……。

                    *

 実際に目の前にいて細々と立ち働くのこの2人を疑う事は難しくても、頭の中にいる2人ならいくらでも疑えます。今私は、3月の麗らかな日差しになびくレースのカーテン越しに揺れる数本の電線をぼんやりと眺めています。視界を分別するその幾何学模様はまるで私の体を早々と麻痺させて、私を一つの時間と場所に杭留めようとしているようです。今の私には、曲線は生きているように感じられ、直線は死んでいるように感じられるのです。そしてその直線が今、直線のまま、風にふわふわと揺れている……。

 同じ事はこれまでも時々、電車の中や町の中でも起きています。見ず知らずの人が私にまるでかかわりなく目の前にいるという事に、邪悪な仄めかしをごまかせなくなることがあるのです。

 この人は、僕の親なのかもしれない。恋人なのかもしれない。いつか僕を殺した犯人なのかもしれない……。

 

                  *

 伯父はトラック島の空襲で命を落としたと聞きました。享年18歳。私の実父の9つ上で、色白の男前だったと聞きました。声も身体も大きくて、運動神経抜群で、リーダーシップがあって、将来は学校の先生になりたいと言っていたそうですが、伯父と同じく帝国軍人だった祖父は息子には家業の写真館を継がせようと思っていた様で、教師になる事には反対していたそうです。しかしいざ、自分より先に亡くなってみれば、なんでもいいから元気で生きていてくれればそれが一番だと思い直すようになったそうです。そして私に対しても、

「好きなことして好きに生きていったらほんでええ。こんなええ時代に生まれたんやから。それができるようになったんやから。」と穏やかに言ってくれました。

 伯父の写真はありません。伯父を知っている人ももういません。そして私はまた例の性癖で、年齢の近い『昔の子』と伯父の関係を実際を理屈に従って照らし合わせて、もし合致する点が少しでもであればもう、私は『昔の子』とは私のなき伯父である、と結論付けようとしています。ずいぶん面白くなくなりますが、こうして時空を超えて会っている事がすでにファンタジックであります。

 結論ありきでは結果を恣意的に歪めてしまう、という懸念もありそうですが大丈夫。われわれが思う実際なんて全て、そのフィルターを通して出てきた複製物でしかないのですから。

 私はひとまず、伯父が命を落としたというトラック島の船着き場の端に立ってみました。何も難しく考えないでください。すべては想像でいいんです。私だって実際にトラック島がどんな所かなんて知りません。でも大概はそうなんです。今、あなたが座っている後ろの本棚や食器棚の何段目に何色の本やお皿が入っているかなんてわからなくて当然です。確認さえしなければ、それはあなたの思い通りでいいんです。先程も言いましたが、実際は想像の複製物ですし、想像は先入観からしかチョイスできないし、先入観がないと目の前の事を何も理解できない事はもうお気づきのはず。

               *

 さて、生暖かい風が吹いています。石炭の臭いに混じって夕餉の匂いが漂ってきます。驚いた事に、こんな小さな島にもちゃんと町があるんですね。さすがに看板の文字などには多少の違和感はありますが、昔の映像として見るのとは違ってそれは現実の風景としてすんなりと受け入れられています。

 子供が自転車を漕いでいきました。今の子供よりも小さいけどすばしっこそう。夕暮れ時、ライトを点けた車と点けていない車があります。

 目の前の兵舎らしい建物から一団が出てきました。みんな若くがっちりと引き締った体躯ですが、大人もやはり、今の大人よりも少し小柄に見えます。

 しかしその中に、ひときわ背の高い兵隊がいます。他の兵隊よりも色白で、話す声も大きく響きます。

 あれが、私の、伯父? 兵隊は一人一人、私をちらっと見てそのまま通り過ぎていきました。赤信号を待つその一団の様子は私が知っているの日常の風景となんら変わりません。一日の仕事を終え、同僚とそのまま飲みに行くサラリーマンの一団となんら変わりません。戦時下にもありふれた日常があり、ありふれた日常の中にも戦争がある。こんな当たり前のことに、私は初めて気づきました。ここが、あと少しすれば見る影もない廃墟と化すことは、本当なんでしょうか?それはもう、絶対に避けられない事なのでしょうか?

 私はそんな想像を、やめたり、また始めたりして、何かのバランスを取っているようです。それは個人の心のバランスよりもやや大きくて、やや難しいバランスです。私は極限まで自分の世界を譲る必要がある気がしてきました。みなさんは私が今、具体的に見えて当たり前で避けようのない風景だけを描写したことに気付いたでしょうか。私は怪しまれないように少し離れて、その兵隊の一団についていく事にしたのです。     続く……。 

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『いきてるきがする。』《第19部・冬》



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   第97章『後縦靭帯骨化症という愛。(その1)』

  だいぶ症状が出始めてますね、と言われた。

『後縦靭帯骨化症』って知ってますか?

 頸椎の神経の周りの靭帯『骨化』、つまり骨になってしまう病気で、骨化した靭帯はやがて神経を圧迫して、ひどくなると首から下が麻痺して動かせなくなってしまうという原因不明の難病です。

「ほら、交通事故などで頸椎を挫傷して首から下が動かせなくなったりするでしょ。あれに似たような状態になる。まあ似た症状といっても程度は人それぞれなんですが。」

 と新しい主治医は残酷なほどわかりやすく私の今の状態を説明してくれた。

 うん、確かに。そう言われれば以前よりもノック式ボールペンをカチカチやりにくくなった気がする。細かい文字も書きにくくなった気がする。そうか、そうなんだ、じゃあ私はいつか首から下が動かなくなってしまうんだ……。

いえいえ、まだそう決まったことではないんですが……。

 電動車椅子に乗って歩道をヨチヨチと進む年老いた自分の姿をぼんやり想像しながら私は、じゃあ、パソコンは? と間抜けな質問をした。

 もちろん、そうなってしまったら打てません。とまたわかりやすい答えが返ってきた。 

 そりゃ、そうだろうね……。

 まあこれも一種の老化と考えれば、誰しも生老病死は免れぬわけだから、サッサと諦めて他の事を考えるのがいいのだろうが、だがしかし、つまりそうなると私がコツコツと構築してきたこの、生ブログ風小説『いきてるきがする。』のデータをの更新が出来なくなってしまう事になる。つまりこの物語はそこで停止する。私の体同様に完全に麻痺してしまう。それは私にとっては一大事なのだが、そんな事とは気付く様子もない主治医は、「だから出来るだけ早い段階での手術するのがいいと思うんですが、はどうですか?」と言った。

「ん~……。でもね先生。前の担当の先生にも言われたんですけど、その手術をやっちゃうと首が動かせなくなるんですよね。」と私が言うと新しい主治医は、そうです。とまた至極当たり前だというような顔で答えてくれた。

「それはつまり、今のドライバーの仕事はもうできなくなるってことですよね。後方確認とか、出来なくなってしまいますもんね?」

 それに対しても主治医は、「ですね、おそらく。」とまた端的な答えをくれた。

「それに、手術したからって、必ず良くなる、もう再発しない、ってわけでもないんですよね。」

「そうですね、手術しても今より良くなることはありませんし、再発の可能性は常にあります。」

「でも、首が動かなくなるって事だけは、確実なんですよね。」

「そうですね、プレートで固定してしまいますから。」

「じゃあ、今すぐにはちょっと無理かなぁ……、」という私の囁きに対し新しい主治医は「じゃあ今度は3か月後の2月でいいと思います。まあ進行性の病気ではないのでね、何かあったらすぐ来てください。」とあっさりと話を引っ込めた。

                *

 病院を出ると空気は冷たかったが、並木の木漏れ日は斑に暖かかった。そのどっちつかずなバランスが自分の『今』を如実に表しているかのように思われた。

 あぁ……、今の自分には、面白い事と辛い事が混在して一気に進行している。

 このお互いに無関心で決してぶつかり合うことない2つの側面は、時間になったり空間になったりを繰り返し、やったろか? やめたろか? と私の『今』を鷲掴み、捩じり上げていく。そして新しい主治医の「出来るだけ早い段階での手術がいいと思うんですが、どうですか?」という言葉そのままに、私を救おうとしたり、奈落の底に突き落とそうとしたりしている。

 しかしそれは残酷なようでいて実は、とても尊い愛でもある。

               *

 いいかい、お前はバカだけど根はいい子だ、要するにリハーサル通りの態度で望めよ、と母の冷たい手が散髪したての私のザンギリ頭のポンポンと叩いた。それは来るべき状況に対する、あらかじめ与えられた愛情でもありまた懲罰でもあった。私は兄弟たちと一緒に父の運転する白いマークⅡに乗り、隣町の祖母の家までお正月の餅を丸めに行く。タバコと消臭剤の匂いが入り混じった地獄のような車内は、時間と空間がそうするように、きっと楽しい事があるぞ、という気持ちと、また一人ハブられて悲しい思いをする、という気持ちをぐるぐると捩り合わせ私を締め付けていた。私はずっと不思議に思っていた。なぜ私よりも年下の従妹たちが、当たり前のように親戚の輪に入り込んでいるのに、私は未だにその輪に入れずにいるのだろう。そんな事を考えてオドオドとしている私の挙動が余程皆の優越感を刺激するらしく、従妹たちは、私の一挙一動を間抜けなモノとして茶化しては笑いの種にし、ますますその『親戚』という、私から見れば氷の結束を強固していく様だった。

 やがて粉が敷き詰められた長い板の、一番遠い端に私は笑い合う従妹に混じって座らされた。これから始まる悲劇は容易に想像できた。初めからわかっていた事は、おばあちゃんが投げる餅など、私のところには届かないということ。

 京都のお正月の餅は丸餅。

  おじいちゃんによって突かれた餅はおばあちゃんによって手際よく適当な大きさにちぎられ、そのまま孫たちが待ち構える粉を敷き詰められた板の上にポンポンとリズムよく放り投げられる。

 年かさの4人の孫たちが素早くそれをつかんで左手をお皿のように、右手を伏せたお椀のようにして、両掌でくるくると丸めていく。その時も、時間と空間はまだ、自分も餅を丸めたいというワクワクした気持ちと、誰も私に餅を中継してくれないという不安な気持ちをぐるぐると交錯させ、尚私を締め付けていた。

  約40分。すべての作業は終わったがやはり案の定、私のところへは一つの餅も飛んでこなかった。

 それはわかっていた。そして私はこの時より、様々な嫌な事を覚悟しなければならなくなっていた。まず年が明けると、我が家はまたここに年始の挨拶に来るに決まっている。まあ、よく来たねぇ、あけましておめでとう、なんて一見にこやかに迎えられるものの、お前は従妹の中で一人だけ、一つの餅も丸めていないのに、いざ年が明けると、さも餅を丸めた従妹たちと同等の孫のような顔をして再びこの家に現れ、まんまとお年玉をせしめ、さも旨そうにこの、誰が丸めてくれたかもしれない他人の餅を、ド厚かましく貪り食うつもりだろう。

 という声がもうすでに聞こえていた。

 その日の夜は従妹たちとカードゲームをやった。私はやはり、おそらくは『私だから』という理由で一人前扱いはされず、おばあちゃんとペアを組み参戦した。

 おばあちゃんは優しかったが、どう考えてもこのゲームに於いて私の存在は不要だった。

 おばあちゃんは、勝ったり負けたりしたが、カードゲームが進むにつれ、私は不要という時間と空間の締め付けはどんどんと強くなり、とうとう耐えきれなくなり、私が、「家に帰る」と言うと、おばあちゃんはびっくりした様子で、どうして?どうして?楽しないの?ゲームしてんのに?と訊いた。その顔があまりに心配そうで、ちょっと申し訳ない気もしたが、私はもう、死んでしまいそうなほど、そこにいるのが嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌でたまらなかったので、両親と一緒にその日は泊まらずに家に帰った。誰もいない部屋の明かりをつけると、蛍光灯の寒々しい光の中にぼっと浮かびあがった居間の様子を、今も覚えている。この家でも自分は歓迎されていないことが改めてよく分かった。酔っぱらった父が、

「まったく、どうしてお前はいつも一人だけ違う事をするんだ。なぜ他の子たちと仲良くできないんだ。親戚に行ってまで、親に恥をかかせて、何が楽しいんだ。」とののしった。

                *

 

 私には今も、自宅の玄関の端に、人一人がようやくくくれるぐらいの穴がはっきり見えるんです。それはこの物語の序章で私が、あまりの自分の不甲斐なさに絶望して、もうすべてから逃げようとして、踏切に飛び込む代わりに飛び込んだその穴です。そしてその穴の中の様子については、これも序章で言ってますが、こうして皆様とのコミュニケーションが続く限り、今後も一切説明はしません。だからそういう意味でも、私のこの『後縦靭帯骨化症』は、皆様とのコミュニケーションを断ち切り、そして私をこの質の悪い抑圧から解放してやろうとしている、残酷な天使であり、優しい悪魔でもあるのです。

 私はいつもこうして常に私の目の前に重々しく垂れ下がる記憶の死骸を掻き分けながら、穴を潜り、あの二人のいる店を訪れているのですが……、

 もちろんそんなことは誰も知りません。

 2人の様子はいつもと同じ。今日も店を清浄に保ってくれています。麗らかな冬の日に照らされて、おそらく50歳をとうに超えたであろう金魚たちも頗る元気に泳いでいます。妻の焼いたパンの匂いも香しい。こんな現実があることも、おそらく誰も知りません。

 なんか売れた? と訊くと『今の子』が、最近は小物がよく売れます。と答えてくれました。

 そうですか。それはよかった……。

 しかしそう思いながら私は、いつか本当に私の首から下が動かなくなった時、この店はどうなってしまうのか。そうなる前に、私はこっそりとこっちの世界に移動してもう戻らず、動かなくなった体などそっちのけで、ここでこの2人と暮らすわけにはいかないだろうか。そもそも全体、あの穴をくぐった時から私はもう、自分が生きているのか死んでいるのか判然としないでいるのです。

 こんなブログで書き表す必要などない。私はそろそろあの2人と自分の関係を、つまり自分にとっての、あの2人の正体を見極めなければならないようです。それさえしっかりとすれば、私はもう頭の中で考えるだけで、悠々とこっちの世界で生きていける。あの金魚たちのように。

 私の記憶の中の、いったいどこにこの2人は引っ掛かっているのでしょうか。私の知っている誰に、この2人はそれぞれ当て嵌まるのでしょうか。まずはそこから考えてみたいのです。 

 戦時中に餓死した『昔の子』と、親からの苛烈な虐待に自殺に追い込まれた『今の子』。

 まずは『昔の子』

『昔の子』は戦前に生まれたのだから、現実には私よりもずっと年上だと考えられます。私に何の関わり合いもない人なのかもしれませんが、そんな人の事をきっと、私はうまく想像できないはずです。人が想像に及ぶのは実際に接した人に限られるはずです。それはずっと昔から、あらゆる美術・文学・音楽を通じて人間そのものが証明してきた、いわば人間の発想の定義であり限界なのです。いったい『昔の子』とは、私の中の誰の事なのでしょう?

 私には戦争で死んだ伯父がいるそうです。9つ違いの実父の兄。享年、18歳。少年というには微妙な年齢ですよね。とつとつと戦争について語る祖父の口からも、ちょこちょこと出てくるその人の名前は、もう忘れてしまったか、もともと知らないか……。 

                続く。


 第96章『ウサギとペンギン』

 去年はウサギの着ぐるみでエライ目にあったから、今年は普通のバイトにした。でもなるべくお金のいいやつ。年末までの短期バイトだから、多少無理してでも稼がないと彼女と過ごすスイートなクリスマス&ハッピーニューイヤーが今年もまた台無しになってしまう。

 彼女が欲しがってた服に合わせて、俺もそれなりにいい服を選ぼう。だからそのために、ちょっと怪しいけど時給がやけに高い、24時間徹夜通しのオフィスの引っ越しのバイトを選んだんだ。

 思えば去年は、本当にひどいクリスマス&ハッピーニューイヤーだったなぁ……。

               *

 JR大森駅前に午前5時半はまだ真っ暗で、よく見ると風に揺れる捨て看板に混じって、何やら怪しい人影がいくつかあって、パンを齧ったり、煙草を吹かしたりしている。とうとう俺も、この仲間に入ってしまったか……。

 初めに言っておくけど、俺は強烈なレイシストだ。人種とか国籍とか性別とか、そんなわかりやすいモノばかりじゃない。生まれた都道府県も、声も、顔も、血液型も、背の高さも、髪の色も、直毛かくせっ毛かも。とにかくすべての違いを、俺は差別する。そしてそのすべてにおいて自分がゼロ点で、それ以外はマイナス。

 だから俺の世界基準とは、

 日本人の男で、京都府出身のAB型で、声はやや低く、顔はやや大きく、身長は175㎝で、髪は巻き毛で、メンヘラで派手好きな日本人の彼女がいること。これが世界基準であり、それ以外はすべてがマイナス、ということになる。俺がこんな捨て看板野郎どもに混じってたまるものか、同じ仕事をしていても、猿と猿真似は全然違う!そうだろ??

 とにかく、平等なんて言う胡散臭い概念が世界中に差別をまき散らしていることはもう疑いようもない事実だ。俺はそんな茶番と一年かけて戦って来て、きょうやっとここにたどり着いた。ここは、どこだ?この世の底辺か? 俺はこの捨て看板野郎と一緒に、たぶんこのまま、今ハザードを点けながら近づいてきた小汚いワゴン車に乗せられてどこかのオフィスに連れていかれることだろう。

   いいじゃん、なんて普通なんだ。

 夜が開け始めた窓からベイブリッジが見えた。なに?横浜? そんな方に向かってるの? いろんな形のビルがたくさん並んでいて、まるで陽気な墓場のような街だ。隣のおっさんはぐっすり寝ている。ああ、コイツはこんな景色見やしないだろう、見たってなにも感じないだろう。ぼんやり酒臭い。こんなヤツでもできる仕事が、こんなヤツに払う金が、この世の中にはまだまだたくさんあるんだなぁ。先進国ってすげぇな、すべてが茶番だよ。ナメたもんだよ。

 オフィスに着くと、同じようなワゴン車から同じような連中がぞろぞろと降りてきた。いずれ劣らぬ、役立たずの顔。こんな奴らと仕事をするのは誰だって嫌だろう。そしてきっとみんなお互いを見てそう思っているに違いない。そして俺もそのうちの一人。

いいじゃんいいじゃん、極めて普通じゃん。

 仕事はきつかった。オフィスの機器は全部アホのように重く、昔やんちゃしてました、みたいないかつい現場主任が、精密機器だから揺らすなよ、壊したら自腹だからな。なんて言ってる。じゃあ試しに壊してやろうか。お前が主任なんだからお前が責任被らないわけねーだろ。

 そして昼。一応1時間の昼休み。飯を食うのも億劫なほど疲れていた俺は、黒コッぺを半分だけ食べてとりあえず寝ることにした。オフィスの床は思ったよりずっと優しい触感だった。

 ポツポツと水滴が落ちる音が聞こえる。それが何の音だか、俺は気付いていながら、ん? 何? 水道の、栓かな? なんて間抜けな事を言って笑っている……。

 俺は逃げている。本当の俺はしっかり手を握って、大丈夫だよ。大丈夫だよ。なんて囁いている。

「おい、起きろ。午後だ。」そういわれて目を開けると本当に午後になっていた。午後も仕事はきつかった。みていると、怠けている奴はだいたい決まっていて、軽そうなパーティションとか、電話機とか、コピー用紙の空箱ばかり運んでいる。行きの車の中で寝ていた酒臭いおっさんはもちろんこのグループに属している。同じ労働時間に対する仕事量の圧倒的な差が、レイシストの俺を寧ろ生き生きとさせる。俺の軍手はボロボロなのに、オヤジらの軍手は抜けるように白い。事故が起きればいい。必ず、明日の朝までに、どこかでデカい事故が起きますように。そんな言葉を呪詛のように反芻しながら、俺は敢えて重い機器ばかりを運んだ。本当のレイシストは行動が伴わなければ成就されない。違いを徹底的に見せてやらなければ、すべてがマイナスの野郎どもに本気で失望することなどできない。ビルの外に出るたびに俺の体じゅうからもうもうと湯気が立っていて、まるで印象派絵画のようになった自分が、実はそれほど嫌いじゃない。

 差別って、こういうところに優しく作用したりするから嫌われるんだろうな。差別の結果が美しいなんてそれこそ茶番だと。役立たずどもはそう言いたいんだろ?  

 頑張ったことがないお前らはこんな湯気、一生立てられないぜ。空箱ばっかり運びやがって。あの酔いどれオヤジに、仮に俺の仕事をやらせたら、湯気が立つ前に必ず言うだろうな。 差別だ! って。そうだよ、それがどうした?どっちでも好きな方にいろ!! 誰がお前なんか平等に扱うかよ!

 

                 *

 頭の中で槇原敬之などをかけながら、僕はウサギの着ぐるみを着て風船を配っていたんです。付き合っていると思っていた彼女が来月結婚することが分かり、もう気持ちがグチャグチャで、自分が人前で顔を曝していることにすら容認できなくなっていたので、僕は仕方がなくこの仕事を選んだんですが、やってみると、そこにはもう哀れな自分はいない。そればかりか知らない人までニコニコと手を振ってくれる。ウサギパワー、すげー!

 僕は自分にはウサギになりきる才能があると気づき、もう風船を嬉々として配りまくったんです。子供達は大喜びで受け取ってくれるし、可愛い女の子が、一緒に写真撮って、なんて。

 なんて素敵な、嘘っぱちな世界。

               *

「10月いっぱいで退社するって聞いたけど、そのあと、どうするの?」

「結婚する。」

そんな言葉って、この世に、ある?

 急に心が逆戻りした。せっかく自分がいない世界を思う存分に楽しんでいたのに……。

 クリスマスのイルミネーションに彩られたアーケードから流れ出てくる人ごみの中に、僕は、シュッとしたイケメンと歩いてくる彼女をみつけた。クリスマスカラーを指し色に、オフィスでは見たこともないほどオシャレに着飾った彼女が、僕とは似ても似つかない背の高いマフラーをふんわりと巻いた上品な男前と一緒に近づいてくる。

 あ、ウサギさんだ! 聞いたこともないような甘えた声で彼女が僕を見て笑っている。ウサギさん、私にも風船ちょうだい。 僕は一瞬たじろいだ。まだ2か月しかたってないんだから、彼女が世界で一番好きな事に何の変りもなかった。しかし僕にはウサギになりきる才能があった。僕は、ウサギ、僕は、ウサギ!ここぞとばかりに思いつく限りの可愛いポーズを、僕はとった。可愛い!!彼女は大喜びで、イケメンも喜ぶ彼女に満足げだった。僕は風船を一つ取り、紐の先に輪っかを作った。そして彼女の左手をとり、薬指にその輪っかを嵌めた。

 え?ウサギさんにプロポーズされた? どうしよう!

 彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、僕はすぐに手をたたいて、両手を大きく広げて二人を祝福するポーズをとった。男前は、ありがとう、と照れくさそうに笑った。

 遠ざかっていく2人の姿を見ながら、僕は自分のいない世界が、どれほど円滑に回っているかを痛いほど知った。自分がすべての基準からずれている。自分がいない事が、すべてにおいて正解。

                *

 つまりだ。俺が今こうして生きているという事は、俺以外すべてが不正解でないと辻褄が合わないという事だ。水の落ちる音が、ぽつ……、と止まった。

 徹夜作業では午前零時を回ると『午後』という。自分の膝小僧の上で目を覚ました時、メールの着信がある事に気づいた。彼女のお母さんからだった。

『幸恵、今、亡くなりました。』

 とびきり重いコピー機の前にはなぜかあの酔っ払いのおっさんが一人座っていた。昨日の朝からさんざん逃げ回ったがとうとう一番重い仕事に捕まっていた。飲み足したのか酒の匂いはあいかわらず強かった。レイシストの俺は嬉々としてオッサンに近づく。

 「こういうのはわけぇ奴が率先して運ぶもんだろ、年寄り当てにすんじゃねーよ」など、ブツブツと不潔な愚痴をこぼすわりに全然力を入れないオヤジに、俺はイライラとしながらも何かの答えのような不思議な感覚を得ていた。なんだろう、この、変な感覚……。

 幸恵が自殺を図ったのは今月の初めだった。もう何度目だろう。気を付けてはいたが今回も防げなかった。バイトが終わり、ウサギの頭を外した瞬間に、俺のいない素敵な世界は完全に消えた。そして真っ暗な世界には俺と幸恵だけがいた。まさかこんな子が、ペンギンの中に入っているとは思いもよらなかった。

 幸恵は触れ合うことを極端に嫌った。まなざしが触れ合う事すら嫌がった。俺にはその訳が手に取るように分かった。自分自身を認められないモノにとって、触れ合う事が一番質が悪い誤解なのだ。

 そうだよ、他人なんかどのみち、自分勝手な勘違いをして、自分勝手に幻滅して去っていくだけのモノなのだから。しかし幸恵は殊更明るく振舞おうとした。自分を無視して、無理やり楽しそうに生きていた。そして常に血を流していた。

 ねえ、今度一緒にディズニーランド行こうよ!! 派手に着飾って、ミッキーとハイタッチして、ピースして写真を撮って。もう見ていて涙が出るほど、彼女は必死に無益な無理を頑張るのだ。

 よし、じゃあ今度、お金貯めて一緒にイタリアのフィレンツェに行こう! フランスシャンゼリゼ通りにも行こう!リオのカーニバルも見て、フィンランドにオーロラを見に行こう!

 そんな言葉が、果てしなく彼女を傷つけている事に、俺は気付いていたに違いないのに。

 彼女の母親は、なぜ俺にメールをくれたんだろう。それも、たった一言。

『幸恵、今、亡くなりました。』

 これは俺への痛烈な呪詛かもしれない。

「お前は私から娘を奪い去った。私があの子の居場所を、これまでどれぐらい丁寧に構築してきたか、お前にはわかるまい。いや、すべてわかっていたくせにお前は、愛だの信頼だの希望だの将来だのと、あの子にとって一番の猛毒を次々と含ませて死へ追いやった。娘が本当に望んだものは、花のように咲き狂い、大気をその香で充満させ,やがて散り失せる豪奢な死ではなく、湖のように何もかもが遠く、何もかもが儚く、何も手に触れられない静かな生だった。その事を、あんなにわかりやすく、あの子なりの精一杯アピールして必死に助けを乞うていたのに。お前はそれを見殺しにした。お前を見て、あの子と同じ目をしたお前を見て、一瞬でも安心した私をお前は声をあげて笑うがいい。ただ、あの子はお前を愛したのではない。お前だってそうだろ?あの子を愛していたわけじゃない。ただ助けを求めていた、それだけだろう? それでよかったのに……。この世の底に溜まった汚泥からするすると奇跡のように並んで伸びた二輪の花は、そのまま未来永劫、そっと寄り添ってくれれば、それだけでよかったのに。あの子はお前に殺された。いや、あの子はお前の代わりに死んだ。だからお前はこれからも、死んだように生きろ!生きながら死ね!

あ、殺意だ。

 廊下を曲がる、ちょうどコピー機と壁の間が狭くなる時に、俺はグイ、っと押してそのまま手を離した。ドスン!という鈍い音とともに、おっさんは廊下の角とコピー機に挟まれ、ギャーという珍奇で耳障りな叫び声と同時に酒の匂いをまき散らした。

痛ぇ!てめぇ、早く、ど、どかせ!早く!!

 知らねーよ!ボケ!!

 俺はそのまま階段を下りて外に出た。真っ黒な空から弱々しい雪がさも意味ありげに落ちては消えた。遠くに高速道路が見えた。

 さて、東京はどっちなんだろう……。俺はとりあえず高速道路を目指して歩いた。

『いきてるきがする。』《第18部・秋》



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第95章 『同じ場所、同じ時間に同じ。』

 少しずつ日が暮れていきます。夕日は足元あたりにやや佇んでいるようにも見えますが慌てた様子はありません。私ですか? 私は元気ですよ。でもその状態がいいのか悪いのか、いつまで続くのかは私には分りません。もうずいぶん長い間ここで同じことを考えています。やはりこれといった結論など出ないように思われます。結局私はこれからもここでずっと同じ事を考えていくより他に無いようですね。ただこの足元の明るさと温かさをどう解釈すればいいのか、それだけが私に委ねられた唯一の『今』のように思われるのです。

 『昔の子』『今の子』は今日も一日の勤めを終え、家路につこうとしています。40歳をとうに超えている2匹の金魚の泳ぐ水槽は今日もピカピカ。パンも弁当も一つも売れ残りませんでした。完売御礼。とてもいい日でした。そうして2人が帰ると店は空になり、やがて日没とともに私を巻き添えにして闇の中へと消えていくわけですが……。

 この子たちはいったいどこから来て、どこに帰っていくのか、実は私はそれを知りません。というよりもまだ決めていないのです。私が決めれば済む事なんですがね。今のところ彼らは毎日、どこからともなく現れて、どこへともなく去っていくことになっています。この曖昧さは不自然ですか? ホントに? 私が思うに、それは曖昧でも不自然でもありません。だって一般の人達だって同じでしょう。毎日電車で出会う人の事など、お互いに何も知らないのですから。彼は一体どこから来て、どこへ帰るのかなんて事をいちいち不思議がったところで仕方がありませんししません。ただ、大勢の人がいろんな場所でいろんなことを考えながらいろんな人と暮らしているんだろうなぁ……、と漠然と思うだけです。『現実』という、さも賢げで自信ありげなモノの99%以上がそれで埋め尽くされているんです。

 ただ、

 ストーリーという残酷な概念に、私の人生は常に縛られ続けているのは事実です。そして矛盾とか誤解というものに抗いきれずずっと苦しんで来ています。これまで通り、ここにいればいいのに、ここにずっといて、同じことをずっと考えていればそれで何の問題もないのに。そうして毎朝現れる『今の子』『昔の子』に、まったく疑いのない笑顔で、おはよう、とそういえばすべて丸く収まるというのに……。

 では、失礼します。そういってまず『今の子』が先に店を出ていきました。夕暮れはもう息絶え絶えです。『今の子』はかつて、自分は両親からのいじめを苦に自殺したのだと言いました。でも私は驚いたりしませんでした。なぜならば、私はその現場にいませんでしたし見てもいませんから。

 ほどなく『昔の子』も、じゃあ、失礼します。と言って出ていきました。わずかの時間差とはいえ外はほとんど真っ暗です。『昔の子』は戦後すぐ、餓死したのだといいました。最後、自分の手から滑り落ちた水粥が残った茶碗を、もう自力では拾えなかったといいます。

 それぞれの時代、残酷な死に方をした子供はきっと他にも大勢いたと思われます。こうしてストーリーが私の立ち位置をぐいぐいと押し狭めてきます。

 わかっています。私はいずれの出来事に対しても無力です。駄々、受け止めて従うしかないのです。しかし、私はそのいずれの出来事に対して、どうしても強い自責の念だけは抱かざるを得ないのです。私がその場にいれば、『今の子』『昔の子』も、西郷隆盛太宰治芥川龍之介も、死なずに済んだかもしれない。

 私はきっと今、『今』という完全平面の上に横たわっているのです。そしてその同一平面上には、宇宙・人類の普遍で無限の『今』があるのです。だったらば、私は何としても、『今の子』、『昔の子』、西郷・太宰・芥川3氏の落命の際にも立ち会えたはずなのです。

               *

 私の父の本当の母は、父が2歳の時に病死したそうです。当然私は会った事も、写真を見たことも、その存在についても聞いたことすらなかったのですが、私が結婚することを決め、妻になる人を連れて帰った夏の日に、突然父が、墓参りに行く、と言い出しました。私は盆に墓に参る事をことさら疑いませんでしたが、車に乗って墓に行く道がいつもと正反対であることにはすぐに気が付きました。やがて細い農道のドン突きにある見知らぬ民家の前に車を止めると、父は中に一声かけた後、その民家の手桶と酌を借り、また見知らぬ山の小道を、私と妻などいないかというほど自分勝手に登っていきました。やがて小さな墓石の前に立って、やっと連れてこれた。と呟くように言いました。「これが、お前のホンマのおばあちゃんの墓やで」墓石は苔生し、小塚の傾斜に合わせてすでに斜めになっていました。やがて崩れてなくなることは見てすぐにわかりました。父は勝手に線香を点け、そのあとに線香立てがない事に気づくと墓石の前に横に置きました。そして手を合わせると、お前らも線香あげてやってくれ。と言いました。

 私は婚約者の手前、やっと思いとどまりましたがその時、父に対する猛烈な嫌悪が吹き出しそうになったのです。

あんたはやっぱり勝手な人だ!

 自分だってよく覚えていない実母の墓前に、さらに何も知らない婚約者と私を連れてきて、あなたの孫ですよ、この度、結婚することになりました。と報告したところでなんになる? 覚えていないんだろ? あなたは悲しんでもいない自分を憐れんで、知りもしない母を慕い、苦しくもない事を苦しんで生きてきた。

 茶碗を落として拾えなかった少年の事を話してあげよう。

 母親の苛烈ないじめを苦に自ら命を絶った少年の事を話してあげよう。

 私がさいなまれているのは、彼らをどうしても救うことなど出来なかったという自責の念です。そしてそれを強いるストーリーです。私はじゃあ、何のために今、彼らに会って彼らと話をしているのでしょう。 幸い、彼はその事実について、私が知っていることを知りません。知らずに働いてくれています。私はなにも質問はしません。彼らも私に何も質問はしません。それはただの不文律なのか信頼なのかはわかりません。

 やれやれ、とっぷりと日が暮れてしまいました。その闇の中で、私はまたそれが自分の『今』だ、なんて言い始めて、まったく別の話をし始めるかもしれませんよ。でも決まっている事が一つだけあります。それは私が、幸せを目指しているという事。どんな材料が悪くても、そこから幸せを目指すことは必定だと思うからです。たとえ目の前にこんにゃくしかなくても、それを使って岩を掘り続けるべきだと思うわけです。もちろん、ストーリーはそれを邪魔します。こんにゃくで?岩を? 掘る?? と、あざけ笑います。

 いいじゃないですか、矛盾や誤解があったって、想像の域を出なくったって。それが間違いなく、あなたの『今』なのだから。

『いきてるきがする。』《第17部・夏》



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94章『Seven Bridges

 空を覆った雨粒の一粒一粒が太陽の光を7色に分けた瞬間、それまで恐怖でしかなかった光は希望へと変わり、卑屈に逃げ回っているだけだった俺の体からはいろんな欲望が噴き出した。五感は解き放たれ、まるで他人事の様に好き勝手に独り歩きを始めた。お前らなんか知るか!俺がいい、俺が一番好きだ!俺は今こそ自分を好きになる、好きになってみせる!そう思っている、ただそれだけかもしれない。

 それが神様の仕業だなんて噴飯物だ。

 風鈴がチリリンと鳴り、辺りを一層静かにするように、僕はエアコンのモーター音に一層の暑気を募らせている。世界の森を一瞬で枯らしてしまいそうな強烈な日差しの中、僕はふと、目の前のこの全風景から夏をすっかり漉し取ってしまったらどうだろう、そして今一度そこに、わがままな何か別のモノを当て嵌めてしまったらどうだろう、と考えた。しかしそのあまりに雑な閃きにかえって困惑としている、ただそれだけなのかもしれない。

 それが神様の悪戯だなんて噴飯物だ。

 まるでゴミ箱のような世の中さ。役に立つものなど何もありゃしない。あるのはただかつてそこで生きたモノ達が一様に持て余し、中途半端に放り出してきた生活の残骸だけだ。それを文化だの文明だのと飾り立てて何になる? もし私に出来る事があるとすればそれはただ、その残骸に無駄な痕跡を残さないようにして誰かにそっとその席を譲る事だけだ。『昔の子』『今の子』はここにはいない。きっと誰かに席を譲ったのだろう。そうしてお互いの現実の間を行ったり来たり、寄ったり離れたりしながら徐々に元いた場所を見失っていく。私は長い夢の川を渡り切ったような疲労感と伴にこの店にいる。そして好きなように回想してはまた眠りに落ちようとしている、ただそれだけなのかもしれない。

 それが神様の慈悲だなんて噴飯物だ。

 そしてやっと今、おそらくは数十年間に及ぶであろうこの経験を通じて一つの結論、つまり居場所にたどり着いたわけだ。それは自分がこれまでいかにわがままな記憶ばかりを選び続けてきたか、何かに迷うたび、私は許され、依怙贔屓され、生かされ、太陽とたった一点のみで接して暮らし続ける怠惰を大目に見てもらってきたかという事を表す動かぬ証拠であり、かつて光が突然7つに分かれたのと同じぐらい圧倒的な真実であると同時に、淡い幻影に過ぎない事も表している。しかしそれもただそれだけなのかもしれない。

 自分を『俺』と呼び、『僕』と呼び、『私』と呼ぶ。

 小説を書く上でこれは、駄目ですね。人称を一致させるためには呼び方も一致させなければいけない。でも私はなにも私として私の意見を書いているのでは決してないのです。書かないと何も残らないから仕方なく書いているのです。出来事や記憶ばかりがまるで蝉の抜け殻のようにその正体もなく、あちこちに散らばっているのは、どうにも気持ちが悪いですからね。だから私はその出来事や記憶ごとに従っているのです。従っているつもりなのですが……、

 あまりにも文章力が拙いため、今目の前に起きている事ですら、こんな風にあっちこっちと趣旨が飛び、取り留めもなくなっているのです。お恥ずかしい……。しかし現実を一点に絞れば、それ以外のすべてがウソになるという、それがどうにも、私には居た堪れないのです。

              *

「ただいま」と言って少年が1人、続いて「今戻りました」と言ってもう一人入ってきました。おそらく彼らが『昔の子』『今の子』でしょう。

 お帰り、暑かったでしょ? 私はそう言って彼らに微笑みかける。何の意味もない、誰のためでもない私の笑顔。でもそれはぴったりと現実に当て嵌まっています。

「もう、死にそうですよ」顔を真っ赤にした『昔の子』が言います。それは比喩でも冗談でもなく本当の事なのでしょう。そりゃあ、そうでしょう、だって、

 8月と言えば実際に日本が真っ黒焦げに焼かれたのと同じ月ですから。晴れた空を見上げていたら、突然黒い雲が現れて、あっと思う間に、滝のような雨が降ってきました。

 これが、その時は真っ黒だったそうだよ。知らんけど……。

 『昔の子』『今の子』も、へぇ……と言って聞いています。

「別に『黒』という色が悪いんじゃない。本当に悪い部分は……。」

 そう言いかけてやめました。本当に悪いのは他でもない、良く知らない記憶をやみくもにかき集めては、よくわからない世界について出鱈目を喋っている私なのですから。

 なんであれ、そんな雨はもう2度と降らないに越したことはないよね。

私が言うと、2人は同時にうなづきました。

『昔の子』が亡くなった少し後の事です。

『今の子』が生まれるずっと前の事です。

 きのこ雲はまだ山の向こうに見えてます。人々の悲鳴は蝉の声にかき消されて聞こえない。私は大方、何かの目的でその山を越え、爆心地へと向かおうとバス停にでもいるのでしょう。そして汗をぬぐい、雲を見上げては地獄の業火を穿つ雨の臭いでも探しているのでしょう。

 いいかい、世界は一つなんだよ。色も一つだ。でも見る角度によって全然違う。それをいちいち真実だ! いや違う!と言って争うのかい?

 いいかい、心なんてどこにもないんだよ。あるのは誰かが持て余して捨てていった残骸だけだ。我々にとってはそれがすべてで、それ以外は、自分もやがてその残骸の一つになるという予定調和が1つあるだけなんだ。

 あぁ、確かに虹はきれいだよ。それは間違いない。でもな、あの日、あの雨の後、今と同じに虹が掛かったというんだよ。そうしたら同時に、そこらじゅうからいろんな欲望が噴出してきて、自分が一番好きだ! 自分が好きで何が悪い! お前らは勝手にしろ!と。俺は是非善悪もない瓦礫の只中を、ブレーキが壊れた自転車みたいに一気に走り抜けた。 

 

 虹の橋を渡る大勢の人の姿が見える、そんな角度があるいはあるのかもしれないが私には見えない。

 でも見えたとしても、渡り切ったそこにはやはりいつか見たような景色が続いていて、その累々と広がる残骸がどんなに悲惨で醜く臭くても、僕たちは決してそれを片付けてはいけない。それはウソになるから。

 やってきた事を正しく見るには、なにも改ざんしてはいけないからね。

              *

 膝のリハビリも兼ねて、真冬の公園を歩いていたら、木の幹に蝉の抜け殻が一つ、しっかりと掴まっていた。

 冬の日差しの中で尚君は、夏をその眼の中にとどめ置くつもりでそんな事を続けているのか? 木の幹よ、あなたはそんな小さな反則を企てる抜け殻に気付かないフリをして優しさを見せているつもりなのか。

  セミの抜け殻を『君』と呼び、木の幹を『あなた』と呼ぶ。

 これは『擬人法』といい、小説を書く上ではごく初歩的な表現技術ですよね。幼児教育においてこれと似た『アニミズム』というのがあるのですが、玩具や食べ物に命を吹き込んで、「ほら、トマトさんが食べて欲しいって。捨てられるの嫌だなぁって泣いてるよ。」などと言って愛情や、優しさ、命の大切さなどを養う方法として使用されているのですが、

 うちの息子はプラレールでこれを実践してみたところ、「今日はプラレールと一緒に寝る」と言って一緒に寝てました可愛い!!

 こんな可愛い子達を戦場に送るような未来は、絶対に選ばない。



       第93章 『落書き』

 なに描いてんの?

ん?  絵だよ。とっても大事な絵だよ。

 ふ~ん、と肩越しにのぞき込んでくる息子がとても可愛い。私は息子の細い息を耳元に感じながら思う。

 興味津々のようだが、君にこの絵は見せられないな。この絵が完成したらすぐ、私はある男にこれを見せに行かなければいけない。

 さて、私の幸せな時間はすべて過ぎました。あとは過去とも未来ともつかない時間を出来るだけ正確に捌き、あしらうだけ。でもそれは死後に札束を数えるような空しい行為でもあるのです。もはや腹も減らない、眠くもならない、性欲もない私にとって札束は、いかにも無益で無力で、あらゆる行動と思考を苦痛に変えるだけのモノなのです。

 蝉しぐれでしょうか? 

 私がそう尋ねても、彼は何も言いません。ただ幽かな風と穏やかな景色を背景に微笑んでいるだけ。それはまるですべてを誤魔化そうとしているような姑息な態度にも見えるので、私はせっかくのこんなに完璧な安らぎの中に腰を下ろしながらも、少しイライラしなければなりませんでした。

 私はこれまで、何処で誰として何をしてきたのか、何も思い出せません。でもこれを忘却と言って簡単に打ち捨ててはダメなのです。私は思い出せないのではない。知らないのです。そして私は尚、粛々淡々とこの、腐った豆のように細々として糸を引く、有り余った時間の粒をうまく捌き、あしらわなければいけないのです。

 眩しい!お腹がすいた!怖い!息ができない!助けて!

 私が本当に幸せだったのはたぶんこの5秒間ぐらい。

私が本当に健康でいられたのもたぶんそれから10秒間ぐらい。

 だって人間の脳が何かを判断を下すのに必要な時間はせいぜいそんなモンでしょう。あとはそれを軸に思い込み発展させたナニモノかが拵えた気儘な裁量によって与えられる時間をただ啄むだけなのだから。

 名前? それは焼き鏝でナンバーを焼き付けるのと同じです。

 卑屈? いえ、卑屈ではありませんよ。私はただ簡単な事を出来るだけ簡単に言おうとしているだけです。もっと簡単に言いましょうか? はい、じゃあ言いましょう。

 つまり私は、圧倒的に美しくなかった、という事です。

 心も、体も、健康も、見た目も、頭脳も、性格も、声も、臭いも、筋力も、知性も、個性も、可能性も、温度も、湿度も、体温も。とにかく、私はいつどこでも、誰にとっても要らない存在。平たく言うと、生まれるべきではなかった存在。いや、生まれたければ勝手に生まれればいい。それは私とは関係のない事だ。助産師さん、産婦人科医さんは私が無事生まれる事に全力を注いでくれた事は間違いない。でも彼・彼女は別に私の幸せを願ったわけでもなければ、私に幸せになって欲しかったわけでもない。ただ自分の目的を果たしただけ。そうして個人的に満足したかっただけ。その他の私に関わった人間だって、一人余さずすべて一律にそうでしょう。エリ・ヴィーゼルは、『愛情の反対は憎しみではなく無関心です。』とそうおっしゃった。さすがにお目が高い!その通りだと、私も思います。憎しみはある意味、愛情の別の側面であり、愛すべき狂気であって、人は人を愛を欲するあまりその炎の中に惜しげもなく憎しみを放り込んでは永遠に燃やし続けようとする。あたかも愛情の炎が憎しみを燃やす尽くすかのように思い、うっとりとその炎を眺めようとするのです。

 でもそれは違う。それでは憎しみが費えた時、愛情の火も消えてしまうのです。そうして愛情同士が相殺し合うのを見て陰で薄ら笑いを浮かべているモノこそが無関心。愛すべき喜怒哀楽が寂滅した後も尚、私がこうして札束を数えなければならないのはその無関心の命令なのです。気を付けてください!無関心は人間をダメにします、しかしダメにするのに、人はその無関心こそ真の安寧であると、そればかりを使いこなそうと真剣に努力するのはなぜでしょう。気を平らかにし、心穏やかに凪、万物を等しくすることで不動の真実を見出そうとするのはなぜでしょう。

 

 卑屈? だから、卑屈じゃありませんって!

 だって私、私の他にも、生まれるべきではなかった人間をたくさん知ってますもん。たくさん生きています。町を歩くと、あっちからこっちから、どんどんこっちに向かってきます。楽しそうなヤツもいれば、つまらなそうなヤツもいて、あぁ、コイツも、そんな事とは知ってか知らずか笑ってやがる。勝手な苦労してやがる。泣いてやがる。そしてとんでもない勘違いしてやがる。薄っぺらい考えで書かれた駄々分厚いだけの重い本が世界中にいろんな言語で流布されたこともあって、いま彼らはあたかも自分もここに居てもいい存在であるかのような勘違いをさせられている。そしてそれが原因で悩んでいる。苦しんでいる。泣いている。それはもう滑稽の一言で、自分で勝手に阿呆ほどの塩をぶち込んだスープがしょっぱ過ぎると言って泣いているようなモノで、呆れるか笑うかしかありません。しかし、

『違うんですよ。あなたのその渾身の、一世一代の解釈の是非善悪がどうのこうのというのではなくて、つまりすべては無価値という事なんですよ』そう言いたくても私はそれを言う事が出来ません。なぜならば私は彼ら同様、彼らは私同様、基より何も認められていない。求められていない存在なのだから。だから彼らが笑うのは泣くのは悲しむのは怒るのは、そんな彼らの価値を不当に高めてしまう決してやってはいけない詐欺行為なのです。世の中の一番大切なバランスが崩れる。いたずらにしても度が過ぎている事なのです。確かに、かの分厚い本やらその他、いろんな蛮人の妄言に煽動せられ、ほとんどの人がわからなくなってはいますが、彼らにその資格がない事は、性格や所作や、言葉遣いや受け答えの中にもはっきりとその痕跡が見て取れるのです。

 芸能人や、政治家や、有名起業家の中にも、その痕跡を恥ずかしげもなく曝している人が大勢いますよ。ですから私がもし、何かのきっかけでそんな人たちと一緒に酒を飲むような事があったら、酒好きな私の素性もあいまって言ってはいけない事を言ってしまうかもしれない。

「あなたは生まれるべきじゃなかった人だよ。誰もあなたが生きている事を好まないし望まないし、あなたのやる事に誰も賛成も反対も唱えないし感動も感謝もしないんだよ。あなたが動くこと、考えることはすべて無意味、いや無価値なんだよ。」

 と言うとさすがに気分を害する事でしょう。きっと激怒する。

 何か待ってるんでしょうか?

 私はイライラを押し殺してそう尋ねましたが、彼は尚、じっと遠い目をして私を無視し続けています。そうしている間に、私はその漂ってくる音が、『ミンミンゼミ』と『エゾゼミ』の鳴き声が混ざったモノである事をつき止めます。『ミンミンゼミ』はもう説明不要かと思います。夏に五月蠅く鳴くアイツです。『エゾゼミ』は、エゾ、という割に全国に広く生息していて、ただ平地には少なく、比較的標高がある土地に生息している、丸美屋の『のりたま』のような美しい色合いをした蝉です。

 何を待ってるんでしょうか?

 私は『忙しい人』に擬態してみました。大概の忙しいと自覚のある人は目的もなくじっとしているのが大の苦手で、そのうちに、『自分はきっと何かを待っているのだ』と考え始めてしまうのです。そしてゆくゆくは然るべきところで然るべき行動をとるのだろうと期待し始めてしまうのです。しかしそれは資源や食料の他人に先んじて買い占めてしまうと同じ浅ましく厚かましい行為で、必要のない時間を山ほど備蓄しようとする野蛮な行為で、私のような幸せな時間を終えたモノが、この場所で無口な彼と過ごす時間を、なんの目的も方向性も価値もなくした時間を、生まれて間もない赤ん坊から取り上げるような言語道断で鬼畜千万な行為なのです。これが『無関心』なのです。

 そしてこれこそが本物の謎なのです。 答えがない事とわかりきったうえで、私は尚、彼に訪ねているのです。

 やがて彼は、そうだね……、と呟きました。

やっと反応があったのを見た私はそれと同時に、サッと絵を取り出して、「今日はこれを見せに来たんです。」と言いました。彼は私よりもその絵に向かって、

 なんの絵ですか?

と訊ねました。

 父です。幼いころ、父は私を嬲り殺しにしようとしたのです。

幸い、なんでしょうかね。わかりませんがとにかく、私はその時は死なずに済んだのですが、実はそうでもなかったのです。

 それからも父は私を殺し損ねたことを心底後悔している様子で、

私が私がバイクで事故を起こした時も、事業に失敗して巨額の借金を抱えた時も、結婚すると報告した時も、嬉々として煩わしいという態度を崩しませんでした。

 ほう……。

 私はもう彼の正体がわかっていましたが、今しばらく、彼の芝居に付き合ってあげる事にしました。彼は、似てますか?と言いました。私は、

 とんでもない!似てるわけがないでしょ! とやや大袈裟に言いました。

 似せてどうするんですか!私を殺そうとした男ですよ。本当なら見たくもないですよ。でもそれじゃあ私があまりにも惨めだから、それを回避するために、わざわざ家族に隠れて夜中にこっそり描いたんです。

ところがそれを迂闊にも幼い息子に見られてしまって、まあ往生しましたよ。ハハハ……。

 会話はいたって平板です。ウソもホントも、こうやって混合してやがてぼんやりと真実になって行くのでしょう。まさに愛情と憎しみの関係と同じですね。でもね。

 似たなくったって構わないんです。ただ、それが、お父さんだと、そう言って描いてあげる事こそが、愛なんですよ。あなたは、正しい事をやりました。私はただ、そのことだけが、嬉しい。

 そいう言うと彼は、目に涙をいっぱいに浮かべて初めて私の方を観ました。そして私は心底驚いたのです。

 こんな事も出来るんだ……。まさに世界一、いや宇宙一だね。恐れ入谷の鬼子母神……。私はこんな恐ろしいヤツに無謀にも挑もうとしているのか……。

 彼はそっくりだったのです。私が無意味な時間を駆使して、無駄な喜怒哀楽を駆使して、あらゆる矛盾に抗して描いたその絵に。

 息子は明日から野球部の合宿で2泊、北陸に向かいます。でも天気がね、あまりよくないようだから、それだけが心配ですね。でも行くからには有意義な時間を過ごしてほしいモノです。どんな形であれ、有意義な時間を。でも一番は、サッサと無事に帰ってきて、また当たり前みたいに、私の時間にデレっと寝そべってほしいのです。無関心など、かけらもない私の時間の上に。