『いきてるきがする。』《第23部・冬》




第111章『黒い花がたくさん咲いている場所へ。』(その4・最終話)

 まぶしいよ。ライトが……。

 こんな言葉を最後に、私は死んだのか……。

いろんなことがあった。でも、それもすべて置き去りにして、

本当に私は、死んだのか?

 死んだみたいです。残念……。

要するに、私は、正面の注意を怠った。

だから、こうなった、そういう事か?

 の、ようです。

 ちょっと待ってよ、誰にそれを、決める権利が、あるんだ!?

 ……。

 まあ、いいでしょう、僕は死んだ。そういう事ですね、でも僕は決してそんな選択はしないでしょう。これまで巧みに回避してきたし、これからもきっとそうする。何を回避するって、決まってるだろ!家族と離れ離れになる事だ。そのために僕はいつも一瞬で一からすべて、時間から、景色から、衣装の色合わせから、髪型から、声のトーンから、本当にもう何から何まで、誰にも何も指摘されないぐらい完璧にそろえ上げてきた。しかも、それらはすべて無限の選択肢の中から。

 ご無沙汰してました!

同じ次元を生きている、稀有な、ヒマな、素敵な同志、よ!こんにちは!

 なんだよ、俺と同じく、ダセーな!いい感じです。

さて、

 突然ですが、僕は旅に出る。

うらやましいでしょ?一人旅に出るんだよ! あら、意外と無関心?

 行先は、諏訪かもしれないし、新潟かもしれないし、ひょっとして平泉かもしれない。去年来、ずっと探し続けた場所をいよいよ本格的に探しに行く。まあ、ザックリ言えばそんな感じですかね。去年と言えば、急に体のあちこちが痛くなって、とにかく体がよく壊れる一年だった。

 今も、はもう他人のように言う事を聞かないし、時間的なズレを気にしないならば目だって、もうほとんど見えているとは言えない。ひょっとして僕は、自分をどこにも存在させない、そんな一瞬を作るために敢えて日の暮れた関越道で、ほんのわずか目をつぶった。ライトが、まぶしいよ……。と。

 の、かもしれない。で、僕はこの後、どこに逢着するのが一番いいんだろう。贅沢は言わない。だから家族と離れなくていいには、そんな方向へは、僕はどう舵を切るべきなんだろう。

                *

 阿倍野ハルカスから飛び降りた日の翌日、私は妻と息子と車で帰路についた。久々の里帰り。妻と息子にとってはただの京都旅行かもしれないが、いずれにせよ、帰り道には独特の寂しさが、もうどうしようもなく、車の中にも充満していた。気づいていたんだね。きっと、私だけじゃなく、妻も、息子も。だから途中のサービスエリアで普段なら絶対欲しがらないようなルービックキューブを、どうしても欲しいと駄々をこねて譲らなかったんだろう。そんな息子は後ろの席を倒して寝ている。

 さて、私はその間も、『昔の子』『今の子』『それ以外の子』と協議を続けている。

「ここでこうしている君ら一人一人が、実は何万人・何億人分なのかしれない。でも気にしない。君ら自身にも私にも、それはとんとわからない事だよ。がいればソイツに丸投げしたいところだが、そんなヤツはいない。だからあえて私から具体的に言うんだけど。花を植えたらどうか?黒い花。それをいっぱいに植えたらどうだろうか?目印に。

「花、ですか?でも、どんな花?」

「僕はあんまり、花に詳しくないから……。」

「私だって花なんか全然詳しくないさ。でも断然、色は黒がいいと思うんだ。不自然だからね。光を鮮やかに反射するんじゃなく、逆に光を吸収する花。この不自然さ。イイじゃないか!この不自然というところが最大にイイんだよ。」

 私は喋っていくうちに自分がどんどん熱くなっていくのを感じていました。口にこそ出さないが、今、私がこの子たちと作ろうとしているそれは、天国。極楽。

そこには何もなく、ただ真っ黒い花だけが地を這うように伸び、埋め尽くすようにびっしりと咲いている。

 寝ちゃったね。と妻が呟くように言った。後ろの席から小さないびきが聞こえる。野球部の練習が忙しく、もう高校を卒業するまで、田舎には帰れないと思っていたから、思わぬ帰郷京都旅行で、従姉弟たちとも久々に会えて、一緒に食事もできて、相当楽しかったに違いない。従姉弟は京都にしかいないからね。あの阿倍野ハルカスの思い出は、まあ、オマケのようなものかもしれないね。私はもう、乗らない。妻は息子の手前気丈にふるまっていたが、本当はメチャクチャ怖かったようで、そう言った。私ももう、いいかな……。

 一歩足を落とせばそのたびに、パキパキっと茎の折れる音がする。黒い花は誰かが一歩でも動くとそのたびにパキパキっと、容赦なく茎が折れて萎れていく。この一輪々々が即ち命であり、悲劇であり、出来事である。天国とは、極楽とはそういう場所に違いない。

「じゃあ、いっその事、花も想像しちゃえばいいんじゃないですか?」

「いや、それは良くない。私らが出来るのは、飽くまで選択だ。それしか許されていない。これはとても大きなルールだよ。選べる。ただし、無限の選択肢から自由に選べる。そう言う事だよ。」

「じゃあ、異議がなければ、花の選択に入りまーす!」

 聞き覚えのない声だから、きっと『それ以外の子』の誰かが場を取り仕切ったのだろう。何か別の用事があって、早く帰りたいのかもしれない。そして僕らはそれぞれに標本を開いた。黒い花は意外と種類が多くどれにするか迷った。ただ、迷ってる時の『昔の子』『今の子』『それ以外の子』の顔はどれも明るく、屈託ない表情で、本当にどうしようか、どれにしようか真剣に迷ってみえた。

『迷う』って、選ぶ基準さえなければ、こんなに楽しいんだ!

 少年たちに混じって、私もまた少年のように、あれでもない、これでもないと、選び続けた。東名高速は、気持ちがいいぐらいに空いていて、スピードを出し過ぎてしまいそう。でも今度は決して目をつぶらないぞ。そして確実に、安全に、家まで、私の宇宙を、私の天国を、私の極楽を連れて帰るぞ!

と、ちょっと眠い目をこすりましたとさ。

             おしまい。

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第110章『黒い花がたくさん咲いている場所へ。』(その3)

 楽しかったぁ!と息子は溌剌と言いました。父ちゃん、ビビり過ぎだって、恥ずかしいよ。とも言いました。阿倍野ハルカスの屋上から墜落して、まだそれほど時間は経っていないようです。続いて妻も入ってきました。そして『昔の子』『今の子』『それ以外の子』をみるなり、いつも主人がお世話になっています、とお決まりの挨拶をしました。これは普段から彼女が反射的に発する言葉となっており、いつか所用で会社まで車で迎えに来てもらった時、たまたまそこにいた取引先のドライバーにも同じ挨拶しました。

  要するに、誰でもいいんです。ただ自分が知らない人と私が一緒にいるととりあえずそう言う事に決めているようです。私も、「取引先のドライバーには特にお世話になってないよ」なんて事は言いません。妻の目にお世話になってる人に見えるならそれでいい。

 走り過ぎる車窓の景色に、ベビーカーを押す女性と赤ちゃんが親子でなくても、100年前に死んだはずの人が歩いていても、私はまるで気付きもしません。同じ事です。それと同じで、果たして、妻と息子にはこの3つのキャラクターがなにに見えているのかなんて、私にはわかりませんがわかる必要もないでしょう。その逆もまた然り、人間関係なんてそんなもんです。その場その場の状況に応じた思い込みのようなモンですし、状況が変わればもう本当にいるのかいないのかも判然としない、そんな程度のモノなんですからね。

                   *

 さて。

 北陸方面の仕事を終え、上越道から関越道に入ると、あぁ、関東に帰ってきたなぁ、と思います。今回は雪もなく、立ち往生にも巻き込まれず帰ってこられたのは幸いでした。めったにない北陸方面の仕事を私が担当することになり、今はその帰りです。頭の中にはまだボンヤリと、阿倍野ハルカスでの出来事が有耶無耶として燻ぶっているような感覚がありますが、まあいずれただの想像でしょう。でもあらかじめの想像なしには何も判断できない事はもはや常識ですし、私の未来も過去も、まるで図書館の本の様に時系列に整然と並んでいる、とは限りません。その順番でなくても誰も困らないし、何も不都合はないし、誰も悲しむことも傷つく事も一切、ない。

 矛盾? 

 さて、矛盾というならば、もし矛盾があるとしたそれは、始めの順番との矛盾の事でしょうね。一番に重要なのは、この順番がバラバラになれば同時に、私の時間も空間もバラバラになる、そしてそれが新しい時系列になる、という至極当たり前の事。この話の初めの章で言いましたが、私がここに恥ずかしげもなく堂々と披歴しているそれは、私の日記でもなく創作でもなく、私の宇宙です。誰とも何ともぶつからずに厳然と存在している私の鉄壁な、完璧な宇宙なのです。バカにしないでください。私にだって、ちゃんと宇宙ぐらいあります。自分の宇宙と自分を分離して考える事は不可能。それ自体が前提として間違っているというのは、おそらく世界中のどの宗教の誰一人として余さずに納得していただけるこの世の唯一の絶対条件だと私は信じています。敢えて信じると言う必要すらないような事だとすら思っています。そして私は当然のように鼻歌交じりにラジオを聞いて、途中サービスエリアで休憩がてらご当地ソフトクリームカフェラテを買って食べて飲んで、まあ気楽な仕事です。ただ……。

 私にはこの外に喫緊の課題があります。それは、先の章で『今の子』『昔の子』が言った、

『場所ごと時間ごといっぺんに想像する。そして何かその目印を作る。』

と いうモノです。あの子ら、凄い事を言いますよね。これは皆さんのよくご存じなところだと、西洋の『天国』、東洋の『極楽』、がそれにあたります。しかしこれらはもうその後の人たちに散々弄ばれこき使われ、触られ削られ、色を塗られ落書きされ、転がされ落とされ、もう原形さえ留めていないように思われるのです。だから新しく、私はその、誰もが知っているのにわからないそれを、彼らとともに名前を付け、保存のための目印をつけなければならないのです。

 もし、私の例えが悪かったせいで誤解されている人がいらしたら、その人のために。

 くれぐれも、宇宙は神様ではありません。だから何の御利益もありません。ただ、気が付いたモノだけのモノです。気が付かないモノに宇宙の方から勝手ににじり寄って来たりはしません。勧誘の電話も一切ございません。また、

 宇宙? 空? 139億光年の空間?

 いえいえ、そんな狭い解釈では困ります。第一、それじゃあ自分がどこにも入ってないじゃないですか。私はカフェラテを握る右手とハンドルを握る左手に、言いました。

 いいぞ、その調子。その調子ですすめ。空間も時間も、すっかり安心しきってるように見えるぞ。奴らはよく言えば素直、悪く言えば無防備だ。一度も誰とも喧嘩したことがないんだよ。あと2時間もすれば日が暮れる。そうしたらヘッドライトを点けるんだ。バレないように、慎重に……。

               ≪続く……。≫

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