
2026・春 第112章『骨折というのは。』
ドヤ?痛い?
うん、痛い。
でも、ちょっとワクワクするやろ?
うん、ちょっとワクワクする。
そうや、そんなもんやて、初めての『骨折』って。
私と息子は、ガラスケースの中にいる『骨折』という虫を興味深く眺めている。見ていると骨折はいろんな形になって、時にいろんな色に変わる。
けったいやなコイツ。何喰うんやろう?
何でも喰いくさるで。でも食ったらその分、命が痩せる。
え?食ったら、命が、痩せんの?
そや、ほんでも腹が減るもんやからどうしても食うやろ、ほしたらどんどん痩せてって、いずれ死ぬる。
死ぬる??ほな食わんほうがええやん。というか、コイツ、なんも食わんくても平気なん?
いやいや、食わへんかったら当然、餓死する。身体がな。でも食うと今度は命の方がどんどん痩せてくんや。
なにそれ。ほなどうすんの?食っても食わんくても、どっちにしても結局は死ぬるっちゅう事なん?
そうやで。それがどうした?
なんや、八方塞がりでちょっと気の毒んなってきたわ。
何を言うとん!食っても食わんくても結局死ぬるんはワシらかて一緒やろ。飯食うてるかぎり1000年でも2000年でも生きられんのか?そんなオッサンどこにおんねん。お父ちゃん見た事ないわ。
あ、まあ、そうか。そうやな、ほな、普通か……。
そや、至極普通の事や。ワシらの体かて、パッと見ィはよう肥えてるように見えてるかも知らんけど、その実、命の中身はガリガリに痩せてってんのかも知らんで。案外命のタネ明かしてそんな感じなんちゃう。飯食うから死ぬ、て。知らんけど……。
春大会直前の練習試合で、息子はファーストにヘッドスライディングをした拍子に、左手の甲を骨折してしまいました。ベースに触る時、思ったよりも深く触れてしまい、身体が左手を追い越した際、妙な風にひねった、という事のようでした。レントゲンには、はっきりとまっすぐに、想像したより大きなヒビが写っていました。もう少し大袈裟にひねっていたら手術だったよ。と言われ、その時はゾッとしたようですが、私も経験があるんですが、生まれて初めての骨折というのは、なぜかプライマリー喜びを伴って、不思議な非日常に足を踏み入れたような、そこでどう生活するのかという、アドベンチャリーなワクワクを禁じ得ないモノなのです。
だから絶望と同じ空気の中、風呂に赴く息子は鼻歌交じりに包帯を解き、現れた不自然に腫れぼったい左手を目の前にかざし、しげしげと眺めては、うわ、パンパンやん……。 と呟いています。
しかし春大会は絶望的……。でも確実に何か新しいベクトルが伸び始めている。風呂上がりの身体と命の敵対関係や、明日の天気と試合結果の蜜月関係や、町のノイズや、夕餉の香りや、ネコの声のあられもない三つ巴の関係。そのすべてが我儘になにか新しいベクトルを指しているように感じられる。そりゃすべてが新鮮なわけです。しかし今はまず、しっかり治して夏大会に備えたい。それにはこの『骨折』という虫といかに対峙するか、そして退治するか。よく考えなければならない。決して同情している場合では、ない。
*
ガラスケースに入ってるのは『骨折』という虫ではなく私自身でした。
狭いところはいくら狭くてもまったく苦ではないのですが、広いところ、特に天井知らずの青空や、濃紺の海に対しては果てしない恐怖を感じる。だから私にとっては、この世界は是非ガラス越しであってほしいのです。どんな音も色も匂いも是非。私がなぜそんな風になったか。
息子には言えないが、私の頭の中にはちゃんとした父親像が存在しない。いわばあてずっぽうのオヤジを演じているわけです。私の父親は私が子供の頃、脳内の管理監督者の交代が行われ、見ず知らずの人となり、私から赤ちゃんの特徴が消える頃にはもう他人でした。私を膝の上に置くのを極端に嫌がり、御飯の食べ方、喋り方、歩き方、笑い方、泣き方、汗のかき方に至るまで、まるで存在そのものを受け付けないと言った拒否感を呈する事に一切の遠慮をしませんでした。それからの私は我が家の恥となり、邪魔者となり、暗部を一手に引き受ける邪悪なキーストーンとなり、なくちゃ困るから仕方がないけど、出来ればなくてあればなくて欲しい。という存在になりました。故に私には、息子に対しての父親像を、出来るだけリアルに、理想的に、想像力豊かにして巧みに捏造しなければならない義務が生じているのです。
そんなもん、本能に任せておけば自然に何とかなる。と思っているバカ。お前、それは全く違うぞ!
まず、人間には本能はない。というか、あったけど自ら捨てた。お菓子の袋や煙草の箱を食べながら吸いながらポイポイ捨てる人、いますよね。私はあれが本当にダメで大嫌い。もう死刑でいいぐらい。捨てるなら捨てるにしても、出来るだけコンパクトにしてしかるべき場所に綺麗にまとめて捨てたい。食べるにしたって、食べながら商品名やアレルゲンや原材料をチェックしたり、オマケの有無を探したり、製造工場の意外な場所に驚いたりする事。それも含めて食べる、つまり生きる、という事でしょ?? 違う?私はそう思わない。
そう思わない人と私は、その時点で全アウトです。どんなに美人でも。大金持ちでも。速やかにパソコンの電源をオフにしてください。そして間違っても私に近づかないで。側に寄られるだけで虫唾が走る。場合によっては殴ってしまうかもしれない。だから危険です。
それほどに、それは私にとって絶対に捨てられたらダメなモノだったんですが父はそれを捨てた。きっと要らないと判断したんでしょう。そして食べながら商品名やアレルゲンや原材料や製造場所を確認できなくなったその人間は、そのうち自分が何を、なぜ食べているのかも確認できなくなりました。するともう確認しようともしなくなりました。そして確認しないままさらに余計にのべつ食い、そして捨て、捨ててはまた食う。
それを繰り返しそのうち綺麗なパッケージはなくなり、清潔な個包装の袋もなくなり、気付けば道端の泥水を這いつくばってずるずると飲んでいたんです。気持ち悪いですね。私は御免です。こんなイキモノに成り果てるのは真っ平御免。だから私は食べない事を選んだ。体は、死にますけどね。もう仕方がない。命の方が大事。
*
ほなコイツ、どうしたらええの?どっかおらんくなった方がええやん。
その通りや、それにはまず、しっかりエサを食わさなアカン。
そうなん?ほっといても死ぬるしエサ食わしても死ぬるんやろ。ほな食わさんでもええやん。お金のかからへん方がエエやん。徳やん。
あほ!しょうもない勘違いすんな。ワシは今、命の世界の話しとんにゃ!命の世界に金なんか鐚一文あるか!
そうなん?まあなんかようわからんけど、ほなエサ食わしたろや。なんでもええんやろ。命の世界の話やから。
ところがそこはそんな都合よくはいかん。命と食い物は一心同体少女隊や。食い物はとにかく、リアルに、リアルにしていかなアカン。
リアルて、例えば何喰わしたったらエエの?
お前、今、何を喰いたい?
焼き肉、かな。
ほなとりあえず、焼き肉でも行っとこか!
うわーホンマに!最高やん!! 焼き肉、ひっさしぶり!
そやろ!ほんで阿保ほど食うたんねん、体の材料や、腹がデコの硬さになるまで食うたれ!ほなこの骨折のアホは、その正体どおり、阿保みたいに食い腐るわけや。ほんでどんどん小さー小さーなってて、いつか消えて死ぬるねん。アホやろ、コイツ。 どや?ちょっとは理屈が繋がってきたんちゃうか?
まあ、何でもエエからすぐ行こ。今ならまだ並ばんですむかも知らん。
車で乗り付けた近所の食べ放題の焼き肉屋はまだ誰も並んでいなかった。席に案内されて、めいめいが皿に肉を取りテーブルに戻ると、あらかじめ頼んでおいたビールがすでに配膳されてあった。あとは、よしなに、というような事を言って店員はそれから一切我らに関心を示さなくなった。
そう、それでいい。誰かに関心を示すなんて誰にとっても迷惑千万な事だ。私は好きに食ってそして好きに死ぬ。まあ、成功でしょ。ともすれば暗い空気に飲まれそうだった私の最愛の息子を、私は何とか救う事が出来た。そう自画自賛しておこう。
ビールの泡がプチプチと、みる間に萎んでいく。
これすら、飲んでも飲まなくても、いずれ消えてしまうと言っているのだ。だったら、あるうちに。と、ジョッキの7割ほどを一気に飲むと妻が「帰りは私が運転か……、」とため息交じりに呟いた。
お願いします!!!
終わり
