『いきてるきがする。』《第6部 秋》


もくじ



第43章

 約束に遅れそうになって、慌ててドアを開けたちょうどそこに、小さなキリギリスがジッとしていました。私がつぶさない程度につま先でツン、とやってみたのですが、キリギリスは傲然として動きません。やるならやれ!と言わんばかり。 

『何もしないよ。何をそんなに拗ねてているんだ?』私は正直に問いました。しかし考えてみれば、秋の虫は、生まれた時には既に春も夏も終わっているんです。拗ねたくなる気持ちも、わからなくもありません。実際そんな自らの不幸を知ってか知らずか、キリギリスは尚、卑屈な強情さを保ったまま動きません。 

 でもこれを100年、いえ1000年、いいえ100億年ベースにすると、私も多分同じ様なモノなのです。 

 何でこんな時期に生まれてきたんだろう? 

 目を奪う美しい星々も、舌を溶かす美味しい果実も、流麗華美な鳥たちのさえずりも、もうずっと昔に消えてしまった。楽しい季節はすでに終わってしまった。 

  

 そして今、何も望まない私がここにいる。それがどれほど懲罰的な事であるのか。 私にはきっと、永遠にわからない……。

 あ、そういえば昔、働いていた喫茶店でこんな注文をされたことがあります。 

「ビザトースト、ピザ抜きで」。私が、え? と聞き返すと、その人は普通のトーストが食べたいんだけど、メニューにないからそう注文をしたのだと言いました。 

 何一つ欲しいモノがないメニューの中からでも、必ず何かを一つ選ばなければなりません。 

 閑話休題。話が逸れました。大丈夫ですよ。キリギリスは、帰ってきた時にはもういませんでしたから。 


 私はタクシーに乗って、入間市方面に向かっているところです。今の子の母親に指定された場所に向かっているのです。 

 今の子から母親に連絡を取って欲しいと言われたのは一昨日ぐらいだったと思います。私は、連絡を取るのはいいけど会えるかどうかはわからないよ、と言いました。以前にも言いましたとおり、私が関わると、この親子は少し面倒な関係になるのです。 

 今の子の母親は迷走しています。息子が死んだのは自分のせいだという考えに必死に抵抗しているのです。私は彼女のせいだとは思いません。だから彼女に肩入れするのですが、それは同時に、私は彼女から息子を奪い取った悪人という事になるのです。ある日、彼女は今の子の双子の妹を連れて店にやってきました。そして私に、なぜ親の私に一言も報告せずに未成年である息子を店で働かせているんですか、それは誘拐と同じです、犯罪ですよ。と詰め寄ったのです。 

 私にとっては寝耳に水。私にとって、今の子は、私がこのブログを立ち上げる際、フリー画像の中から見つけてきた道祖神なのですから。しかし母親にとっては、自殺した息子なのです。 

 今の子の母親に指定されたのは入間市にある大型ショッピングモールの駐車場でした。既婚の男女が会うには、とてもよく考えられた場所だと感心しました。 

「駐車場には入らなくて、入り口の手前でいいです。」私が言うと運転手は、あそこの入口のそばにバス停があるから、出来れば一回入って、ぐるっと回って出口から出た方がいいんですけどね。皆さんそうなさいますよ、と言いました。 

あ、じゃあそれでお願いします。 

 車道の端を中学生が数人自転車で走っています。よほど命が有り余っているのか、彼らはまともに自転車を漕ぐのも難しいようです。 

 あれがねぇ、ホント怖いんですよ。運転手がそう言ったので私は思わず、そうなんです!そうなんですよ!私もトラックドライバーやってるんでよくわかりますよ。ホント自転車が一番怖いですよね、と同調しました。 

 運転手はミラー越しに私を見て、あぁ、ドライバーさんですか、と言いました。 


 同じ人間が、道祖神であったり、自殺した少年であったりする事は、実はしばしば起こる事なのです。ただ誰もそう思わない。いえ、誰も思おうとしないのです。 

 人生は絶えず自分で選択している様でいて実はそうじゃない事は、誰だってよく知っていますよね。容姿端麗な皆様、何か選びました? 選ばないですよね。不細工な皆様、何か選びました? まさか選ばないですよね。我々は全く選んだ覚えのないモノを自分とされ、その全責任を負わされている。そんな理不尽な事に敢えて無抵抗でいるのです。それを埋め合わせるために、誤魔化しや、や、矛盾が生じる。では、実際の自分は何処にいて何をしているのでしょう? それを考えるにはまず、 

 我々一人一人が別々の存在じゃないという事を前提にすべきです。 

 私は道祖神の写真を気に入り、店のマスコットに決めました。そのつもりでした。しかし思い返してみると、私がなぜブログを書き始めたのか、そもそもの理由がなく、それに至ったであろう様々な事情も、突き詰めれば何もないのです。やはりそれは初めからそこにあった以外に考えられないのです。つまり私はそこに導かれたという事です。誰がそんな残酷な場所に私を導いたのでしょうか。

誰も導いてはいません。

 それは同時に同じ場所に無限の自分がいるからです。我々が選んでいると思っているのは、その自分が勝手に選んでいるだけなのです。 

 嘘や矛盾は論理の間に成立する事はあっても、現実の間に成立する事はありませんよね。像がダンボの様に耳で羽ばたいて飛んでいたら論理矛盾が生じます。体重を考えても、推力を考えても絶対にあり得ません。ですがもし、実際に目の前で飛んでたらどうします? 私たちは必死にそのロジックを探すでしょう。探さなくてはなりません。現実は絶対否定できませんから、同じように……。 

 現実であればもう何も疑う余地はどこにもないのです。疑うとはつまり、信じている事が大前提で、またその証拠でもあるのです。 


 

 タクシーは駐車場をぐるりと一周しました。その途中で私は今の子の母親をみつけました。 

 あ、運転手さん、ここでいいです。あの人ですから。 

 私が言うと、運転手は、 

 あの人?あぁ、あの人は、あそこにずっと立ってるんですよ。もう、何年も……。 

 そう言いました。 

 私は異世界との親和性、みたいな現象にはすっかり慣れているので、特に地縛霊だとか、エネルギー体だとか、そういう事は言いませんが、とにかく会わなければいけない人なので、降ろしてください。と言いました。 

 あぁ、そうですか。わかりました。しかしあなたで、何人目ですかね。じゃああなたもあの人を、『今の子の母親』だと、そう仰るのですね? 

 私がぼっとしていると、タクシーのドアが開きました。目の前を自転車に乗った中学生が数人通り過ぎました。今の子の母親は、私に気付くと、小さく会釈しました。 



第42章

 

  ささ、飲んでください。冷めてしまいますから。

 綺麗な色でしょ? これは『夢紫蘇茶』と言いましてね。うちの田舎にはね、この『夢紫蘇』がそこら中に生えているんですよ。それを摘んで、天日で半日ほど乾かしてから、ゆっくり、色が変わらない程度に低温で蒸して、それから手で揉むんですね。それを煎じて飲むんです。うちの田舎ではみんな好んで飲むんですけどね、そうですか、知りませんか。 

 このお茶はね、安息効果がすごいんです。子供の頃の私は酷い喘息持ちだったんですが、夜中に発作が起きると、母が決まってこのお茶を入れてくれたんですね。飲むと、スッと胸が楽になるんです。私はホッとして見上げるのですが、そこには仁王様みたいに佇立する、スッピンで眉毛がほとんどない母の姿があるんです。母は私から湯呑を毟り取ると、それを流しに投げてそのまま寝るんです。それぐらい眠かったんでしょうね。今思い出しても、奇妙な様な、甘い様な、怖いような、変な体験ですね……。


 窓の外は煙のような雨が降っています。曇ってますが明るいです。オンブバッタが飛ぶ瞬間が見えました。着地すると、今年も秋刀魚が不漁で、白菜が値上がりしてと、秋の話題は次から次にやって来て、そうしてだんだんと秋は深まっていきます。オンブバッタの功績は偉大です。 

 この秋の連休は何だか、コンセントが抜けたように静かですね。風鈴すら、チリとも鳴りません。 

 以前とはだいぶ『今』の様子が変わってきたようです。或いは『今』ありきの『今』を勝手に捏造してしまっているせいかもしれません。自分で勝手に作った『今』『今』というよりも過去と未来の間という感じであたかも空白の様でなんとも味気ないですね本当の『今』を捕らえるのは本当に難しい事ですからね。 

 過去は存在しない、未来も存在しない。 

 そんな風にして少しずつ、まるで柔軟体操で股関節を広げるようにゆっくりと『今』広げていくと、やがて真っ平で一つの大きな『今』になりますよ。いえ、本当に。 

 ハハハハ……。 

 お互い、こんな穏やかな日がずっと続けばいいですね。未来も過去も何も考えずに、ずっとこうしていられたら、そりゃ、誰だっていいですよ。 

  

 2人は最近は居たり居なかったりすね。いつの間にかそうなってしまいました。だから最近は私が一人でこうして店番をするんですよ……。 

 店なんかをやってるとね、どうしてもそこを、世界の縮図の様に考えてしまうんですよね。世界を運転するコクピットのようなモノだと、どうしてもそう考えてしまうところがあるんですね。 

 ここから、自分は世の中にどう打って出るか、という様な風にね、考えを曇らせてしまうんです。別に、生きる事は戦う事ではありませんから、作戦なんか要りませんのに。 

 今だってね、私がこうしてあなたと話しているのは、果たして話しているのか、聞いているのか、なんて思ってるんですよ。会話なのか、独り言なのか。 

 結局、同じなんですよね。その証拠に、最近私は、自分が言った言葉にひどく痛み入る事があるんですよ。有難いなぁ……、ごめんなさい……、と。さっきの母に対する一言だって本当は、有難いなぁ……、ごめんなさい……でしょう。 

 私は一体誰に何を言っているんだろう? 人に良かれと思って言った言葉というのは、実は自分にそう言い聞かせたいだけだったりしますね。つまり、人に良かれと思いたい自分の欲求を満たしたいための独り言。他人はそれに、強制的に付き合わされているだけ。 

だからこれも、さっきの母に対する言葉と同じですね。私が迷惑な子だと思いたいばかりに、母は鬼にされてしまいました。 

 有難いなぁ……、ごめんなさい……。 

 そしてあなたは、そんな不安定で不格好な親子関係を、あなたは無理やり鑑賞させられてしまいました。 

 有難いなぁ……、ごめんなさい……。 

 さて、あなたは私を逮捕しに来たというのは本当ですか?  私には一体、どんな罪状が? 

 ささ、飲んでください。もう冷めてしまいましたか……。 

 この霧雨がもし開けて、私は顔を上げて、あぁ、それでも心のどこかで、私は2人の事を待ってるんだなぁ、やっぱり心細いんだなぁ、と気付きます。そして私の頭は、時間を刳り貫いて、どんどん進んでいきます。『今』にぽっかりと穴を開けてその空洞の中をいくのです。 


  近々、母親のところに行こうと思ってるんですよ。私が救急車で運ばれた時に来てくれて以来、一度も連絡を取ってないんです。取ろうとしても拒否されるんです。母はね、私が死んだと思ってるんですよ。そう思いながらも母はずっと私を探し続けている。信じたくないんですね。母は戦ってます。自分自身の描いた妄想とやはり自分自身が描いた現実のはざまでね。

 同じように、私も近々会いに行こうと思っている。お互いがそうやってお互いの悲しみを共有する、もしくは相殺するんです。 

 でもそのバランスが最近、少し崩れているようなんですね。 

 母が『皇極法師』という男に洗脳されていると、店長のブログを見て知りました。店長が言う『皇極法師』とは誰の事でしょう。店長もそれについては触れていません。私はその人が母と私についてすべてを知っているような気がしてならないんです。 


  半ズボンだと膝頭がもう寒いですね。秋物を出さないと……。

私は、最後にグッと、湯呑を煽りました。その様子を、ジッと見ているのが、 

 そうですよ、お巡りさん。あなたの仰る通りです。 

これはね、『夢紫蘇』じゃありません。そう、あなたが想像するその、元気のいい、野草です。 

 私の生まれた家の近所の空き地にたくさん生えていて、みんなそれを刈って家の軒下に干すんです。乾いた葉っぱが風に触れあう音が綺麗でね。お!だいぶ乾いてきた。なんて祖父の顔がほころぶんです。 

「これはな、喘息にエエお茶やから、ゆっくり飲み」 

 祖父の優しさが染みました。とても飲みやすい温度にしてあるんです。 

 私はね、お巡りさん。法律なんかよりも、祖父の優しさの方が、よっぽど頼りになるし、大切なんです。 

 法律は人間を守りません。人間が法律を守るんです。 

 同じように伝染病も、人間が守るんです。殺人も、戦争も、すべて人間が、懇切丁寧、守り続けているんです。 

 それ以上の愛がどこにありましょうか? 


 刳り貫いた『今』を抜けて自宅に戻ると、まだ朝の5時半じゃないですか! 猫だけが起きて、目をキラキラさせて出迎えてくれました。 

 今日は休みだから、もうひと眠りする事にします。 


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