『いきてるきがする。』《第10部・秋》


もくじ



   第70章『双翁釣談』 

 ずいぶんエラそうな夢を見たので、それをそのまま書く事にしました。しかしなにぶん下手くそなモノで、実際の会話に頼るしかないような不手際が多々出て来るかと思いますが、それは前以てご了承ください。 

 しかし、夢はいつまでも見るモンですね。もう、何も望んでないって!何も欲しくなんかないって!と思っても、どうしても夢は見るモンです。つまり夢はナニモノかに『見させられている』というのが正しくて、それは抗いがたくまた、現実にも同じ様な性質があり、誰もがナニモノかに『生かされている』という事実に繋がります。別にね『使命を帯びてる』とか、そういう面倒くさい理由じゃなくてもね。 

 そしてどんなに切なくても、悲しくても、逆に嬉しくても楽しくても、夢はほどなく覚めてしまいます。そうしたらたちまち現実というヤツが押し寄せてきて、そのすべてを否定しようとするのです。 

 でも本当なんでしょうか? 現実と夢は敵同士なのでしょうか。夢は現実を否定して、現実は夢を否定する。そしてお互いの何処にも、その欠片すら見出せない、そういうモノなのでしょうか? 

 疑い出すとキリがないですが、最近めっきりバーチャルリアリティーなるモノに腰を据えるようになって……。そのせいで人々は旅行だってほとんど行かなくなりました。世の中全体がそうなって、何から何までバーチャルリアリティーで事足りるになってしまって……。 

               * 

 糸を垂れた場所がよほどよかったのか、弁当もままならぬほどの釣れ具合にあたふたと私は、エサを刺そうとして指を刺したり、振った糸の先が柳の下枝に絡んだのを必死にほどいたりしながら、それでもその日はこれまでにないほどの大釣果だったのです。 

 しかしフナなど、幾ら釣ったところで食えもせず売れもせず、そのうち『お前は、何をしているんだ?』と自問自答が始まった、ちょうどそんな時でした。 

 さっぱり釣れん!と竿を筒に収めようとしたもう一人の『翁』がおりました。私はその人を見て初めて、自分も『翁』同様、もう人生も終えかけた閑人、老人であると気付いたのです。 

 「ルアーなんかで釣ってんの? オジサン。ルアーでフナは釣れないよ、そんな事も知らないの? オジサン。」しかし私は出来るだけ子供の様に言いました。こういう事、たまにないですか? ベビーカーに座った赤ん坊と偶然目が合って、不思議そうに見つめるその子に、親の目を盗んで変な顔をしてその反応を楽しむ、そんな事。その時、私にとってこの『翁』はその『赤ん坊』だったのです。 

 翁は、「いや、こんな場所じゃ、どこに投げたって何にも釣れやしない。」と独り言の様につぶやくとサッサと竿をしまってもう帰る勢いでした。 

「ちょ、ちょっと待ってよ、オジサン。ウソじゃないって! これ見てよ。これ、全部僕が釣ったんだよ。この15分ぐらいで、1人釣ったんだよ!」 

 実際には皺くちゃな老人が、まるでコスプレでも楽しんでいるようにワクワクして言います。 

 『翁』は私の魚籠をちょっと覗いて、『嘘だろう?』という顔をしましたが、すぐに前を向き直り、「お前はそうやって私を、自分よりも可能性のない、或いは可能性の尽き果てた哀れな老人だと、たかだか釣り一つを使ってバカにするつもりなんだな?」 と言ったのです。 

 そんな事を言われたら私だって、もう易々と『翁』には戻れません。『翁』は自分の間違いを、目の前の小僧に転嫁しようとしています。私はわざとらしく歯をギリギリ鳴らして子供の様に悔しがって言いました。  

 じゃあさ、オジサンさ。あの木の根元あたりに落としてみてよ。どんなバカでも釣れるから。 

 『翁』「バカとは何だ!誰の事だ!ワシの事か?」 と食いつてきました。この一言を取ってみても、『翁』がいかに年齢差をあてにしているかわかります。 

 孫ほどに年の離れた子供に揶揄されたと思っているのでしょうが、実際は『翁』がそれを選んだのです。赤ん坊は今にも泣きだしそうです。でもそれも無理もないのです。明日の事も、昨日の事も考える必要のない、純粋に2人っきりという間柄は真っ暗闇と同じです。相手の立場や考え方、まして見た目など、何の意味もないのです。 

 いいか、小僧。釣りはな、こうすれば必ず釣れるなんて理屈は世界中の何処にもありはしないんだ。同じ船のミヨシトモでも、釣れたり釣れなかったりする。同じ船に乗っていても、ある客は大満足して船頭にチップを渡して揚々として船を降り、ある客は、「こんなヘタクソな船頭の船には2度と乗るものか!」と救命胴衣を投げ捨てて船を降りるのだ。それが釣りというモノだ。つまり差別だ、そう差別。絶対的な差別だ。それがどうした? じゃあ釣った魚をみんなで平等に分けましょう。そんな事をしたらどうなると思う。せっかく気分がよかった太公望はおろか、情けを掛けられた丸坊主まで怒り心頭に発する、そういうモノだ。それを理解できない若輩モノが、駆け引きや結果だけで、価値を図る事しか知らんような愚か者が、釣りについて生半可な講釈を年配者に向かって垂れるモノじゃない。さ、わかったらお前もサッサと竿をしまって帰るがいい。雲行きが怪しい、ほどなく空が割れる程の雨が降るかもしれんぞ。 

 ずいぶん頭の固いじいさんだ……。私はそろそろ『翁』に戻ろうと思いました。完全に飽きてしまったのです。もう終わりだ、会話や物語の繋がりなどどうでもありません。もとより私だって釣りがしたくてやっていたわけでもありません。食えも売れもしないフナを、大量に釣りたかったわけではないのです。そしてその時、あ、これ、ひょっとして夢なんじゃないか、と少し思いました。 

 頭がお堅いのは、あなたの方でしょう。 

 しかし『翁』はそう言いました。ハッとして見ると、釣竿を筒に収めて立ち上がろうとする『翁』の後ろでは真っ黒い雲が、空が撓むほどに重く圧し掛かっているのが見えました。 

 私を誰だか、あなたは、知っているのですか? 

 私はこの『翁』が誰なのか、はじめから知っていました。もうじき天寿を全うするために、何かを考えるのではなく何も考えない準備に追われなければならないはずなのに、私は早々に倦んでしまって、こっそりと抜け出して、閑人、老人というコンセプトに身を隠し、知らない川で釣りなどして、さらには多少の釣果にいい気になって、たまたま居合わせた同じく、閑人、老人を少年のフリをして揶揄ったのと同じ、閑人、老人……。

 その時、堰を切ったように、これまで行ってきた徒労が、どっと押し寄せてきて、川ごと、岸ごと、柳ごと、フナでいっぱいの魚籠ごと、私の全ての景色を押し流していったのです。 

 ほら来た! これだよ、これが起きる、これがこの世界の一番の弱点だ。お前はどうする?この後、どうする? すべてを否定して、シレっとまた現実に立ち返り、何食わぬ顔をしてまたトラックを運転するのか? 

                 * 

 暫く、ぼっと闇を眺めていたのですが、目覚ましのアラームかと思ったら、すぐ隣で猫がグルグルと喉を鳴らしている音でした。秋の朝は深く、まだ外は薄暗いのでした。

「そんなこと言ったって、仕方がないじゃん!」 

  

  私は家族の寝静まる隣で、1人そう呟きましたとさ。 

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