『いきてるきがする。』《第9部・夏》


もくじ



  第67章『それが座敷童です。』 

 突然ですが、私の実家には『座敷童』が住んでいます。そうです、あの『座敷童』(ざしきわらし)です。 

『座敷童』は古来より古い家に住む妖怪として知られています。私の実家は築30年ほどのごく普通の民家ですが、本家は300年以上続く作り酒屋で、母屋はその創業当時からある古い建物で、今の家を建てる前、私の家族はその別棟に住んでいたのです。田舎の旧家の御多分に漏れず本家の敷地はとても広く、母屋を出ると里山から森が続き、川が流れ、夏にはそこでスイカや夏野菜を冷やして食べ、秋には松茸や栗を収穫し、冬には茅葺きの大屋根の軒下に祖母がたくさんの吊るし柿を並べ、春が来るとそこに燕が巣を掛けました。まあ正直幼過ぎて、その頃の記憶はあまりないのですが……。 

 『座敷童』が住んでいる間、その家は繁栄するが、いなくなると途端に寂れて途絶えてしまうと言われています。だから『座敷童』の存在に気付いたら出来るだけ長くとどまってもらう様に、そりゃあもう丁重に、おもちゃを置いたり、食べ物を備えたりと、いろいろ気を使うと言います。 

 いえいえ……、 

 そんなのは全部ウソです。『座敷童』とはそんな、人の運命を弄ぶような極悪非道なモノじゃない。じゃあいったい、どんなモノだと思いますか? 

  

 よく聞くのが、子供たちが遊んでいると、知らない顔は1人もいないのに人数を数えると1人多い、なんて言いますよね。それは『座敷童』の仕業だと。自分を数え忘れていた、なんてオチを付けたがる人もいますが違います。実はそれが座敷童なんです。ただ彼ら、或いは彼女らにとって自分は常にその『1人』の方だという事です。 

  

 さっきまで一緒に楽しく遊んでいた友達が、ふと見れば誰一人知ってる顔がなくて「おい!〇〇!早くボール回せよ!」なんて言われたって、自分の名前は、〇〇じゃない……。 

 そしていきなり、そのうちの一人と目が合って、 

「君、誰だっけ?」 と言われる。  

               

 最初に『座敷童』の存在に気付いたのは私だと思います。子供の頃、喘息持ちで体が弱かった私は、同級生の男の子と遊ぶ事は滅多になく、遊ぶとしても女の子か、或いは年下の子とばかり遊んでいたような記憶があります。 

 ある日、私は近所に住む2つ下の利久君(仮名)の家に遊びに行きました。彼は私と同じ喘息持ちで、同じ病院の同じ先生に診てもらっていたので、よく同じ日に学校を休んで、私の家の車で一緒に病院に行っていたのです。その特別な感じはまるでキャンプにでも行くようで、痛い注射の事も苦い薬の事も忘れて、私はいつもワクワクしました。その長い待ち時間にも私達は、普段ならどうでもいいような、あっち向いてホイ!王様ジャンケンで大いに盛り上がり本当に楽しく過ごせたのです。おやつにはうちの庭で取れた栗を茹でてたくさん持っていき、2人で分け合って食べました。利久君は私の祖母が茹でた栗が大好物だったのです。 

 利久君の家で車を買ってからは一緒に病院に行くことはなくなったのですが、私は彼にも自分と同じ時間が流れている事を疑いませんでした。私が遊びに行けば利久君もきっと喜んでくれる。そしてまた楽し時間が過ごせると、そう信じていたのです。しかし彼と私がそうして楽しく遊んでいたのは、今思えばその時からもう2年も昔の事でした。 

 私を見た利久君の態度は私が思っていたのとは全く違っていました。そりゃあそうです、子供にとっての2年はとても長い時間ですから。絶対に歓迎されると思っていた私に利久君は、「君、誰だっけ?」と言ったのです。私は冗談だと思って笑おうとしましたが、その時、利久君の本当の友達も遊びの来ていて、そしてその子も、「この子、誰?」と言ったのです。利久君は「知らない」と言いました。

 その瞬間に、私の名前も顔も消えました。そして私は、いきなり現れた誰も知らない変な奴になってしまったのです。家の中には、私がやった事もないゲームや読んだ事がない漫画がたくさん散らかっていました。そして彼らの楽しい時間は明らかに私によって中断させられていたのです。私が利久君と一緒に食べようとポケットいっぱいに持ってきた茹で栗にも、利久君はもう見向きもしませんでした。そして、 

 「汚ない食い方しないでくれる。ママに叱られるからベランダで食べて」 

 と言いました。私がベランダに出ると、利久君は内から鍵を掛けてしまったのです。 

 開けて!開けて!と言いましたが、ガラスの向こうで意地悪く嗤う利久君の顔をみてすぐに、私は新しい遊びが始まったことを悟りました。そして、これはもうダメだ、と思いました。すると突然、空がむくむくと沸きあがる様に迫って来て、太陽が燃える音が聞こえ始めたのです。そうして私の知らない世界が、みるみる目の前に広がったのです。私はきっと、この空や太陽の中に取り込まれて消えてしまうんだろうなという、むしろ根源的な感覚をとても新鮮に感じたのです。 

 見るとベランダの隅には利久君が赤ちゃんの頃に遊んだと思われる砂場セットや、汚れた植木鉢がたくさん置いてありました。そして気付くと私はもうそれらと同化し始めていたのです。一応、砂場セット、一応、植木鉢。ですが今はもうナニモノでもなくなったそんなモノ達に……。 

 食べやすいようにと祖母は栗を茹でた後、包丁で軽く切り目を入れてくれていましたから、栗の皮は素手で簡単に剥けます。そして食べると、栗の優しい甘さが口いっぱいに広がります。しかし、食べれば食べるほど、その優しい甘さは私を悲しくさせました。祖母が付けてくれた包丁の傷が、そのまま私の心の傷となって激しく痛めつけるのです。祖母の優しさは私が食べる程に惨たらしい残骸となってベランダに散らばっていきました。 

 利久君はやがて、私をベランダに締め出したまま友達と遊びに行ってしまいました。私はとうとうこの世の中でたった1人っきりになりました。そしてただそこに居て、ただ何かが起きるのを茹で栗とその殻と一緒に待っているだけの存在になったのです。 

 暫くすると利久君のママが帰ってきました。しかし私はもう消えかかっていましたから、何も悪い事をしていないのに息を潜ませなければなりませんでした。 オバサン、開けて! とはもう言えなかったのです。オバサンは利久君と友達が散らかしたゲームや漫画を片付けました。そして台所からお茶を持って来てそのままテレビを観始めました。私は息をひそめてベランダからじっとその様子を伺っていました。そして辺りが薄暗くなってきた頃、ようやく利久君が帰ってきました。 

 おかえり、遅いじゃない、どこ行ってたの? 

そう訊ねるオバサンに利久君は、「〇〇君のとこ」と、おそらくさっきの少年と思われる名前を答えました。私は幸い、祖母の茹で栗のおかげでそれほどお腹は空いていませんでした。ただ、一体いつまで僕はここでこうしているんだろう、と暮れなずむ空と、そこにひと際明るい一番星を見比べ思ったのです。それから、ずっと……。 

 300年間、私はそこで過ごしました。やがてベランダが開いて、「ねえ、もう帰った方がいいんじゃないの?」と言ったのは利久君ではありませんでした。それは私の全く知らない子でした。 

 家に帰ると母に、「どこ行ってたんや?尚武(なおたけ)。もう晩ご飯やのに、遅過ぎるやろ!」と怒られました。私はこのエピソードは家族の誰にも話しませんでしたが、その日以来、私は、尚武です。 

 こんな感じで、私はこの家に300年以上も住み続けているのですが、あれ以来、ただの一度も誰かに見つけられた事はありません。尚武である以上、私はもう2度と、誰かにみつけられることはないでしょう。

これが『座敷童』です。もし、知らないはずのない世界が、突然あなたの目の前にハッキリと見えたら……。 

 それが座敷童です。 

  第66章『ドライヴィングランチ』 

 季節はちょうど寒くも暑くもないですが、それだけいろいろ不安定な事が起こります。先日、関越道を走行中に急に猛烈な睡魔に襲われ、それを紛らすために大声で歌を唄っていると今度は猛烈な貧血に襲われました。これは明らかに、私を亡き者にしようという何者かの悪意だと思って間違いありません。 

 私はトラックドライバー。週5日間、一般の人からすると信じられないくらいの長い時間、長い距離、トラックの運転をしています。1日の平均走行距離は250㎞、時間にして8~9時間、多い日は12時間、ほぼ毎日、昼休憩はなしで走り続けなければなりません。 

 だから私のランチは専ら、ドライヴィングランチ。所謂『おにぎり』ですね。運転しながら箸を使う事など出来ませんからね。具はその前の晩御飯のおかずが専ら。だから唐揚げや焼き魚ならまあ何とか形にはなるのですが、カレーや麻婆豆腐の日は、なかなかアヴァンギャルドなおにぎりに仕上がります。味はともかく、食べにくい事必至。自ずとおにぎりの方に意識が集中してしまい、前方が不注意になる。前日のスーパーでたまたま豆腐と挽肉が安かったから、そのすぐ隣に麻婆豆腐の元が置いてあったから、正直な妻はスーパーの在庫処分の甘い罠にまんまと取り込まれ、我が家の晩御飯が麻婆豆腐になったばかりに、全く関係のない善良な人がトラックにひかれて亡くなる、そんな悲劇が起きるくらいなら、もう私は今後一切、麻婆豆腐を食べない方がいいのかと思ったりもします。 

 これが私の言うところの、所謂『妄想』というヤツで、私は常から、困難が予想される状況下において、この妄想を盾に、次々と起草するされる悲惨な予感を巧みにカモフラージュし、そして突然、『でも予感はないよ!』とその妄想を根から断ち切る事で難局を何度も乗り切ってきたように思うのです。 

 さあ、みんな一緒に逃げよう! そう言って信頼できる仲間をぎゅうぎゅうに救命ボートに乗せて、荒れ狂う海に落としておいて、自分は一人だけヘリコプターに乗って上に逃げる。 

 私にとって、現実とはただのお人好しな正直者。彼は常に私を気遣ってくれます。親身になって一緒に悩んでくれようとします。きっと『一緒に死んでくれ!』と頼むとそうしてくれるでしょう。 

 でもいくら気遣ってくれるとしても、一緒にいると本当に死んでしまうようならこちらから願い下げです。だから現実が、さあ、こっちだ、こっちに逃げよう!そんな事を言ってきても、私は小さな事を何度も気に病んでみせては、自分が広大普遍な『今』の中にいる事を十分に知りながら敢えて動物園の動物の様にそこをグルグルと徘徊し、『あぁ、閉じ込められている、八方塞がりだ、私はこれから何をどうして生きて行けばいいんだ』なんて、いつ誰が考えたところでどうしようもないような事に煩悶懊悩し、その結果また別の妄想に縋りついては、 

 しかし世界にはこんな私すら羨ましくてしょうがない人が大勢いる。私は恵まれている。甘えている。私の現実は、私が思うほど酷くないと、トラックの窓の外を走り去る事物に語り掛ける事で、結果これまで安全にトラックを走らせる事が出来ているのだと決めたのです。 

 しかしそう決めると同時に、待てよ? じゃあ今、自分が置かれている状況なんてただの思い込みじゃないか? 一瞬の時間の中に不自然な理屈や仕組みを無理矢理に塗り固められた重層のウソじゃないか?という想像が、容易に出来る様になったのです。

  いつもならそんなに混まないこの道が、ある場所からぴたりと止まって動かなくなったのです。ラジオからは「県道〇〇号線の下りはワゴン車2台による事故で渋滞が14㎞に伸びています」なんて事を言ってる、場所はまさにその14㎞ほど手前でした。 

 その瞬間、一日の疲れがドッと吹き出しました。そして私の『今』は一気に日の暮れた更にその2時間以上先まで伸びました。私はきっとその時間までここでこうしているしかないでしょう。酒を飲みながらゆっくり観るはずだった西武ライオンズvsソフトバンクホークス戦も、明日のおにぎりの具になるべく何かの料理を食べる事も、妻と息子の顔も、愛猫のスリスリも、全ては保留になったのです。そして私の妄想はそういう時に最大の威力を見せるのです。 

                   * 

 戦争が長引く中、家族を迎えに1000㎞離れた町に向かう車列は続いている。この先にあるのは妻子の待つ町か、それとも絶望か……。 

 戦争に終わる気配がありません。私はもう両方の大統領が大嫌いになっていました。初めは当然、攻め込まれた我が国とその領土と権利を必死に守り抜こうとする大統領を支持しました。しかし死んでしまえば、国も、地球も、宇宙もなくなってしまうのです。それだけが現実なのです。たとえ私が無事に着いたとしても、そこに家族が無事に生きていてくれる保証すら、私にはないのです。 

 私の『今』はただ、全てが保留されているだけなのです。私にとって確実なのはこの車の運転席だけなのです。ルームミラーからぶら下がる骸骨のキーホルダーを揺らす振り子の法則だけが私の『今』を保証しています。しかし私はそれでもまだ幸せと言えるかもしれません。そんな妄想すら次の瞬間には、ロケット弾に吹き飛ばされてしまうかも知れないからです。そして私の到着を待っている家族のもとに私の訃報が告げられる。家族はちゃんと生きて私を待っていてくれたのに、私はたどり着けなかった。 これら諸々、すべてすべて。

 保留だけが、私の現実なのです。 

 私は必死に一番素敵な可能性の保留を探します。それはもう私に出来る事の全てです。私の家族は部隊に守られて安全な場所に十分な食料と水と共に私の帰りを待っている。私のいるこの道は今後、敵国の侵攻に重要な役割を果たすために、敵が攻撃してくる可能性は皆無だ。そして数分後、日暮れと共に警戒態勢が解かれ、検問を通過すると、そこには至って普通の我が国の人々の暮らしがあって、私はラジオで流行りの曲を聞きながら家族の元へとたどり着く。 

 しかし……、 

 私は目の前の現実にハッと目を覚まします。大破したワゴン車が2台。道を塞いで横たわっていました。こぼれたオイルを処理した薬剤を、私のトラックがぐにゃりと踏んだ感覚がありました。救急車のランプが目の奥を差す様に光ります。それだけ辺りはもう薄暗くなっていたのです。慌てた様子のない救急隊員が大きなシートで覆う、その向こうには死体があるのかもしれません。ないのかもしれません。 

 私は妄想よりも現実の方が怖くなってきました。私がさっき踏んだのはオイルを処理した薬剤ではなく、その人の一部だったのかもしれません。しかしそれこそ、是非とも保留すべき事実です。私は何とか、妄想とも現実ともつかないもう一つのモノをみつけなければならなかったのです。 

 私は助手席からリュックサックを引き寄せて中を探しました。すると昼間食べ残したおにぎりが入っていたのです。 

 お腹が空いていたのですが、麻婆豆腐のおにぎりはどうにも食べにくく、食べながら運転するのが危険な感じがしたので食べずに置いて置いたのです。私はすぐにそれを取って食べました。すると昨夜家族と食べたのと同じ安っぽい麻婆豆腐の味が、口の中に広がりました。それがどれぐらい神掛かって感じられた事か、私は『今』ここで表現する術を持ちません。ゆっくりと食べながらラジオで西武ライオンズvsソフトバンクホークス戦を探しまします。そうして私は少しずつ現実にソフトランディングしていったのです。 

 そして世の中には、こんな私すら羨ましくて仕方がない人が、大勢いる……。 


  第65章『稀代のウソツキ』 

「いいのいいの、そのまま上がって」そう言うと彼女は、フカフカの絨毯の上をどんどんと入っていきます。私はいつ、どこから飛び出してくるかわからない彼女の両親の姿を、まるで妖怪の様に想像しながら付いて行ったのです。 

 建物の2階にある彼女の部屋は優に90平米はあるでしょう。ビロードのぶ厚いカーテンが巨木の幹の様に縦長の窓を立ち塞いでいます。「じゃあ、お茶を入れて来るから適当に座ってください先生」彼女にそう言われるまで、私は自分が彼女にアドバイスをする先生の立場である事をすっかり忘れていたのです。 

 調理師時代、彼女は一緒に働く仲間でした。そこは下町の小さな洋食屋で、客は常連ばかりで、毎日何も変わった事は起きませんでした。 

 彼女は料理はとても上手なんですが、如何せん仕事が丁寧過ぎて外食には向かないタイプだと思いました。外食の場合、調理師はある程度以上を自分に期待してはいけないのです。必要最小限の仕事をいかに効率よく早くこなせるか、それだけが必要な能力なんです。彼女は主に賄いが担当でした。 

 「あの子はね、お嬢ちゃんだからおっとりしてるのよ」と90歳になる社長のお母さんは言います。確かに彼女からはどこか浮世離れしたような上品な風が見て取れました。そして私はある日、そんな彼女からとても質の悪い相談を受けたのです。 

 同じ職場に『マツオ(仮名)』という調理師の男がいました。彼女は『マツオ』からしつこく言い寄られて困っていると言いました。今からその『マツオ』について説明します。

 その店には女子更衣室が無く、時間帯を分けて男女は同じ部屋で着替える事になっていたのですが、交際を断られると、マツオは彼女の靴の中に自分の精液を入れたり、ロッカーの取っ手に自分のウンチを付けたりするようになったと言うのです。しかし彼女はその付着していたモノの名前を口にするのどうしても恥ずかしくて、これまで誰にも相談できずにいたのだというのです。 

  そしてある日、彼女は自分のロッカーに見覚えのない本が入っているのに気付いたそうです。それは彼女が取得を目指している資格の参考書で、彼女は、自分がこの資格の勉強をしている事は誰も知らないはずだと言いました。 

「それも、『マツオ』の仕業だと?」 

「うん、だってアイツ、『もう読んだ?』とか、普通に訊いてきたから」 

「そりゃ、間違いないね……」 

 どうやらマツオは彼女のロッカーを自在に開ける事が出来る以外にも、彼女の普段の行動を知る何らかの術を持っている様なのです。 

 マツオは職場でも鼻つまみで、トラブルメーカーで、何よりも病的なウソツキでした。マツオは、自分の実家は開業医だと言い、故郷に帰るとその病院の院長の座が約束されている、だから本当はこんなちんけな店で料理なんか作らなくても全然暮らしていける身分なのだが、勘当同然で家を出た手前、おめおめと実家には帰れない、と言いました。この短い文章の中にもすでにウソがいっぱい入っている事にすぐに気付いたかと思います。 

 勘当同然で家を出た息子になぜ無条件に院長の座が約束されているのか。そもそも、医者でもないマツオが病院の院長になれるのか。 

 あの子はね、孤児院から引き取った子なのよ。と社長のお母さんは言います。孤児院でも周りになじめず、トラブルばかり起こしていたのを、18歳になって院を出る時、職員から『この店で使ってやって欲しい』と頼まれて引き受けたのだそうです。 

 あの子にとって、ウソは護身術なの。社長のお母さんは言います。 

 あの子は現実を見ては少しも生きていられないの。詳しくは言わないけど、みんなには信じられないぐらい、それはそれは辛くて、悲しい思いをずっとして生きてきたの。だからみんなも、あの子の我がままには本当に手を焼くと思うけど、出来るだけ仲良く働いてほしいの。 

 90歳の社長のお母さんは『あの子』と言いますが、その当時で既にマツオは50歳を過ぎていたと思います。マツオの愚行、蛮行はこれに留まりません。マツオは、フライヤーでネズミを揚げ殺し、その肉でオムライスを作って客に出したり、パスタを揚げる網を排水溝の掃除に使ったりしていました。とにかく、やる事が全て常軌を逸していたのです。

「更衣室の件はもう警察沙汰でいいと思うよ」 

私は親切心からそう言ったつもりでした。実際、あのマツオの性格からしてこれ以上の増長は彼女の命にかかわると思ったのです。しかし彼女からは意外な答えが帰って来たのです。 

 私、後悔してるんです。なんで交際を断ったりしたんだろう、って……。 

え? 私は自分の耳を疑いました。 

 「私が彼と交際していたらきっと、更衣室の件もなかったと思うし、それなら彼も余計なウソをつかなくて済んだかも知れない。私は、彼が私にウソをついたのと同じ事を彼にしてしまった気がする。私は彼と自分が付き合えば一番いいと気付いていたにもかかわらず、彼の粗暴な性格とか、年齢とか、怖い見た目とか、そんなどうでもいい事に理由を付けて断ってしまった。それが全ての原因なんだと」 

 お人好しという事ならそれでもう何も言いません。しかしこれはこれでマツオ並みに病的だと思いました。このままでは共依存の様な危ない関係になりかねない。そう思ったのです。彼女は、今からでも彼と付き合った方がいいのか、それとももう遅いのか、それを相談したかったのだと言いました。 

「いや、遅くは、ないと思うけど、そうなればなったで、また別のいろんな事が手遅れにはなるかもしれないと思うんだよね。本当にそれで、イイの?君は。」 

「いいって?私? 私の、何が?」 

「だって、やっぱり、付き合うってもっとお互いの好みとか相性とか、そういうモノが重視されるべきだと思うし、もし結婚するのであれば経済力とか価値観とか、いろんな要素を考えてするべきだと思うし、君はだって、こんな大きな家の御息女で、きっと大切に育てられたんだろうし、そもそも君の両親はどうなのさ。だってアイツだよ! いきなりアイツを連れて帰って、『この人と付き合ってます!』なんて言ったら両親は卒倒しちゃうんじゃないかと思うんだよ。、僕は絶対うまく行かないと思うんだよ。勝手な想像して悪いけど」 

 そこまで一気に言って見ると、彼女はすっかり俯いてしまっていました。私は、しまった、と思い、いや、別にいいならいいけど……と言って黙りました。そしてすぐに、 

「ひょっとして、好きなの?」と大声を上げました。 

 ダメ? 彼女は言いました。そして……。 

 私だってこの家は自分から望んだモノじゃない。それは彼も同じ。彼だってきっと、あんな人生を望んだわけじゃない。だから、彼は毎日、1秒も間を空けずにウソをついているの。すごくわかる。それは私にとってのこの家と同じだもの。だから私も毎日、1秒も空けずずにウソをついてきたの。 

 このお屋敷ね、武闘派で知られる広域暴力団の組長の家なの、大親分。それが私のパパって言ったら?どう? 嘘だと思う? そう、じゃあ自分の目で確かめればいいわ。もしこのままここにいて、

 おい!お前ら、ここで何してる! と怒鳴られたら私はウソツキ。ここは私の実家でもなければ、私は大親分の娘でもない。逃げなきゃきっと殺される、私もヒドイ目に合う。でも、 

 おい、京子この人は誰だい?と言われたら、私はウソツキじゃない。その人は正真正銘、私のパパ。 どう? どっちだと思う?それとも逃げちゃう? 自分の目で現実を確かめる前に、そそくさと逃げちゃう? それじゃああなたは彼と同じじゃない。現実を見ようとしないあなたは、彼と、同じ。 

どうする? 確かめる? 逃げる? 

 私は部屋を飛び出して一散に階段を下りました。すると玄関の扉を塞ぐように、恰幅のいい中年の男が立っていたのです。 

 おい!お前!うちでナニやってる!?  それはマツオでした。 

私は構わずマツオを突き飛ばして外に出ました。 

 まったく、先生も楽じゃねぇ! 

 私は正門まで続くの小道の木漏れ日の中を走り、やがて抜けるように高く青い空を見上げ、木々の小鳥の囀りを聞いて、次第に速度を落とし、やがて歩き始めました。 大きなお屋敷が誰のモノでも、私には元々関係なかったのです。

 おやおや、なんて立派で、綺麗なお庭だ事……。 

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